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アリアドネのカタストロフィ
過去・中
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「景光容疑者が話した、本名と出身地、寺から個人情報が分かりました。昭和六十年生まれ、西暦だと1985年です。現在三十六歳。彼が産まれた京都の龍光寺は、木津川市の一番隅にあります。本名は仲間景光、仲間家は住職である父とその妻、息子三人に娘が一人。景光は三男で末子です」
笹部がそう話すと、壁に飾られているディスプレイに運転免許証と寺の写真が映し出された。
「三十六歳、ね。確かにホストの世界では厳しい年齢ね」
「それでも会話は評判がよく、ヘルプでも人気がそこそこあったそうです。中学から素行の良くない地元の不良と付き合いだして、高校は中退して大阪に来たみたいです。家庭の問題ですが、彼の姉は幼少期に大病にかかり、その後遺症で半身不随の体になったとの事です。景光容疑者は高校中退してそのまま大阪に出て、姉の為にとバイトを掛け持ちして得たお金を、ほとんど仕送りしていたそうです」
意外な言葉に、櫻子は画面に映し出された彼の老けた顔を見つめた。
「姉とは年子だったので、とても懐いていたそうですね。寝たきりの姉を見たくなくて家に帰らなくなり、しかし姉の為に学校を辞めて仕事について仕送りをしていた。昨夜遅くから京都に行った捜査課の報告では、両親は年老いて寝たきりの娘の介護する事が困難で、施設に頼んで預けていたそうです。長男は寺を継ぎ、次男は家を出て会社勤め。二人とも結婚していますが、その妻はどちらとも介護が必要な義理の妹を疎んでいるのか、世話は一切していないそうです」
その為、景光は姉の施設にかかる費用を用意するために、金に執着したのだろう。それが、若さを求めた原点だ。ただ若さを求めただけなら、整形した方が手っ取り早い。そう、彼は確かに言っていた「この人に憧れて整形も考えましたが、金もかかる」と。彼が整形できなかったのは貯金もろくにせずに、姉の為に送金していたからだろう。
「父親は、泣いていたそうです。景光容疑者からの送金は、本当に助かっていたと。母親は、何を考えているのか分からない様子だったそうです。そして……実は、ボスたちが景光容疑者のもとに踏み込んだ……昨日ですね。その前日、姉は亡くなったそうです。父親が景光に伝えたら、「葬式には帰る」と言っていたそうです」
「死に顔、微笑んでるみたいでしたわ」
宮城が、竜崎の家で景光の話が出た時にポツリと呟いたのを、櫻子は思い出した。宮城達にとって、食人殺人事件を起こす犯人は異常な人物だと思っているのだろう。その犯人が、死に際に微笑む――考えられない事だったに違いない。
「もう、姉の為に狂う必要がない……解放されて、笑ったのかしら……?」
「どうでしょう……彼は確かに狂っていました。若さ、金、姉……どれが彼を狂わせたかは、本人に聞かないと分からないですね。ただ、彼は心優しかったんでしょう。自分が崇拝する流星の為に、最後は彼の若さが続くように、自分の為の『人肉』を分け与えていたんですから」
櫻子は、少し驚いた顔で笹部を見た。
「――笹部君には、それが優しさに思えるの? 胎盤の代わりに陰茎を最後に残したのは、何故だと思う?」
「僕ならそんな事はしませんが、彼にとって崇拝の証だったんでしょう。陰茎――そうですね、陰嚢も含まれていたなら、精子を製造するから……とかでしょうか。精子は空気に触れると数時間で死にますが、最大四億も製造されます。まさに、命の塊、ですよね。男の体で若さのもとを選ぶなら、多分それを選びます」
笹部は、雨上がりでその雨の雫が朝日を反射して部屋をきらりと輝き照らすのが眩しいかのように、瞳を閉じた。
「そう……」
櫻子は、ディスプレイに映る景光をじっと見つめていた。
笹部がそう話すと、壁に飾られているディスプレイに運転免許証と寺の写真が映し出された。
「三十六歳、ね。確かにホストの世界では厳しい年齢ね」
「それでも会話は評判がよく、ヘルプでも人気がそこそこあったそうです。中学から素行の良くない地元の不良と付き合いだして、高校は中退して大阪に来たみたいです。家庭の問題ですが、彼の姉は幼少期に大病にかかり、その後遺症で半身不随の体になったとの事です。景光容疑者は高校中退してそのまま大阪に出て、姉の為にとバイトを掛け持ちして得たお金を、ほとんど仕送りしていたそうです」
意外な言葉に、櫻子は画面に映し出された彼の老けた顔を見つめた。
「姉とは年子だったので、とても懐いていたそうですね。寝たきりの姉を見たくなくて家に帰らなくなり、しかし姉の為に学校を辞めて仕事について仕送りをしていた。昨夜遅くから京都に行った捜査課の報告では、両親は年老いて寝たきりの娘の介護する事が困難で、施設に頼んで預けていたそうです。長男は寺を継ぎ、次男は家を出て会社勤め。二人とも結婚していますが、その妻はどちらとも介護が必要な義理の妹を疎んでいるのか、世話は一切していないそうです」
その為、景光は姉の施設にかかる費用を用意するために、金に執着したのだろう。それが、若さを求めた原点だ。ただ若さを求めただけなら、整形した方が手っ取り早い。そう、彼は確かに言っていた「この人に憧れて整形も考えましたが、金もかかる」と。彼が整形できなかったのは貯金もろくにせずに、姉の為に送金していたからだろう。
「父親は、泣いていたそうです。景光容疑者からの送金は、本当に助かっていたと。母親は、何を考えているのか分からない様子だったそうです。そして……実は、ボスたちが景光容疑者のもとに踏み込んだ……昨日ですね。その前日、姉は亡くなったそうです。父親が景光に伝えたら、「葬式には帰る」と言っていたそうです」
「死に顔、微笑んでるみたいでしたわ」
宮城が、竜崎の家で景光の話が出た時にポツリと呟いたのを、櫻子は思い出した。宮城達にとって、食人殺人事件を起こす犯人は異常な人物だと思っているのだろう。その犯人が、死に際に微笑む――考えられない事だったに違いない。
「もう、姉の為に狂う必要がない……解放されて、笑ったのかしら……?」
「どうでしょう……彼は確かに狂っていました。若さ、金、姉……どれが彼を狂わせたかは、本人に聞かないと分からないですね。ただ、彼は心優しかったんでしょう。自分が崇拝する流星の為に、最後は彼の若さが続くように、自分の為の『人肉』を分け与えていたんですから」
櫻子は、少し驚いた顔で笹部を見た。
「――笹部君には、それが優しさに思えるの? 胎盤の代わりに陰茎を最後に残したのは、何故だと思う?」
「僕ならそんな事はしませんが、彼にとって崇拝の証だったんでしょう。陰茎――そうですね、陰嚢も含まれていたなら、精子を製造するから……とかでしょうか。精子は空気に触れると数時間で死にますが、最大四億も製造されます。まさに、命の塊、ですよね。男の体で若さのもとを選ぶなら、多分それを選びます」
笹部は、雨上がりでその雨の雫が朝日を反射して部屋をきらりと輝き照らすのが眩しいかのように、瞳を閉じた。
「そう……」
櫻子は、ディスプレイに映る景光をじっと見つめていた。
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