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七海美桜

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アリアドネのカタストロフィ

違和感・上

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 櫻子と笹部は、まだすっきりと睡魔が抜けきれない宮城と篠原を連れて、阪急三番街にやって来た。豚肉が疲労にいいと思い、とんかつ屋に来た。宮城と篠原はロースとんかつ膳、笹部はへレとんかつ膳、櫻子はへレ一口とんかつ膳を頼んだ。櫻子はあまり食欲がなかったのだが、食べなければまた倒れて迷惑をかけると思いきちんと食べる事にした。
 大坂では、フィレ肉を昔から『ヘレ』と呼ぶ。知らない観光客は普通に並ぶその文字に、困惑するのだという。

「捜査課の指揮、有難うございました。マスコミ用の草稿そうこうも助かりました、苦手なんですよね……竜崎がいつも手伝ってくれてたんで」
 宮城は竜崎の名を口にすると、僅かに沈んだ顔をした。
「いいのよ、連続事件が続いているから誰かが倒れると困るわ。休める時は休んで、食事も忘れないようにね。今のところ、ここにいる人たちに何かあったら、困るから」
「有難うございます……俺もさっき横になったら、すぐに爆睡してました。知らず、疲れていたんですね。これから、健康管理気を付けます」
 篠原がぺこりと頭を下げた。ようやく、無理をするのは悪いと分かった様だ。

「景光の事はあらかた済みましたが――竜崎の事です。やはり、桐生ですか?」
 揚げたてのいい香りがするとんかつの膳が全員の前に並ぶと、宮城は声を抑えて櫻子に尋ねた。
「――影響を受けているとは思うけれど、桐生本人ではないわ」
 箸を全員に渡しながら、櫻子も声を抑えてそう言った。

「桐生が起こした一家連続事件は、それはもう凄惨な現場だったわ。部屋は血の海で、遺体は全て居間に集められていた。桐生がまだ若い――十代後半の頃よ。あの頃の彼は、『人はどれだけ切れば死に至るか』『どの部位を切れば簡単に死ぬか』など、体験して学習していたと思われるわ――本人の自供はないけど」
 櫻子はそう言って一口味噌汁で口を潤すと、ポツリと呟いた。

「それに、『一家全員』の連続殺人事件だった――生き残りはいなかったわ」
「『模倣犯』ですか?」
 笹部がそう聞いて、熱いとんかつが冷めるのを待つように漬物を口にした。
「桐生の存在は秘密裏扱いだけど、犯罪者たちが集う裏の世界では有名よ。確かにファンがいるかもしれないわ。けど、竜崎さんの事を調べ上げて、彼だけ生かしている――ただの模倣犯ではないと思うわ」
「やはり、警告ですか? 『言うな、見るな、聞くな』を、我々に見せしめにするように」
 笹部の問いに、櫻子は頷いた。宮城は、深々と溜息を零した。

「竜崎が目を覚ましたら、とにかくすぐに病院に行きますわ。記者会見は、署長とですか?」
「兵庫や京都まで巻き込んでるから、大阪府警本部から阿部あべ警視正も来るそうよ――内容も、ショッキングだろうし」
 『人肉食カリバリズム』という、異常殺人。府民や付近の県民に恐怖を与えるのに、十分な内容だろう。

「宮城課長、それってからしですか?」
 ふと、笹部が浮かない顔でとんかつにソースとからしを付けている宮城に声をかけた。
「ん? そうやけど、どうかしたか?」
「とんかつにからしって、付けるものなんですか?」
 笹部は、不思議そうに聞いている。本当に知らないみたいだ。
「好みですよ。付けない人も多いと思いますよ? 笹部さんて、物知りなのに意外な事知らないんですね」
 篠原が笑って、「試してみますか?」と笹部にからしの入った瓶を渡した。その時笹部の手首に、猫に引っかかれたような、細く浅い傷が見えた。
「ふぅん……試してみるよ。ボスは?」
「私、辛いものはあまり得意じゃないの。有難う」
 櫻子の返事に頷いて、笹部はようやく冷め始めたとんかつにからしを付けて口にした。篠原はそれを聞こうとしたが、特に気にする事もないと思いとんかつを口に頬張った。

「うん、美味しい。味が変わるから、付けたり付けなかったりして食べると、最後まで飽きずに食べられるね」
「ヘレより、脂が多いロースの方がよう合うから、今度試してみ」
 宮城の言葉に頷き、笹部はご飯を口に入れた。

 四人は食事を終えると、曽根崎警察署に戻った。17時のニュースで会見する予定だったので、宮城は櫻子が作った原稿を手にマスコミの元に向かい、署長と大阪府警の阿部警視正と合流した。
 櫻子達は、心配する宮城に変わって竜崎の運ばれた病院に向かった。
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