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アリアドネのカタストロフィ
模倣・中
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それから宮城が捜査四課の暴力団事犯捜査に所属する松崎という三十歳半ばの体格の良い男を連れて病室に来ると、僅かだが竜崎の雰囲気が和らいだ。これが、宮城と竜崎の今まで築いてきた信頼関係の結果だろう。篠原は、竜崎にとって家族以外に心許せる人物がいた事に、少しほっとした。
しかし、宮城は忙しい。しばらく三人で竜崎の病室にいたが、護衛代わりの松崎を置いて櫻子達と共に曽根崎警察署に戻った。松崎は柔道三段で、毎年行われる全国警察柔道選手権大会で二位か三位に残るほどの腕前だ。暴力団事案などを請け負う四課は、体格がよく強面の男達ばかりだ。精神面でも、反社会勢力に立ち向かえるほど鍛えられている。しかしそれが桐生相手に有効かと聞かれても、誰にも分からない。宮城なりに、竜崎を護る為に考えた結果だ。
「警視、そろそろ22時になります。今日は二人と……笹部も、か。三人は一度家に戻って、休んで下さい。今の所伊丹警察署から、特に目立った報告は上がっていません」
宮城たちが乗って来た車に乗り込んで、篠原が運転して曽根崎警察署に向かう中、宮城がそう言った。
「……そうね、そうさせて貰うわ。私の頭も今混乱しているし、一度リセットしないと」
櫻子は異を唱えることなく、素直に頷いた。
「竜崎は、明日俺達が迎えに行きます。あいつも、少し休ませます。それと、警視――次、桐生に会いに行くとき俺も連れて行ってくれませんか?」
宮城の言葉に、櫻子は少し眉を顰めた。
「もし万が一桐生が『警察関係者』の家族を狙っているなら、幸い俺は所帯を持っていません。俺の周りの誰かは、殺されないでしょう。わざわざ、俺の奈良の実家にまで行かないと思います。それに、会いたいんですわ。会って、この目で見たいんですよ――これほどの事件を起こせる、犯人を」
宮城は篠原と同じく高校を出て、警察学校を出て警察官になった。叩き上げで、今は捜査一課の課長になった。だが、エリートたちが隠す『裏の事件』を見た事はない。警察の上層部が隠す事件が存在するという、都市伝説のような事件が幾つもあるとは聞いていた。その氷山の一角の一人が、桐生だろう。彼のような普通の警察官には、想像できない犯罪者だ。
「――分かった、約束するわ。宮城さんは、この犯人は『警察関係』を狙っていると思うの? それが、今回の犯人のオリジナリティだと思っている?」
「オリジナリティ?」
篠原は、病室で櫻子と竜崎が話していた『模倣犯』の話を説明した。宮城は桐生が直接手を下していない事は、分かっていたようだ。犯行が繰り返し行われている話を聞き、「成程」と頷く。
「確かに、その事件は聞いた事があります。現場が箕面の、裕福な人が住むエリアだった筈です。管轄が豊中だったんで、一度俺もそれらの捜査資料確認してみますわ――二世帯とも未解決でしたわ、確かに」
警察は、未だに越県行為を嫌う傾向がある。他所の管轄で起こった事件の詳細は、確かに知らないし余程の事でない限り、興味もないだろう。
「あの……」
少し沈黙が出来た時に、篠原が遠慮がちに口を開いた。
「どうかした? 篠原君」
「一条課長は、――桐生の犯罪なら分かる、と断言されてましたよね。何か根拠があるんですか?」
桐生の犯行には、『メッセージ』が残されている、と櫻子は病室で竜崎にそうはっきりと言っていた。篠原は、それが何か分からず気になっていたのだ。
「桐生は人を殺すと、私に贈り物をしていたのよ」
思いがけない言葉に、宮城と篠原は息を飲んだ。
「それが、小さな私には分からなかった。家のポストや、知らずに自宅の部屋に。手作りの『菫の押し花のしおり』が、ね。どの事件の事かとか、それは分からない。未解決のものや警察が隠している事件、発見されていない事件――それらを含めるとどの事件の事かは分からないけれど、気が付けば菫の花のしおりが私の傍にあった。叔父は、『捨てずに全部持っていなさい』と言ったわ。東京に行っても送られて……気が付けば200枚以上。だけど、私が大阪に戻って来てからは、一枚も送られてこない。だから、この一連の事件は桐生ではないと分かって捜査していたの」
菫の花。
桐生は、想像以上に櫻子の母親の菫に執着している。それが櫻子にまで向けられていると思うと、宮城も篠原もぞっとした。
しかし、櫻子は二人には黙っていた。大阪に来てから、櫻子のマンションにいつの間にか紛れていたものがある事を。
手作りの、桜の押し花のしおり。
吉川美晴の交換殺人事件の後に、しおりが一枚枕の下にいつの間にか置かれていた。そして、ホームレス連続殺傷事件で海藤が爆死した後に二枚。
これが意味するのは、病院で意識不明だった国府方紗季が自分で行った方法で殺害された事。海藤文也が、自分が作った釘爆弾以上の釘爆弾で爆死した事。また、この事件の犯人だった池波隼人の共犯の掛川克己が同じように爆死した事。
『三人目』が、この三人を殺害した。そしてそれは、今回の『模倣犯』だ。ついに、表に出てきたのだ。
櫻子は、自分のカバンの中に三枚の桜の押し花のしおりが入っていると、見なくても分かっていた。
しかし、宮城は忙しい。しばらく三人で竜崎の病室にいたが、護衛代わりの松崎を置いて櫻子達と共に曽根崎警察署に戻った。松崎は柔道三段で、毎年行われる全国警察柔道選手権大会で二位か三位に残るほどの腕前だ。暴力団事案などを請け負う四課は、体格がよく強面の男達ばかりだ。精神面でも、反社会勢力に立ち向かえるほど鍛えられている。しかしそれが桐生相手に有効かと聞かれても、誰にも分からない。宮城なりに、竜崎を護る為に考えた結果だ。
「警視、そろそろ22時になります。今日は二人と……笹部も、か。三人は一度家に戻って、休んで下さい。今の所伊丹警察署から、特に目立った報告は上がっていません」
宮城たちが乗って来た車に乗り込んで、篠原が運転して曽根崎警察署に向かう中、宮城がそう言った。
「……そうね、そうさせて貰うわ。私の頭も今混乱しているし、一度リセットしないと」
櫻子は異を唱えることなく、素直に頷いた。
「竜崎は、明日俺達が迎えに行きます。あいつも、少し休ませます。それと、警視――次、桐生に会いに行くとき俺も連れて行ってくれませんか?」
宮城の言葉に、櫻子は少し眉を顰めた。
「もし万が一桐生が『警察関係者』の家族を狙っているなら、幸い俺は所帯を持っていません。俺の周りの誰かは、殺されないでしょう。わざわざ、俺の奈良の実家にまで行かないと思います。それに、会いたいんですわ。会って、この目で見たいんですよ――これほどの事件を起こせる、犯人を」
宮城は篠原と同じく高校を出て、警察学校を出て警察官になった。叩き上げで、今は捜査一課の課長になった。だが、エリートたちが隠す『裏の事件』を見た事はない。警察の上層部が隠す事件が存在するという、都市伝説のような事件が幾つもあるとは聞いていた。その氷山の一角の一人が、桐生だろう。彼のような普通の警察官には、想像できない犯罪者だ。
「――分かった、約束するわ。宮城さんは、この犯人は『警察関係』を狙っていると思うの? それが、今回の犯人のオリジナリティだと思っている?」
「オリジナリティ?」
篠原は、病室で櫻子と竜崎が話していた『模倣犯』の話を説明した。宮城は桐生が直接手を下していない事は、分かっていたようだ。犯行が繰り返し行われている話を聞き、「成程」と頷く。
「確かに、その事件は聞いた事があります。現場が箕面の、裕福な人が住むエリアだった筈です。管轄が豊中だったんで、一度俺もそれらの捜査資料確認してみますわ――二世帯とも未解決でしたわ、確かに」
警察は、未だに越県行為を嫌う傾向がある。他所の管轄で起こった事件の詳細は、確かに知らないし余程の事でない限り、興味もないだろう。
「あの……」
少し沈黙が出来た時に、篠原が遠慮がちに口を開いた。
「どうかした? 篠原君」
「一条課長は、――桐生の犯罪なら分かる、と断言されてましたよね。何か根拠があるんですか?」
桐生の犯行には、『メッセージ』が残されている、と櫻子は病室で竜崎にそうはっきりと言っていた。篠原は、それが何か分からず気になっていたのだ。
「桐生は人を殺すと、私に贈り物をしていたのよ」
思いがけない言葉に、宮城と篠原は息を飲んだ。
「それが、小さな私には分からなかった。家のポストや、知らずに自宅の部屋に。手作りの『菫の押し花のしおり』が、ね。どの事件の事かとか、それは分からない。未解決のものや警察が隠している事件、発見されていない事件――それらを含めるとどの事件の事かは分からないけれど、気が付けば菫の花のしおりが私の傍にあった。叔父は、『捨てずに全部持っていなさい』と言ったわ。東京に行っても送られて……気が付けば200枚以上。だけど、私が大阪に戻って来てからは、一枚も送られてこない。だから、この一連の事件は桐生ではないと分かって捜査していたの」
菫の花。
桐生は、想像以上に櫻子の母親の菫に執着している。それが櫻子にまで向けられていると思うと、宮城も篠原もぞっとした。
しかし、櫻子は二人には黙っていた。大阪に来てから、櫻子のマンションにいつの間にか紛れていたものがある事を。
手作りの、桜の押し花のしおり。
吉川美晴の交換殺人事件の後に、しおりが一枚枕の下にいつの間にか置かれていた。そして、ホームレス連続殺傷事件で海藤が爆死した後に二枚。
これが意味するのは、病院で意識不明だった国府方紗季が自分で行った方法で殺害された事。海藤文也が、自分が作った釘爆弾以上の釘爆弾で爆死した事。また、この事件の犯人だった池波隼人の共犯の掛川克己が同じように爆死した事。
『三人目』が、この三人を殺害した。そしてそれは、今回の『模倣犯』だ。ついに、表に出てきたのだ。
櫻子は、自分のカバンの中に三枚の桜の押し花のしおりが入っていると、見なくても分かっていた。
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