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アリアドネのカタストロフィ
違和感・下
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「…のど…」
ふと、か細い竜崎の声が聞こえた。櫻子と篠原の視線がそちらに向けられた。そうして櫻子は看護師を呼ぶボタンを押し、篠原は竜崎に話しかける。
「のど?喉が渇いたんですか?」
ゆっくり話しかける篠原に、竜崎は眩しさに瞳を細めるような顔で、小さく頷いた。そこに、看護師と医者が慌てて入って来た。
「目が覚めたようです、喉が渇いているみたいです」
櫻子のその言葉に、看護師の一人は水を取りに戻った。その間に医師が竜崎の様子を見ていた。そうして彼に名前や生年月日、どうしてここにいるかのかが分かるかと質問をした。竜崎は少し喉がかすれているが、ちゃんとそれらに答えた。
「有難うございました」
看護師に渡された水を一気に飲み干すと、彼は大きく息を吐いた。クーラーがよく効いて、乾燥しているせいかもしれない。
「特に異常はないけど――精神的なショックが、後々出るかもしれません。ですので、今は何とも言ないですねぇ。定期的なカウンセリングを受ける様に、手配します」
医師はそう言うと、念のため今日は入院するように伝えて部屋を出て行った。
医師や看護師が部屋を出ると、静寂が部屋に訪れた。櫻子も篠原も、身内を失っているので竜崎の今の心境が分かる。どんな言葉も、何の役に立たない事も。
「…警視」
「何?竜崎さん」
その静寂を破ったのは、竜崎だ。櫻子はその竜崎の瞳を見返して言葉を待った。
「姉の瞼と弟の耳は、見つかりましたか?」
冷静に尋ねる竜崎の声音に、篠原は背筋が僅かにぞっとした。ここしばらくで仲良くなったが、今までの竜崎と何処か変わった気がした。
「見つかったわ。駅のゴミ箱で、回収前だった」
「どうして――俺は殺されなかったんでしょう。前回の一家殺人事件は、家族全員が殺された…夜中に。俺は生き残って、殺されたのは夜とはいえ生活感のある時間…違いは…?」
「それは、今調べているわ。でも、私個人の見解ではあなたは『残された』。今回の犯人のオリジナリティだと思っている」
櫻子の言葉に、竜崎は納得したようだ。彼が瞳を閉じると、涙が精悍な頬を伝って流れ落ちた。
「先ほどマスコミに向けた、景光の事件の記者会見が終わった所よ。宮城さんは、もうすぐここに来ると思うわ」
「今回は、兵庫県での事件ですよね?警視、もしかして刑事局長に…?」
「ええ、この事件は私達も調べられるように連絡しているわ。絶対に、犯人を捕まえる」
「今回の犯人のオリジナル、と警視は言いましたね。これは、桐生が犯人ではないのでしょうか?」
竜崎の問いに、櫻子は迷わずに頷いた。
「裏に桐生がいるかもしれないけれど、犯行を行ったのは違う人物。貴方に言われて、私は桐生の犯行には、『メッセージ』が残されている事を見つけたの。今回、それがなかったわ」
それが何かを尋ねようとした竜崎の唇に、櫻子はそっと指をあてて止めた。
「せめて今日は、ゆっくり休んで。犯人を捕まえる為に、貴方も必要なのよ」
「しかし、一条課長。自分の家族を殺害された事件は、本人は関われないのでは?」
篠原は、自分の兄と義姉が殺害された時を思い出した。確かに管轄が違うからそこから自分が介入できない事は分かっていた。それに、一緒に道頓堀交番で勤務していた安井にそう言われたのだ。
「そんなの――桐生が関わっているなら、関係ないわ。自分の仇は、自分で取る。私が、そうしているんだから」
櫻子は、まだ治らない噛み締めて出来た唇の傷を再びぎゅっと嚙み、瞳を閉じた。
ふと、か細い竜崎の声が聞こえた。櫻子と篠原の視線がそちらに向けられた。そうして櫻子は看護師を呼ぶボタンを押し、篠原は竜崎に話しかける。
「のど?喉が渇いたんですか?」
ゆっくり話しかける篠原に、竜崎は眩しさに瞳を細めるような顔で、小さく頷いた。そこに、看護師と医者が慌てて入って来た。
「目が覚めたようです、喉が渇いているみたいです」
櫻子のその言葉に、看護師の一人は水を取りに戻った。その間に医師が竜崎の様子を見ていた。そうして彼に名前や生年月日、どうしてここにいるかのかが分かるかと質問をした。竜崎は少し喉がかすれているが、ちゃんとそれらに答えた。
「有難うございました」
看護師に渡された水を一気に飲み干すと、彼は大きく息を吐いた。クーラーがよく効いて、乾燥しているせいかもしれない。
「特に異常はないけど――精神的なショックが、後々出るかもしれません。ですので、今は何とも言ないですねぇ。定期的なカウンセリングを受ける様に、手配します」
医師はそう言うと、念のため今日は入院するように伝えて部屋を出て行った。
医師や看護師が部屋を出ると、静寂が部屋に訪れた。櫻子も篠原も、身内を失っているので竜崎の今の心境が分かる。どんな言葉も、何の役に立たない事も。
「…警視」
「何?竜崎さん」
その静寂を破ったのは、竜崎だ。櫻子はその竜崎の瞳を見返して言葉を待った。
「姉の瞼と弟の耳は、見つかりましたか?」
冷静に尋ねる竜崎の声音に、篠原は背筋が僅かにぞっとした。ここしばらくで仲良くなったが、今までの竜崎と何処か変わった気がした。
「見つかったわ。駅のゴミ箱で、回収前だった」
「どうして――俺は殺されなかったんでしょう。前回の一家殺人事件は、家族全員が殺された…夜中に。俺は生き残って、殺されたのは夜とはいえ生活感のある時間…違いは…?」
「それは、今調べているわ。でも、私個人の見解ではあなたは『残された』。今回の犯人のオリジナリティだと思っている」
櫻子の言葉に、竜崎は納得したようだ。彼が瞳を閉じると、涙が精悍な頬を伝って流れ落ちた。
「先ほどマスコミに向けた、景光の事件の記者会見が終わった所よ。宮城さんは、もうすぐここに来ると思うわ」
「今回は、兵庫県での事件ですよね?警視、もしかして刑事局長に…?」
「ええ、この事件は私達も調べられるように連絡しているわ。絶対に、犯人を捕まえる」
「今回の犯人のオリジナル、と警視は言いましたね。これは、桐生が犯人ではないのでしょうか?」
竜崎の問いに、櫻子は迷わずに頷いた。
「裏に桐生がいるかもしれないけれど、犯行を行ったのは違う人物。貴方に言われて、私は桐生の犯行には、『メッセージ』が残されている事を見つけたの。今回、それがなかったわ」
それが何かを尋ねようとした竜崎の唇に、櫻子はそっと指をあてて止めた。
「せめて今日は、ゆっくり休んで。犯人を捕まえる為に、貴方も必要なのよ」
「しかし、一条課長。自分の家族を殺害された事件は、本人は関われないのでは?」
篠原は、自分の兄と義姉が殺害された時を思い出した。確かに管轄が違うからそこから自分が介入できない事は分かっていた。それに、一緒に道頓堀交番で勤務していた安井にそう言われたのだ。
「そんなの――桐生が関わっているなら、関係ないわ。自分の仇は、自分で取る。私が、そうしているんだから」
櫻子は、まだ治らない噛み締めて出来た唇の傷を再びぎゅっと嚙み、瞳を閉じた。
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