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七海美桜

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罪びとは微笑む

容疑・下

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 ――眠くて、仕方ない。
 流星はアヤナのストーカーのせいで、不眠症になっていた。眠れなく夜中に膝を抱えて震えている流星に、「俺の薬でよければ」と、景光がストレスでノイローゼになって通い始めていた病院で貰った睡眠薬を、与えてくれた。

「流星さんの美容に悪いです。寝て下さい……折角こんなに綺麗なのに、勿体ない」
 景光の言葉に、流星は眠れば怖さも忘れるかもしれないと大人しく飲んだ。その日は、久し振りにぐっすり眠れた。それから、景光の薬がないと眠れなくなった。
 最近作るのにハマった、と景光はカレーをたくさん作ってくれた。それに、ビーフシチューも。「暑い時こそ肉食って、元気に仕事頑張りましょう!」と、彼は笑って流星の食事を作ってくれた。
 香辛料が沢山のカレーだったが、流星の好きな「じゃがいもゴロゴロ」カレーだったので、彼は喜んで食べた。

 ――櫻子さんは、どうしているだろう。彼女の顔が、見たい……初心うぶな恥ずかしそうに笑う綺麗な顔や、誠実で優しい彼女。抱き締めて、二人で微睡まどろみたい。彼女を――田舎のじいちゃんに、紹介したい。叶うなら、田舎で笑い合いながら暮らしたい。

 機械的にカレーを口に運びながら、流星はぼんやりと彼女を思い描いていた。



 櫻子は流星のマンションの場所は知っていたが、入った事はない。キスをした事もない。手を繋いで食事をする、まるで小学生の様な関係だった。

 流星の笑顔を見れば、嬉しくなる――そんな淡い、幼い恋心を抱いていた。

「1006号室よ! 玄関ホールに、インターフォンがあるわ」
 ミナミの居住エリアである東心斎橋にあるタワマンの前に車を停めると、四人は慌てて車を飛び出した。
「私が話すわ――警戒されないように」
 まだ、景光には知られていないはずだ。『恋人未満』の自分が会いに来たなら、中に入れてくれるはずだ。櫻子がそう言うと、皆少し後ろに下がった。

「――あれ? 櫻子姫じゃないですか。どうしたんですか? あ、メイクしてなくて、見苦しい顔見せてすみません。景光です」
 インターフォンを押すと、明るい髪色の……桐生の様な髪色の、年齢に逆らおうと足掻あがいているような、僅かな老いを滲ませた男が画面に映った。不自然な程顔色が悪い事が、櫻子は気になった。

「いいのよ、突然来てごめんなさい。流星さんから、連絡を貰ったら会いたくなったの。入れて貰えるかしら?」
「勿論。櫻子姫の綺麗な顔を見たら、流星さんも元気になりますよ! ロック解除しますんで、どうぞ」
 景光は疑う事なく、玄関ホールを開けた。
「有難う、今すぐ行くわね」
 櫻子が小さく微笑むと、画面が切れた。
「行きましょう」

 櫻子を先頭に、男たちが後に続いてエレベーターに乗り込み十階に向かう。エレベーターが上がるのを待ちながら、篠原は香田の組のホストと櫻子の関係が分からず、もやもやとした感情を抱きながらチラチラと櫻子の真剣な顔を見ていた。彼女は隠しているつもりの様だが、犯人と流星の名前が出てから動揺している。この春からずっと彼女を見ている篠原は、意外に彼女は感情が豊かな事に気付いていた。

 ――もしかしたら、彼女は流星と……と思うと、少し切ない思いに駆られた。まるで、初恋の様な不器用さだ、と自分を笑いたくなる。
 エレベーターが十階に着くと、全員が走る様に1006号室に向かった。
 櫻子が、ドアの前のインターフォンを押した。少し早くなった息を、深呼吸して何とか落ち着かせる。
「開いてますよ」
 そう声が聞こえたのを確認して、櫻子は玄関ドアを開けた。そこには、景光や流星の姿はなかった。ゆっくり、部屋の中に入っていく。カレーの強い香辛料の香りと、その間に漂う血の香りを強く感じた。ゴクリ、と篠原の喉が鳴った。そうして、笹部から預かったままのボイスレコーダーのスイッチを押した。

「あれ? 櫻子さん」
 廊下からの角を曲がると、広いリビング。その中央に置かれたテーブルで、流星は座ってカレーを食べていた。その横に座っていた景光が、ゆらりと立ち上がった。手には出刃包丁が握られている。まだ乾ききらない血が、その出刃に付着している。
「ずいぶん沢山の人を連れて、お見舞いに来られたんですね」

 景光は、画面で見たよりももっと顔色が悪かった。しかし、微笑んで櫻子達を迎えた。流星はどことなく、ぼんやりとしている。何かの薬を飲まさせたのかもしれない。

「話を聞きたいの――貴方は、人間を食べたの?」

 先日桐生に聞いたように、櫻子は景光に尋ねた。
「出来るなら、貴女の様な美しい人を食べたかったです」
 微笑んだまま、景光は自白ともとれる返事をした。
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