アナグラム

七海美桜

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罪びとは微笑む

犯人・下

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 篠原が「重いから」と池田に唯菜を降ろすように言ったが、「構わへんよ」と池田は唯菜を抱えたままだ。「あ! もちろん、変な性癖は持ってへんから!」と付け加えたのには、篠原は笑うしかなかった。
 櫻子を先頭に唯菜を抱いた池田が続いて、篠原が最後に付いてくる。そうして特別心理犯罪課に入ると、ディスプレイに向けられていた笹部は池田を見て、僅かに眉を顰めた。室内はエアコンが入れられていて、涼やかだ。

「笹部さん、おやつの時間です。少し休みませんか」
 篠原がそう声をかけると、笹部は大人しく手を止めた。櫻子は篠原に「冷たいお茶とジュースを」と千円札二枚を渡して自分のデスクに座り、池田と唯菜はソファに座った。

「池田さんは何飲みます? ついでに豚まん温めてきます」
 池田から預かった「551蓬莱」の紙袋を手に、声をかけた。
「唯菜ちゃんは何するん?」
「唯菜はオレンジの炭酸! てっちゃんも炭酸にしたら? 美味しいよ」
「なら、俺はコーラにしよかな」
 唯菜は、池田が信頼できる人に感じているのだろう。初対面とは思えないほど、池田に懐いていた。

 休憩スペースで冷たい緑茶とコーラと炭酸のオレンジを買って、給湯室にある電子レンジで豚まんを温めてくると、篠原はそれを全員に配った。豚まんが多くて、良ければと宮城と竜崎も呼んだ。池田が部屋に顔を見せた二人に笑いながら手を振ると、宮城は困惑をした顔になったが大人しく部屋に入り、池田と唯菜の前に座った。

「へぇ、篠原君の姪ちゃんなんだ。よろしくね、唯菜ちゃん」
「かいくん、とってもイケメンやね。クラスのしょうくんより、カッコいいよ」
 竜崎に頭を撫でられた唯菜は、豚まんをかじりながらにっこり笑って竜崎にそう話しかけた。隣で、宮城が豚まんを喉に詰めそうになって、咳き込んだ。
「小さくても、女は女なんやなぁ……」
 と、日ごろ子供に縁がない宮城は珍しそうに唯菜を見ていた。彼の兄夫婦の子供は、男の子が三人らしい。周りには男が多い環境だったので、櫻子への最初の対応もぎこちなかったのも含まれていたのだろう。

「唯菜、池田さんと竜崎さんに迷惑かけたらあかんで? ――それより、何でここに来たんや?」
「おじいちゃんがお熱出て、おばあちゃんが忙しいからご飯は『ファミーユ』で食べてきなさいって。せっかくやから、さくらこちゃんとご飯食べたかったの」
 篠原は、家族と話すと関西弁が出るらしい。以前もここに一人で来たので、子供の成長の速さに驚いているようだ。ちなみに『ファミーユ』は近所の気安く入れるフレンチの店で、母のやよいの友人の店だ。フランス語で、家族という意味らしい。

「篠原君、これ宿題よ」

 櫻子は、車に貼られていたメモを篠原に渡した。そうして代わりに、カルテを受け取った。笹部は豚まんを手に、カルテを覗きに櫻子のデスクに寄る。宮城も、櫻子の許に来た。

「なんですか? これ……」
 篠原が紙に書かれた文面を眺めて、不思議そうに首を傾げた。
「桐生からのアナグラムよ。犯人の情報らしいわ。解読よろしくね」
 篠原は、ひらめきに秀でていると、櫻子は今までの事から彼をそう評価していた。「頭が良い=学歴」ではない。

「……何語ですか?」
「ドイツ語よ。一部の医者は、昔の名残でカルテにドイツ語を書くから」
 カルテを見た宮城が、外国語が混じって書かれているカルテに顔をしかめた。フランス語が得意だと言っていたくせに、と櫻子はまた軽く唇を噛んだ。医学用語すら書けるほど、桐生はドイツ語も得意なようだ。

 カルテにクリップで挟まれているのは、確かに今までの犯人――国府方紗季こうかたさき吉川美晴きっかわみはる池波隼人いけなみはやとだ。それぞれ。イニシャルでしか書かれていない。「S・K」「M・K」「H・I」そうして、残りの二冊は――。
「K・D」と「S・K」だ。しかし、「S・K」のファイルにはイニシャルだけで何もない。残る「K・D」には男の写真と、何か文字がA4サイズの紙に、無機質な文字で綴られている。

「『K・D』は、ナルシスト、しかし自己評価が低い。幼少期に母から受けたネグレクト、父の熱心な教育の影響と考えられる。容姿に対して、自信のなさが見受けられる。異性により自分を良く見せたいが、自信がない。会話力があるが、ユーモアがある程度の評価。性格に適当さがあり、無秩序型傾向。最初に会話したと時より、それらは急激に強くなっている。彼に、『若さ』を勧めてみた。特に、『胎盤』や『人間として認識できない妊娠早期の胎児』と『血』に興味を持ち、興奮した……」

 櫻子が重要そうな箇所を読み上げると、宮城は嫌そうな顔になった。
「これは、今回の犯人――ですよね?」
「そうね、名前はマジックで塗りつぶされているわね。――篠原君、今の文のキーワードで何か文章は作れない?」
 篠原は、必死に紙を見てメモ用紙に並べて書いては消して、を繰り返している。櫻子に期待されているので、必死に頭を動かす。

「若さ、かぁ……」

 そう笹部が呟いた言葉で、篠原はペンを一度止めた。そうして、文字を並べ替える。

「けいこう、若さを、求め!」

 思わす自分のディスクから立ち上がった篠原は、並べ替えた文章を口にした。


 『けいこ、和歌を、十メモさ。』
 『けいこう、若さを、求め。』

 じゅうではなく、とうと変えてみたのだ。そうすれば、若さを求めたという文章が出来上がり、求めたのはけいこう、になる。

「けいこう……何か、聞いた事あるなぁ……」
 コーラを飲んだ池田は、櫻子達の会話を聞きながら首を傾げた。
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