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罪びとは微笑む
ヒント・下
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外に出た櫻子がタクシーを拾おうと視線を巡らせると、道路の脇に香田の高級国産車が停まっているのを見つけた。
「乗れ。俺も、『奴』の顔を一度は拝みたいからな」
運転席には池田がいて、小さく頭を下げている。後部座席にゆったり座っている香田は、櫻子を促して隣に座らせた。櫻子は、香田がいつも身に着けている香水の香りを嗅ぐと、何故か不思議な事に焦っていた自分が落ち着くのを感じた。
そうして車は、池田の丁寧な運転で兵庫県赤穂市の水耕栽培工場へと向かった。
「今日は、とても不愉快な顔を見させられるね」
地下二十五階の水槽のような牢獄。そこには、いつもと変わらず優雅に微笑む桐生蒼馬がいた。『不愉快』と言いつつ、桐生の笑みを浮かべる表情は変わっていない。
池田を車に残して、櫻子は香田を連れて再びこの水槽へとやって来た。マイクのボタンを渡された二人は、正面に置かれた椅子に並んで座った。『桐生の目を見るな』と櫻子に念を押されていたが、香田は静かに真っ直ぐ正面の男を見つめていた。
「ようやく、うちの組の仇の顔を拝めたわ――お前が、桐生蒼馬か。真田に聞いていたより、随分優男やのぉ」
「筋肉は、無駄な程付けてないだけだよ。必要な分あればいい――それに、この姿の方が相手を油断させられるだろう? そうだ、雪之丞君。桜海會の跡継ぎに選ばれて、良かったね。目障りな義兄を始末してあげたんだから、僕は君に礼を言われてもおかしくないと思うんだけど」
「ほざけ。それで、俺を煽ってるつもりか?」
どちらも声を荒げずに、牽制し合っている。櫻子は以前真田に桜海會の息子である『雪近』の殺害の事件を調べたが、データでは『暴力団組員同士の抗争』としか書かれていなかった。
「どうして最近の櫻子さんは、つまらない人間ばかり連れてくるのかな。そうだね……頭のいい真田先生と純粋な篠原君の事は、気に入ってるよ。特に、篠原君が狂気に落ちる様子を考えると楽しくなる。彼も、ギリギリのところで、立ち止まっている。櫻子さん――君のように、『純粋な悪』の存在に戸惑っている。そして、この社会の不条理さに」
その言葉に、櫻子の顔が強張った。
「篠原君や、私の周りの人に何かしないで! 私の両親を殺して、満足なんじゃないの!?」
「『私の周り』……じゃあ、櫻子さん。僕が櫻子さんの知らない人を傷つけるのは、構わないという事なのかな?」
桐生の帰した言葉に、櫻子は思わず黙り込んだ――確かに、今日の桐生は機嫌が悪いようだ。櫻子に対して、今まではこんな態度を見せた事はなかった。
「こんな野蛮な組の話じゃなくて、櫻子さんは別の事を僕と話しに来たんじゃなかったのかな? 前回の答えが、見つかったのかな?」
「貴方が『0人目』――精神科医に成り代わって、今までの犯人を作って来たんでしょう? 協力者の『三人目』と組んで。今までの犯人は全て、貴方と繋がっていた」
櫻子がそう言うと、桐生は瞳を細めた。
「その答えだと、一連の全ての犯人はまだ見つけられていないようだね。ヒントは、沢山散りばめられてあるのに」
「若がえりを願う男――その男で、最後なの? それに、時間を空けて同じ犯行を繰り返しているのには、何か意味があるの?」
香田は、黙って二人のやり取りを聞いている。櫻子は、竜崎が指摘したことを思い出して、それも関係があるのかを口にした。
「……そうか、それは見つけたんだね。櫻子さん、僕は意味のない事はしない。僕自身が産まれてきたことに意味がある様に、僕が行動するには意味がある」
まるで、釈迦の生誕話の様だ。
「櫻子さん。ある菜食主義者が栄養の偏りにより身体を悪くして、動物性たんぱく質を食べる様に医者に言われた。食べなければ、死ぬと。その人は、どうすると思う?」
「――食べるでしょうね」
「うん、そうなんだ。食べるんだよ。大げさに泣きながら、『命を食べる私を責めないで』というパフォーマンスのように。今度は、別の話。宗教上の理由で、輸血を拒否している一家がいる。息子が事故に遭い、大量の血が流れた。輸血が必要と医師に言われたが、両親は断った。そうして、息子は死んだ。今度はその両親が事故に遭い、同じように輸血が必要になった。両親はどうすると思う?」
「――まさか、輸血をした……の?」
桐生は、嬉しそうに微笑んだ。香田がいる事を忘れたように、櫻子だけを真っ直ぐ見つめながら。
「そう、正解だよ。『これは、神に許された』と輸血を受けたんだ。植物にも、命がある。ある実験で、ポリグラフを植物につけて『燃やそう』と考えた。するとその植物に付けたポリグラスは直ぐに強い反応を示した。植物にも感情があり、他者の思考を読み取る事が出来るんだよ」
「バクスター効果ね」
「そう、正解だ。『命を奪いたくない』というビーガンは、どの基準が『命』だと考えているのだろう?息子は結局他人で、神の試練を受けさせる。しかし、自分は助かりたい為『神に許された』と命乞いをする。これらは一見すれば関係のない出来事だよ。でも、人は『自分に都合が良いように』考え方を変える生き物なんだ。若さを求める為に、女性は進んで胎盤で作らせたプラセンタを体に取り込む。手段は違うだけで、やっている事は同じなんだよ。そう、牛や豚を他人に任せて屠殺させた肉を食べてるじゃないか。工程を、誰が行うかが違うだけ――違うかな?」
桐生は、何時になく話が多い。彼が関わった事件では、『桐生が人の肉を食べた』という記載はなかった筈だ。それなのに、櫻子が見る彼は――どこか興奮しているようだった。
そう。まるで、『人肉を口にしたことがある』ような……。
「乗れ。俺も、『奴』の顔を一度は拝みたいからな」
運転席には池田がいて、小さく頭を下げている。後部座席にゆったり座っている香田は、櫻子を促して隣に座らせた。櫻子は、香田がいつも身に着けている香水の香りを嗅ぐと、何故か不思議な事に焦っていた自分が落ち着くのを感じた。
そうして車は、池田の丁寧な運転で兵庫県赤穂市の水耕栽培工場へと向かった。
「今日は、とても不愉快な顔を見させられるね」
地下二十五階の水槽のような牢獄。そこには、いつもと変わらず優雅に微笑む桐生蒼馬がいた。『不愉快』と言いつつ、桐生の笑みを浮かべる表情は変わっていない。
池田を車に残して、櫻子は香田を連れて再びこの水槽へとやって来た。マイクのボタンを渡された二人は、正面に置かれた椅子に並んで座った。『桐生の目を見るな』と櫻子に念を押されていたが、香田は静かに真っ直ぐ正面の男を見つめていた。
「ようやく、うちの組の仇の顔を拝めたわ――お前が、桐生蒼馬か。真田に聞いていたより、随分優男やのぉ」
「筋肉は、無駄な程付けてないだけだよ。必要な分あればいい――それに、この姿の方が相手を油断させられるだろう? そうだ、雪之丞君。桜海會の跡継ぎに選ばれて、良かったね。目障りな義兄を始末してあげたんだから、僕は君に礼を言われてもおかしくないと思うんだけど」
「ほざけ。それで、俺を煽ってるつもりか?」
どちらも声を荒げずに、牽制し合っている。櫻子は以前真田に桜海會の息子である『雪近』の殺害の事件を調べたが、データでは『暴力団組員同士の抗争』としか書かれていなかった。
「どうして最近の櫻子さんは、つまらない人間ばかり連れてくるのかな。そうだね……頭のいい真田先生と純粋な篠原君の事は、気に入ってるよ。特に、篠原君が狂気に落ちる様子を考えると楽しくなる。彼も、ギリギリのところで、立ち止まっている。櫻子さん――君のように、『純粋な悪』の存在に戸惑っている。そして、この社会の不条理さに」
その言葉に、櫻子の顔が強張った。
「篠原君や、私の周りの人に何かしないで! 私の両親を殺して、満足なんじゃないの!?」
「『私の周り』……じゃあ、櫻子さん。僕が櫻子さんの知らない人を傷つけるのは、構わないという事なのかな?」
桐生の帰した言葉に、櫻子は思わず黙り込んだ――確かに、今日の桐生は機嫌が悪いようだ。櫻子に対して、今まではこんな態度を見せた事はなかった。
「こんな野蛮な組の話じゃなくて、櫻子さんは別の事を僕と話しに来たんじゃなかったのかな? 前回の答えが、見つかったのかな?」
「貴方が『0人目』――精神科医に成り代わって、今までの犯人を作って来たんでしょう? 協力者の『三人目』と組んで。今までの犯人は全て、貴方と繋がっていた」
櫻子がそう言うと、桐生は瞳を細めた。
「その答えだと、一連の全ての犯人はまだ見つけられていないようだね。ヒントは、沢山散りばめられてあるのに」
「若がえりを願う男――その男で、最後なの? それに、時間を空けて同じ犯行を繰り返しているのには、何か意味があるの?」
香田は、黙って二人のやり取りを聞いている。櫻子は、竜崎が指摘したことを思い出して、それも関係があるのかを口にした。
「……そうか、それは見つけたんだね。櫻子さん、僕は意味のない事はしない。僕自身が産まれてきたことに意味がある様に、僕が行動するには意味がある」
まるで、釈迦の生誕話の様だ。
「櫻子さん。ある菜食主義者が栄養の偏りにより身体を悪くして、動物性たんぱく質を食べる様に医者に言われた。食べなければ、死ぬと。その人は、どうすると思う?」
「――食べるでしょうね」
「うん、そうなんだ。食べるんだよ。大げさに泣きながら、『命を食べる私を責めないで』というパフォーマンスのように。今度は、別の話。宗教上の理由で、輸血を拒否している一家がいる。息子が事故に遭い、大量の血が流れた。輸血が必要と医師に言われたが、両親は断った。そうして、息子は死んだ。今度はその両親が事故に遭い、同じように輸血が必要になった。両親はどうすると思う?」
「――まさか、輸血をした……の?」
桐生は、嬉しそうに微笑んだ。香田がいる事を忘れたように、櫻子だけを真っ直ぐ見つめながら。
「そう、正解だよ。『これは、神に許された』と輸血を受けたんだ。植物にも、命がある。ある実験で、ポリグラフを植物につけて『燃やそう』と考えた。するとその植物に付けたポリグラスは直ぐに強い反応を示した。植物にも感情があり、他者の思考を読み取る事が出来るんだよ」
「バクスター効果ね」
「そう、正解だ。『命を奪いたくない』というビーガンは、どの基準が『命』だと考えているのだろう?息子は結局他人で、神の試練を受けさせる。しかし、自分は助かりたい為『神に許された』と命乞いをする。これらは一見すれば関係のない出来事だよ。でも、人は『自分に都合が良いように』考え方を変える生き物なんだ。若さを求める為に、女性は進んで胎盤で作らせたプラセンタを体に取り込む。手段は違うだけで、やっている事は同じなんだよ。そう、牛や豚を他人に任せて屠殺させた肉を食べてるじゃないか。工程を、誰が行うかが違うだけ――違うかな?」
桐生は、何時になく話が多い。彼が関わった事件では、『桐生が人の肉を食べた』という記載はなかった筈だ。それなのに、櫻子が見る彼は――どこか興奮しているようだった。
そう。まるで、『人肉を口にしたことがある』ような……。
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