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七海美桜

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罪びとは微笑む

容疑・上

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「その『K・D』って、写真無いんですか?」
 池田は首を傾げながら立ち上がると、櫻子に歩み寄った。代わりに、竜崎が唯菜の面倒を見る事になった。
「これよ」
 クリップに挟まっていた写真を外すと、櫻子はそれを池田に見せた。
「んー……?」
 写真はモノクロで、三十代前半から半ばに見える男の、バストアップの構図だ。男は無表情で、どこかぼんやりとした表情に見えた。

 池田はじっとその写真を見てから、スマホを取り出してスワイプして何かを探している。櫻子が覗き込むと、スマホに収めている写真の一覧の様だった。背景や映っている男性達の容姿から見て、ホストの様だ。

「これや! 姐さん、こいつとちゃいます!?」

 わずかに、池田は興奮したような声を上げた。櫻子も宮城も驚いたように、池田が見せたスマホの画面を見た。
 そこには、モノクロの写真の男性と違って、明るい表情を浮かべている三十歳半ばに見える男が映っていた。明るいブラウンの髪は緩やかなカールを描いていて、黒いスーツに赤いシャツと白いネクタイ姿だ。確かに、写真より派手だが似ているように思えた。

「誰なの? 桜海會の経営する店に勤めるホストかしら?」
「ええと…『Majestyマジェスティ』の前の店長ですね。流星が店長に上がってから、主任になってます。一時売り上げ落ちたんで、仕方ないんですけど。まぁ、年も四十近いですからね……引退も近いんちゃいますか」
 店と流星の名前を聞いて、櫻子は思わず固まった。そして、震えそうになる声をなんとか耐えて池田に尋ねる。

「名前は……?」
「源氏名は、景光かげみつです。本名の読み方を変えて付けたって言ってましたね。確か、実家は寺だって聞いた気がします」
 笹部が、自分のデスクに戻って調べ出す。画面を開くと、振り返らずに池田に声をかけた。

「源氏名の名前の漢字はどう書くんですか?」
「上杉謙信の幼名の景虎の『かげ』に、『ひかり』やったかな……」
 池田は『Majesty』のHPホームページを開いて、従業員キャストの一覧で確認する。
「けいこう、ですよ! その漢字で、そうとも読めますよね? それに、『K』ですよ!」
 篠原も、興奮した声を上げた。

「本名や実家とか、詳しい事は分からんのか?」
 宮城が尋ねると、池田は首を横に振った。唯菜は、全員が一斉に慌ただしくなったのが不思議なのか、きょとんとしていた。
「おやっさんも分かってるでしょ? 水商売で、本人確認みたいなことは聞かへんて。景光は流星と仲いいから、流星なら何か知ってるかもしれへんけど……俺も、こっちの店は管理してへんし、あんまり分かりませんわ」
 櫻子は、慌てて流星に電話をする。コール音はするが、何度かけても繋がらない。大量殺人の疑いのある人物が、流星の部屋にいる――男は殺さないみたいだが、櫻子は心配で胸が苦しくなる。

「こいつの住所は? それすら分からんとか言うなよ?」
「今、その流星さんのマンションにいる筈よ。今朝イートンホテルで発見された香川雅子かがわまさこが流星さんをストーカーしていて、護衛するからってしばらく流星さんと一緒にいるわ」
 櫻子の言葉に、今朝イートンホテルに向かった宮城は、そこで生活安全課の赤井から報告を受けたのを思い出した。

「香川とこの景光は繋がりあるんか?」
「ちょっと待ってくださいよ、確認しますから――あ、若? 今そねけい曽根崎警察署にいるんですけど……スピーカーにしますね。姐さんとおやっさんと、他刑事が数人いますんで」
 かされた池田は、慌てて香田に電話をして、スピーカーにした。

「そねけいの二大有名人が、揃って池田に尋問か?」
 後ろでは、微かにジャズが聞こえる。「組にある若の部屋みたいですわ」と、池田が櫻子に耳打ちした。
「お前さんの組の事やない。経営してるホストクラブの事や――『Majesty』におる景光と香川……流星のストーカーのアヤナは、知り合いなんか?」
「ああ、知り合いや。昔は、景光が担当してた客や。アヤナは若いのしか興味ないから、担当を変えたんや。うちは一応永久指名やから担当替えは基本禁止やけど、アイツは金払いが良いから許したんや。けど、まさか流星にあんなに執着するとは、思わんかったわ」
「さっき、真田先生と流星さんに会いに行ったのよね?」
 櫻子が話すと、香田の声が若干優し気になった。
「ああ、アヤナが死んだって話をしに行った。けど、景光が『流星は昼寝してて起きないんです』って言うから、伝言だけ残して帰って来た――何かあったんか?」
「まだ証拠はないけれど……景光さんは、今回の一連の殺人事件の犯人かもしれないの……」

 スピーカーの向こうの香田が、一瞬黙り込んだ。
「……サキの事といい……桐生の仕業か。よほど、桜海會に喧嘩売りたいみたいやな」
 香田の声音には、赤穂の牢獄で聞いた時と同じ『殺意』が滲んでいた。
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