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七海美桜

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アリアドネのカタストロフィ

犯人像・下

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「警視!」

 特別心理犯罪課の部屋がドンドンと叩かれて、篠原が慌ててドアを開けた。その声は、宮城のものだ。彼らしからぬ、慌てたような声だった。
「警視、俺の奈良の実家に釘爆弾が送られたそうなんです! 今朝、新聞を取りに出た時家の前に、置き配の様に荷物があったらしいです!」
 開けられたドアをくぐり部屋に入って来た宮城は、櫻子の返事を待たずそう声を上げた。櫻子は驚いた表情を浮かべて、篠原は「え!?」と声を漏らした。

「――被害は?」
「親父宛の小さな荷物で、兄の嫁さんが取って運ぶ最中に暴発したみたいです。今回送ってきた箱はプラスチック製の上に箱内での暴発やったんから、義姉ねえさんが手に軽いけがを負っただけみたいです――威力が弱くなる様、火薬も少なく作られていたかもしれませんわ」

 篠原は、興奮している宮城の為片隅に備え付けている小さな冷蔵庫から、買い置きしている水のボトルを出して手渡した。宮城はそれを受け取り、礼もそこそこに蓋を開けてごくごくと喉を鳴らして飲んだ。

「差出人は、誰になってました?」
 笹部がディスプレイから視線を離さず、宮城に尋ねた。
「海藤文也や――そんな筈あらへん事は、誰もが分かってる。海藤の事を知っていて、釘爆弾を使い……俺の実家を知ってる。桐生を真似まねた、竜崎の家族を殺した犯人やろ。大したことはなかったけど、今回は俺の家が狙われるかもしれへん。警視、俺は……!」
 水のボトルから口を離した宮城は、いつもの彼らしからぬ動揺した面持おももちで櫻子を見た。櫻子はその顔を真っ直ぐに見返して、頷いた。

「奈良県警に連絡して、情報共有を頼むわ。宮城さんは、捜査課の誰かと鑑識二人ほど連れて行って。こちらが向かう事は、奈良県警にも曽根崎警察署そねけいの署長にも伝えておくわ」
「しかし、曽根崎警察署ここの捜査課の取りまとめは――」
 櫻子の言葉に宮城は僅かに安心した表情を浮かべたが、自分の立場も思い出して渋い顔になった。
「私が宮城さんの代わりを請け負うわ。捜査課、代理課長をね。こっちは、心配しないで」
「篠原君も、付いて行った方がいいよ」
 櫻子の言葉の後に、笹部が続けるようにそう言った。突然名を出された篠原が、驚いたように笹部に視線を向けた。

「篠原君も行ったら、僕たちとも連携が速やかに出来るだろ? ボスが行く訳にはいかないし、僕が行っても邪魔になると思うし」
「……そうね。私が刑事局長から与えられている権限を、篠原君が一部代理で使えるようにするわ。宮城さんも、信頼できる人が傍にいた方がいいでしょ?」
 一番信頼していた竜崎が、今は動けない。宮城は傍らにいる篠原を見てから、彼に向かい深く頷いた。
「頼む、篠原」
「……分かりました。一条課長の権限は恐れ多いですが……宮城課長の家族の為にも、俺が力になれるなら行きます!」
 その言葉を聞いた宮城は、ほっとしたように篠原に再び頭を下げた。

「笹部君は、十年ほど経歴を調べて問題なさそうな鑑識二人を探して。宮城さん、捜査課からは誰を連れて行こうと思っているの?」
「そうですね……警視に面倒を書けない為にも、富田や新井は置いて行きます。森……でしょうか」
「森さんも、調べておきます」
 櫻子が指示する前に返事した笹部は、キーボードに指を走らせている。
「じゃあ、宮城さんと篠原君は奈良に向かう準備をして。私は刑事局長と奈良県警に連絡するわ」
「有難うございます!」
 宮城は頭を下げて、自分のカバンを慌てて手にした篠原を連れて、急いで部屋を出て行った。

「何で、海藤なんでしょうね」
「宮城さんに対するあおりと――私を追い詰めるつもりよ」
 なかなか電話に出ない奈良県警にイライラとした櫻子が、スマホを片手に眉根を寄せて珍しく怒った顔でそう吐き捨てるように呟いた。

 これ以上、桐生に関係した被害者を出させたくない――しかし、『三人目』はかなり洗練されて無駄がない、一番桐生に近い犯人と思われる。

 ようやく奈良県警を名乗るのを耳に聞きながら、櫻子は落ち着くためにもう冷めてしまった篠原が淹れてくれた生ぬるい珈琲を一口飲んだ。そうして、自分より階級が上である本部長へ繋いで貰うように頼んだ。
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