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罪びとは微笑む
嵐の前・中
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瀕死の景光の止血をした際に付いてしまった、血まみれの宮城の身を清める為に竜崎は後から来た車を借りて曽根崎署に戻ってきていた。救急車を増やして、気を失った櫻子と流星を乗せた。現場検証が終われば、警察車両で景光の遺体を運んで、検死へ回すことになっている。
櫻子には篠原が付き添っているので、少し離れていても安心だろうと判断した。宮城には、捜査課長としてやることが多かった。
「そう言えば、さっきお前のスマホずっと鳴ってなかったか?」
着替えを持ちシャワー室へ向かおうとした宮城は、竜崎がスマホの電源を落としていた事を思い出した。彼が出るまで、何度も鳴らす様な着信だった。
「え? あ、そう言えばそうでしたね。母からの着信で――なんで、あんなに電話してきたんでしょう。普段仕事の時は、電話なんてかけてこないのに」
背広のポケットからスマホを取り出すと、竜崎は電源を入れ直して母にかけ直してみた。しかし、コール音は鳴るが二、三度かけ直しても出る様子がなかった。
「犯行の裏取りでしばらくは家に帰るのが遅くなったりするし、今日も多分帰られへんやろ。今のうちに一度、家に帰ってみろ。俺もシャワー出たら香田に連絡して、景光と流星の話せなあかんし」
「すみません、有難うございます。では、終電までには戻ってきます」
竜崎は篠原と同じ兵庫県だが、乗る電車が違う。篠原は宝塚線に乗れば終点の宝塚駅に着くが、竜崎は伊丹だ。神戸線に乗り塚口駅で伊丹線に乗り換えて、伊丹駅まで向かう。乗り換え分時間がかかるので、竜崎は腕時計で時間を確認した。
「車で行け。もし時間がかかったら、こっちに戻られへんし」
必死に感じたあの呼び出しに、宮城はふと胸騒ぎを覚えてそう勧めた。竜崎の母には、確か持病があった筈だ。
「分かりました。すぐに戻ります」
竜崎はそう言うと宮城に頭を下げて、足早に車を借りに向かった。宮城はその後ろ姿を見送ってから、シャワー室へと足を向けた。
櫻子が眠りに落ちてからも、笹部も起きない。篠原は珈琲でも買いに行こうと自動販売機に向かった。勿論、櫻子の部屋の前にいる制服警官に頭を下げて。
自動販売機の電灯が眩しくて、篠原は瞳を細めた。そうして、交番勤務の時によく飲んでいたアイス珈琲のボトルを買うと、それを手にしばらく手の中のそれを見つめていた。
春に櫻子の部下になり、今回も併せて桐生という悪魔が用意した事件四件を解決した。しかし、犯人はいずれも死亡――こんな不幸な事が起こっていいのだろうか。しかも、桐生は不幸な犯人ばかりを選び、その周りすら不幸にしている。池波の件に関しては彼が自分の凶暴性に気付かず、『普通』の日常を送っていれば犯罪を起こさなかった筈だ。
櫻子に、クイズ形式でサイコパスの特徴を教えて貰った。確かに、他人の気持ちを共有できない人が沢山いる。罪悪感のない人も。しかし、『人に罪を犯させて自分が満足したい』人間を、篠原は見た事が無い。いじめで万引きを強要するレベルではない。『人を殺す事』を命じているのだ。
赤穂市の、あの地下に潜む凶悪な罪人。あの男が見せるような笑みを、死亡した景光は浮かべていた。髪型や、髪の色まで似せて――
本当に自分は、櫻子を護れるのか。
篠原はぎゅっと目を一度瞑ってから、手にしている珈琲のボトルで頭を叩いた。弱気になってはいけない。櫻子を護ると決めたのに、自分が自分を信じなくてどうするのか。
櫻子の病室に戻ると、入り口の警官に頭を下げて中に入った。二人共、まだ起きていないようだった。
微かに雨音が聞こえた。
篠原は窓の傍に行くと、カーテンを僅かに開けた。外はもう深い闇に覆われていて、その中で雨が窓を叩いている。そして、遠くでは雷の音が響いていた。
どこか、不気味さに不安になる夜だった。
櫻子には篠原が付き添っているので、少し離れていても安心だろうと判断した。宮城には、捜査課長としてやることが多かった。
「そう言えば、さっきお前のスマホずっと鳴ってなかったか?」
着替えを持ちシャワー室へ向かおうとした宮城は、竜崎がスマホの電源を落としていた事を思い出した。彼が出るまで、何度も鳴らす様な着信だった。
「え? あ、そう言えばそうでしたね。母からの着信で――なんで、あんなに電話してきたんでしょう。普段仕事の時は、電話なんてかけてこないのに」
背広のポケットからスマホを取り出すと、竜崎は電源を入れ直して母にかけ直してみた。しかし、コール音は鳴るが二、三度かけ直しても出る様子がなかった。
「犯行の裏取りでしばらくは家に帰るのが遅くなったりするし、今日も多分帰られへんやろ。今のうちに一度、家に帰ってみろ。俺もシャワー出たら香田に連絡して、景光と流星の話せなあかんし」
「すみません、有難うございます。では、終電までには戻ってきます」
竜崎は篠原と同じ兵庫県だが、乗る電車が違う。篠原は宝塚線に乗れば終点の宝塚駅に着くが、竜崎は伊丹だ。神戸線に乗り塚口駅で伊丹線に乗り換えて、伊丹駅まで向かう。乗り換え分時間がかかるので、竜崎は腕時計で時間を確認した。
「車で行け。もし時間がかかったら、こっちに戻られへんし」
必死に感じたあの呼び出しに、宮城はふと胸騒ぎを覚えてそう勧めた。竜崎の母には、確か持病があった筈だ。
「分かりました。すぐに戻ります」
竜崎はそう言うと宮城に頭を下げて、足早に車を借りに向かった。宮城はその後ろ姿を見送ってから、シャワー室へと足を向けた。
櫻子が眠りに落ちてからも、笹部も起きない。篠原は珈琲でも買いに行こうと自動販売機に向かった。勿論、櫻子の部屋の前にいる制服警官に頭を下げて。
自動販売機の電灯が眩しくて、篠原は瞳を細めた。そうして、交番勤務の時によく飲んでいたアイス珈琲のボトルを買うと、それを手にしばらく手の中のそれを見つめていた。
春に櫻子の部下になり、今回も併せて桐生という悪魔が用意した事件四件を解決した。しかし、犯人はいずれも死亡――こんな不幸な事が起こっていいのだろうか。しかも、桐生は不幸な犯人ばかりを選び、その周りすら不幸にしている。池波の件に関しては彼が自分の凶暴性に気付かず、『普通』の日常を送っていれば犯罪を起こさなかった筈だ。
櫻子に、クイズ形式でサイコパスの特徴を教えて貰った。確かに、他人の気持ちを共有できない人が沢山いる。罪悪感のない人も。しかし、『人に罪を犯させて自分が満足したい』人間を、篠原は見た事が無い。いじめで万引きを強要するレベルではない。『人を殺す事』を命じているのだ。
赤穂市の、あの地下に潜む凶悪な罪人。あの男が見せるような笑みを、死亡した景光は浮かべていた。髪型や、髪の色まで似せて――
本当に自分は、櫻子を護れるのか。
篠原はぎゅっと目を一度瞑ってから、手にしている珈琲のボトルで頭を叩いた。弱気になってはいけない。櫻子を護ると決めたのに、自分が自分を信じなくてどうするのか。
櫻子の病室に戻ると、入り口の警官に頭を下げて中に入った。二人共、まだ起きていないようだった。
微かに雨音が聞こえた。
篠原は窓の傍に行くと、カーテンを僅かに開けた。外はもう深い闇に覆われていて、その中で雨が窓を叩いている。そして、遠くでは雷の音が響いていた。
どこか、不気味さに不安になる夜だった。
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