アナグラム

七海美桜

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アリアドネのカタストロフィ

デジャヴ・上

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「これは、桐生からじゃない……『三人目』からよ……どうして、『三人目』がアナグラムを……」
 動揺して震える櫻子を、腕を伸ばして香田は抱き寄せて胸の中で彼女を包み込んだ。普段は威勢よく篠原や笹部、捜査課の男達に指揮をしている彼女らしからぬか弱さ。香田は、腕の櫻子がこんなにも小さく保護欲をそそられる存在だとは今まで感じなかった。今、彼女を護りたいと心の底から不思議に感じた。
 彼の周りにいるのは、金と性欲にまみれた『女』を主張する何処か薄汚い性処理対象ばかりだった。流星を傍に与えたのは、気まぐれだった。どうせ、流星の美しさに魅了されて、ただのつまらない女になる。と、そう思っていた。だが、彼女は違った。桐生に壊された彼を救い、男として魅力がなくなった筈の彼を見捨てずに、今も守ろうとしている。

 母の頼子に似た、弱いのに強がって自力で立ち向かう人。香田は、初めて櫻子自身をきちんと『見て』、そしてもっと知りたくなった。そうして、『彼女の全てが欲しい』と異性に対しての初めての想いを、抱いた。

「アナグラムって、なんスか? 犯人からのメッセージにしては、意味分かんないですが……」
 池田は、手にしている紙をじっと見た。この文面のどこがメッセージなのか、自分には理解出来ないと首を傾げる。
「アナグラムは、文字を並べ替えると違う文章になるの……多分、並び替えた文字で作られた文章が、メッセージだと思うわ。平仮名にして、並べ替えるの」
 櫻子が僅かに震える言葉でそう返して、無意識に香田に抱き着いた。櫻子が怯えているのは、桜の押し花のしおりだ。これが届けられたという事は、誰かが三人死んだか――死ぬ。

 池田は胸ポケットに入っていたボールペンを取り出すと、その紙の余白に文字を書き出して文字を色々と並び変えている。

「あの桜の紙は、なんや?」
 出来るだけ優しい声音で、香田は櫻子に尋ねた。櫻子があのしおりに怯えているのは、香田でも分かる。問われた櫻子は、桐生から送られる「菫の花のしおり」と最近送られる「桜のしおり」の話をした。一連の桐生の事件と関係しているなら、「菫の花のしおり」だ。しかし、『三人目』は櫻子に執着しているように感じた。

「う、ら、ぎ、り、も、の、は、き、り、ゅ、う――裏切者は、桐生ってなりますね」

 『龍も義理は嫌うの』
 『裏切者は桐生』

「そんなん、今更やろ――犯罪について助言してくれてる桐生が、何か櫻子に嘘ついてるって意味か?」
 自然に、香田は「さん」を付けなくなった。池田は、頭を掻く。
「この少ない文字で文章になるんは、これぐらいっスよ。頭の悪い俺でも、解けるくらい少ないですし」
 そうして池田はボールペンを直すと、納得できない顔つきでグラスを手にして喉を潤した。

「――裏切り、者……」

 櫻子は、香田に抱かれたまま記憶を遡る。どこかにヒントがある筈だ。今まで遭遇した事件に、何処かにヒントがある筈だ。
 必死に、思い出すが焦って何も浮かばない。櫻子は、自分が到着してきた時から思い出し始めた。


 移動してきて少ししてから、『キタ・ミナミキャバ嬢連続殺人事件』が起こった。犯人である国府方紗季と恋人の渡部悠が、アパートの三階から飛び落ちて死んだ。

 ……そう、飛び落ちやすい状況だった。

 櫻子は、必死にあの時を思い出そうと記憶を探る。あそこにいたのは、犯人の二人。自分と笹部と篠原。宮城と竜崎。隣の部屋のアイリが顔を覗かせ、安井が彼女を部屋に戻した。

 あの時、『笹部がサキを抱く悠をドアから離して反対の通路の端に誘導』して、竜崎がその部屋のドアを閉めた。そして、追い詰められた彼らの傍にいた『笹部が、不意に後ずさった』のだ。その開いた空間から、部屋に戻れない二人は通路から飛び降りた。

「――う、そ……嘘よ、偶然だわ……」
 ガクガクと、櫻子は香田の腕の中で震えていた。
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