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アリアドネのカタストロフィ
デジャヴ・中
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二件目の事件の、『堂島・蛍池交換殺人事件』。美晴は完璧に架空の人物を創り出し、交換相手の岡崎が恨む羽場を殺した。しかし、岡崎は杜撰で自分の欲望の為、美晴が殺したかった璃子を殺害しただけで終わらず死姦した。その為、男と女の犯人がいる、と気付いたのだ。岡崎が余計な事をしなければ、もし一連の犯人が『女』だと思われても架空のため、捜査は難航しただろう。
その時に、笹部が言ったのだ――
「岡崎が、やりすぎたんですね」
と。櫻子は、それを聞いた時言葉通りに受け取っていた。しかし、『やり過ぎた』から美晴は岡崎を殺さなければならなかった。そうして、交換殺人が発覚した。
美晴はハンドメイド作家で器用だったが、ネット関係は素人レベルの筈だ。IPアドレスを辿って身元が分かるから処分するなど、咄嗟に思いつくはずがない。羽場の犯行の時は、『黒い貴婦人』という架空の人物に捜査の目が向けられるように、彼のスマホを残した。自分のやり取りや『三人目』の痕跡が残らないように、岡崎のスマホや自分の家のスマホやパソコン、電話は念のために処分した。これは、酔い潰れた岡崎を確保していた『三人目』が指示したに違いない。美晴が最後の作品を仕上げて全てを処分する間、『三人目』は岡崎を預かっていた。だから、あの空白の時間があったのだ。
そして、三件目の事件である『連続ホームレス殺傷事件と捜査課長爆破未遂事件』――二十二年前の事件を調べ上げ、池波にそれを教えた人物がいる。そして、海藤を情緒不安定にして『心療内科』を紹介した。
あの時を、思い出せ。櫻子は、海藤のアパートの部屋が爆破された時を思い出す。何か違和感があった筈だ、と。
あの時、共犯の掛川に会いに行こうとした。しかし、急遽海藤に会いに行くことに変えた。すると珍しく、笹部が一緒に行くと言った。
そして、ドア越しに話していた海藤がドアを開けようとしたとき――不自然にドアの前の転がっていた傘を、『笹部』が「邪魔ですね」と持ち上げた。その瞬間に、爆破したのだ。櫻子と笹部はドアの横の壁の前にいて、爆破の時に笹部に引き寄せられて爆発に巻き込まれなかった。ドアの前にいた宮城がドアごと階下に吹き飛ばされそうになり、その横にいた篠原が腕を掴んで落下を防いだ。
ピンを抜いて爆発する手榴弾タイプの爆発物だった。燃え残った釣り糸の端が発見されていたが――それは、『ドアのノブと傘』の両端に括られていたとしたら? 傘を引っ張れば、爆破する。そして、素早く壁の前に移動すれば自分の被害は最小で回避できる。
あの時、掛川の所に向かえば海藤が自らドアを開けた時に、爆発したのかもしれない。海藤だけが爆発に遭い、死亡するだろう。そうして警察はそれを、やはり海藤の自殺として捜査を終えた筈だ。
櫻子の震えは、止まらない。考えてみると、何時だったか雨が降った時に背広のジャケットの中に抱き寄せられた時、違和感を覚えた。運動が嫌いで体を動かさない彼なのに、『体が硬かった』ように感じたのだ。痩せている体ではなく、鍛えて『筋肉で固い』体だった。
その時、スマホの呼び出し音が鳴った。櫻子は驚いて香田に縋る様に抱き着く。池田のスマホだったようで、彼は慌てて電話に出た。
「はい――ん?」
会話をしている彼を見ながら、櫻子は必死に「違う、勘違いだ」と自分自身に言い聞かせる。笹部も篠原も、十年前からの経歴を調べている。更に笹部は、刑事局長からの推薦だ。笹部が『三人目』である訳がない。笹部に疑わしい所はなかった。
四件目の事件――『関西圏妊婦食人事件』あれは…。
あの時も、笹部は言っていなかったか?
「やりすぎましたね」と……。海藤を爆破した火薬の量の事だったのか?
あとは――必死に考えようとする櫻子だったが、池田の驚いた顔に考える事を止めた。
「たすけて、てっちゃん……こわいよ、たすけて」
池田が、スピーカーにした。その電話の向こうから、囁くようにか細い小さな女の子の声が聞こえてきた。
「唯菜ちゃん……!」
まさか、まさか……まさか。
宮城の家族はおとりで、篠原の家族が襲われるのだろうか。篠原の両親と、唯菜。桜のしおりは、三枚。
「さくらこちゃん、おじちゃんいないの……こわい」
櫻子はその言葉を聞くと、立ち上がってカバンとジャケットを手にした。香田と池田も立ち上がる。しかし、ふと唯菜の声が聞こえなくなった。そうして、スマホの向こうから何か歌が聞こえた。それはボイスチェンジャーを使っているのか、機械的で無機質だ。
「ひばり……」
それは、フランスの民謡だった。『アルエット アルエット』が印象的な、フランス語の歌だ。
「助けに行くわ、唯菜ちゃん待ってて!」
「俺らも行く、池田、車回せ!」
「はい!」
三人は櫻子の部屋を飛び出して、池田が運転する車で宝塚の篠原の家に急いで向かった。
その時に、笹部が言ったのだ――
「岡崎が、やりすぎたんですね」
と。櫻子は、それを聞いた時言葉通りに受け取っていた。しかし、『やり過ぎた』から美晴は岡崎を殺さなければならなかった。そうして、交換殺人が発覚した。
美晴はハンドメイド作家で器用だったが、ネット関係は素人レベルの筈だ。IPアドレスを辿って身元が分かるから処分するなど、咄嗟に思いつくはずがない。羽場の犯行の時は、『黒い貴婦人』という架空の人物に捜査の目が向けられるように、彼のスマホを残した。自分のやり取りや『三人目』の痕跡が残らないように、岡崎のスマホや自分の家のスマホやパソコン、電話は念のために処分した。これは、酔い潰れた岡崎を確保していた『三人目』が指示したに違いない。美晴が最後の作品を仕上げて全てを処分する間、『三人目』は岡崎を預かっていた。だから、あの空白の時間があったのだ。
そして、三件目の事件である『連続ホームレス殺傷事件と捜査課長爆破未遂事件』――二十二年前の事件を調べ上げ、池波にそれを教えた人物がいる。そして、海藤を情緒不安定にして『心療内科』を紹介した。
あの時を、思い出せ。櫻子は、海藤のアパートの部屋が爆破された時を思い出す。何か違和感があった筈だ、と。
あの時、共犯の掛川に会いに行こうとした。しかし、急遽海藤に会いに行くことに変えた。すると珍しく、笹部が一緒に行くと言った。
そして、ドア越しに話していた海藤がドアを開けようとしたとき――不自然にドアの前の転がっていた傘を、『笹部』が「邪魔ですね」と持ち上げた。その瞬間に、爆破したのだ。櫻子と笹部はドアの横の壁の前にいて、爆破の時に笹部に引き寄せられて爆発に巻き込まれなかった。ドアの前にいた宮城がドアごと階下に吹き飛ばされそうになり、その横にいた篠原が腕を掴んで落下を防いだ。
ピンを抜いて爆発する手榴弾タイプの爆発物だった。燃え残った釣り糸の端が発見されていたが――それは、『ドアのノブと傘』の両端に括られていたとしたら? 傘を引っ張れば、爆破する。そして、素早く壁の前に移動すれば自分の被害は最小で回避できる。
あの時、掛川の所に向かえば海藤が自らドアを開けた時に、爆発したのかもしれない。海藤だけが爆発に遭い、死亡するだろう。そうして警察はそれを、やはり海藤の自殺として捜査を終えた筈だ。
櫻子の震えは、止まらない。考えてみると、何時だったか雨が降った時に背広のジャケットの中に抱き寄せられた時、違和感を覚えた。運動が嫌いで体を動かさない彼なのに、『体が硬かった』ように感じたのだ。痩せている体ではなく、鍛えて『筋肉で固い』体だった。
その時、スマホの呼び出し音が鳴った。櫻子は驚いて香田に縋る様に抱き着く。池田のスマホだったようで、彼は慌てて電話に出た。
「はい――ん?」
会話をしている彼を見ながら、櫻子は必死に「違う、勘違いだ」と自分自身に言い聞かせる。笹部も篠原も、十年前からの経歴を調べている。更に笹部は、刑事局長からの推薦だ。笹部が『三人目』である訳がない。笹部に疑わしい所はなかった。
四件目の事件――『関西圏妊婦食人事件』あれは…。
あの時も、笹部は言っていなかったか?
「やりすぎましたね」と……。海藤を爆破した火薬の量の事だったのか?
あとは――必死に考えようとする櫻子だったが、池田の驚いた顔に考える事を止めた。
「たすけて、てっちゃん……こわいよ、たすけて」
池田が、スピーカーにした。その電話の向こうから、囁くようにか細い小さな女の子の声が聞こえてきた。
「唯菜ちゃん……!」
まさか、まさか……まさか。
宮城の家族はおとりで、篠原の家族が襲われるのだろうか。篠原の両親と、唯菜。桜のしおりは、三枚。
「さくらこちゃん、おじちゃんいないの……こわい」
櫻子はその言葉を聞くと、立ち上がってカバンとジャケットを手にした。香田と池田も立ち上がる。しかし、ふと唯菜の声が聞こえなくなった。そうして、スマホの向こうから何か歌が聞こえた。それはボイスチェンジャーを使っているのか、機械的で無機質だ。
「ひばり……」
それは、フランスの民謡だった。『アルエット アルエット』が印象的な、フランス語の歌だ。
「助けに行くわ、唯菜ちゃん待ってて!」
「俺らも行く、池田、車回せ!」
「はい!」
三人は櫻子の部屋を飛び出して、池田が運転する車で宝塚の篠原の家に急いで向かった。
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