131 / 188
罪びとは微笑む
ヒント・上
しおりを挟む
翌日の月曜日。櫻子はいつも通り率先して残ると言った笹部に留守番に任せ、篠原と赤井を連れてアヤナが務めている風俗店に向かう事にした。昨日任意出頭を求める為、赤井はアヤナ事香川雅子にずっと連絡をしていたが、全く連絡が取れなかったからだ。どうやら、アヤナはスマホの電源をずっと落としているようで、いつかけても留守番話へ誘導するコールばかり流れていた。
大阪のミナミの日本橋に、彼女が務める店がある。東京にも日本橋という同じ名前の都市があるが、読み方が違う。
大阪の日本橋は「日本橋オタクロード」と呼ばれるアニメや漫画などに特化した店が多く、メイドカフェや執事カフェといった店がある。東京でいえば、秋葉原に近いのかもしれない。篠原は、同窓会で友人が大学生時代にメイド喫茶に入った話をしていたのを、思い出した。性的なものは一切なく客を「ご主人様」と呼ぶメイドの恰好をした少女たちがいる、特別変わった店ではない。だがそれに『萌え』を持つ者には堪らない店なのだと熱弁され、「そうなんだ」としか返せなかった。
そして道頓堀や千日前を挟んで難波があるので、風俗店や飲食店、アニメ店やコスプレ、フィギュア専門店など、色々なものが混ざり合った特殊な空間なのだ。
「香川さんは、ぽっちゃり専門店の『ましゅまろ☆ラブリー』という店で、アヤナという源氏名で働いていました」
店の前に着くと、朝の九時過ぎだが店は営業しているらしい。調べてくれた赤井によれば、店は24時間営業らしい、との事だった。夜間働いた者が仕事帰りに、営業中にお忍びで、という利用客がいて朝から昼間にも需要がある。人間の性欲の貪欲さを、篠原は少し怖いとさえ思った。
受付で警察手帳を見せ、香川の話を聞く事にした。「店の営業の邪魔になるので」と、店長だという狭間が、開いている部屋に三人を招き入れた。派手な装飾に、風呂場が透けて見える風俗店らしい部屋だ。
「大丈夫よ、風営法関係で来たんじゃないの。アヤナさんについて教えて頂戴」
櫻子が備え付けのソファに座る。篠原はその横に赤井と並んで立った。しかし、櫻子が座るそのソファでもみだらな行為がされているんじゃ……と、篠原は少し複雑な心境になった。櫻子が汚された気分になり、気分が重くなる。
「アヤナは、今デリヘルの方で客がいるホテルに行ってますよ。近くのビジネスホテルです――また、彼女何かしたんですか?」
店長の狭間は、五十手前の白髪の多い細身の男だった。アヤナの名前が出ると、深くため息を零した。
「今は、キタのホストに対してのストーカー行為について調査中です。『また』という事は、店でも彼女の素行について問題視していたんですか?」
「はぁ……本当に、店については今回何も被害ありませんよね?」
狭間は、アヤナより店の方が心配の様だ。櫻子は「勿論」と頷いて、話を促した。
「彼女は、四十三歳なんですが三十二歳と年齢を偽って働いています。ホスト狂いで金に執着していまして、客に『店と関係なく』と本番行為をして金を貰っていたみたいです……まあ、噂で本当の事は、店では分かりません。うちは本番を禁止しています、本当です!」
本番行為は違法だ。店側としては、そう言うしかないだろう。
「いつ戻ってこられます?」
「三時過ぎにロング240分の指名が来て出て行きましたが……そう言えば、帰ってきてませんね」
三時からと考えたら、四時間コースで七時過ぎには店に帰ってないとおかしい。
「たまに休憩だって、指名が入らないとどっかで飯食べたりして休んでるんです……こちらからも、連絡してみます」
狭間は慌ててスマホを取り出して電話をかけているが、「おかしいな、繋がらない」と焦っているようだ。
「――予約は、電話だったの?」
「はい、ホテルの部屋から電話してこられました。イートンホテル506号室です」
それを聞いた櫻子は、新調したらしい新しいブランドバックを肩に掛けて立ち上がった。
「私たちは、そっちのホテルに向かうわ。もしアヤナさんと連絡取れたら、私に教えて!」
狭間に名刺を渡すと、ヒールを甲高く鳴らして部屋を飛び出した。イートンホテルは、ここから十分ほどだ。篠原と赤井も慌てて櫻子に続いた。
「遅かったわね……」
イートンホテル、506号室。そこには、香川雅子の無残な遺体が辺りを血に染めて横たわっていた。
大阪のミナミの日本橋に、彼女が務める店がある。東京にも日本橋という同じ名前の都市があるが、読み方が違う。
大阪の日本橋は「日本橋オタクロード」と呼ばれるアニメや漫画などに特化した店が多く、メイドカフェや執事カフェといった店がある。東京でいえば、秋葉原に近いのかもしれない。篠原は、同窓会で友人が大学生時代にメイド喫茶に入った話をしていたのを、思い出した。性的なものは一切なく客を「ご主人様」と呼ぶメイドの恰好をした少女たちがいる、特別変わった店ではない。だがそれに『萌え』を持つ者には堪らない店なのだと熱弁され、「そうなんだ」としか返せなかった。
そして道頓堀や千日前を挟んで難波があるので、風俗店や飲食店、アニメ店やコスプレ、フィギュア専門店など、色々なものが混ざり合った特殊な空間なのだ。
「香川さんは、ぽっちゃり専門店の『ましゅまろ☆ラブリー』という店で、アヤナという源氏名で働いていました」
店の前に着くと、朝の九時過ぎだが店は営業しているらしい。調べてくれた赤井によれば、店は24時間営業らしい、との事だった。夜間働いた者が仕事帰りに、営業中にお忍びで、という利用客がいて朝から昼間にも需要がある。人間の性欲の貪欲さを、篠原は少し怖いとさえ思った。
受付で警察手帳を見せ、香川の話を聞く事にした。「店の営業の邪魔になるので」と、店長だという狭間が、開いている部屋に三人を招き入れた。派手な装飾に、風呂場が透けて見える風俗店らしい部屋だ。
「大丈夫よ、風営法関係で来たんじゃないの。アヤナさんについて教えて頂戴」
櫻子が備え付けのソファに座る。篠原はその横に赤井と並んで立った。しかし、櫻子が座るそのソファでもみだらな行為がされているんじゃ……と、篠原は少し複雑な心境になった。櫻子が汚された気分になり、気分が重くなる。
「アヤナは、今デリヘルの方で客がいるホテルに行ってますよ。近くのビジネスホテルです――また、彼女何かしたんですか?」
店長の狭間は、五十手前の白髪の多い細身の男だった。アヤナの名前が出ると、深くため息を零した。
「今は、キタのホストに対してのストーカー行為について調査中です。『また』という事は、店でも彼女の素行について問題視していたんですか?」
「はぁ……本当に、店については今回何も被害ありませんよね?」
狭間は、アヤナより店の方が心配の様だ。櫻子は「勿論」と頷いて、話を促した。
「彼女は、四十三歳なんですが三十二歳と年齢を偽って働いています。ホスト狂いで金に執着していまして、客に『店と関係なく』と本番行為をして金を貰っていたみたいです……まあ、噂で本当の事は、店では分かりません。うちは本番を禁止しています、本当です!」
本番行為は違法だ。店側としては、そう言うしかないだろう。
「いつ戻ってこられます?」
「三時過ぎにロング240分の指名が来て出て行きましたが……そう言えば、帰ってきてませんね」
三時からと考えたら、四時間コースで七時過ぎには店に帰ってないとおかしい。
「たまに休憩だって、指名が入らないとどっかで飯食べたりして休んでるんです……こちらからも、連絡してみます」
狭間は慌ててスマホを取り出して電話をかけているが、「おかしいな、繋がらない」と焦っているようだ。
「――予約は、電話だったの?」
「はい、ホテルの部屋から電話してこられました。イートンホテル506号室です」
それを聞いた櫻子は、新調したらしい新しいブランドバックを肩に掛けて立ち上がった。
「私たちは、そっちのホテルに向かうわ。もしアヤナさんと連絡取れたら、私に教えて!」
狭間に名刺を渡すと、ヒールを甲高く鳴らして部屋を飛び出した。イートンホテルは、ここから十分ほどだ。篠原と赤井も慌てて櫻子に続いた。
「遅かったわね……」
イートンホテル、506号室。そこには、香川雅子の無残な遺体が辺りを血に染めて横たわっていた。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
伏線回収の夏
影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。大学時代のクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。屋敷で不審な事件が頻発しているのだという。かつての同級生の事故死。密室から消えた犯人。アトリエにナイフで刻まれた無数のX。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の6人は大学時代、この屋敷でともに芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。6人の中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。
《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》
昭和レトロな歴史&怪奇ミステリー 凶刀エピタム
かものすけ
ミステリー
昭和四十年代を舞台に繰り広げられる歴史&怪奇物語。
高名なアイヌ言語学者の研究の後を継いだ若き研究者・佐藤礼三郎に次から次へ降りかかる事件と災難。
そしてある日持ち込まれた一通の手紙から、礼三郎はついに人生最大の危機に巻き込まれていくのだった。
謎のアイヌ美女、紐解かれる禁忌の物語伝承、恐るべき人喰い刀の正体とは?
果たして礼三郎は、全ての謎を解明し、生きて北の大地から生還できるのか。
北海道の寒村を舞台に繰り広げられる謎が謎呼ぶ幻想ミステリーをどうぞ。

聖女の如く、永遠に囚われて
white love it
ミステリー
旧貴族、秦野家の令嬢だった幸子は、すでに百歳という年齢だったが、その外見は若き日に絶世の美女と謳われた頃と、少しも変わっていなかった。
彼女はその不老の美しさから、地元の人間達から今も魔女として恐れられながら、同時に敬われてもいた。
ある日、彼女の世話をする少年、遠山和人のもとに、同級生の島津良子が来る。
良子の実家で、不可解な事件が起こり、その真相を幸子に探ってほしいとのことだった。
実は幸子はその不老の美しさのみならず、もう一つの点で地元の人々から恐れられ、敬われていた。
━━彼女はまぎれもなく、名探偵だった。
登場人物
遠山和人…中学三年生。ミステリー小説が好き。
遠山ゆき…中学一年生。和人の妹。
島津良子…中学三年生。和人の同級生。痩せぎみの美少女。
工藤健… 中学三年生。和人の友人にして、作家志望。
伊藤一正…フリーのプログラマー。ある事件の犯人と疑われている。
島津守… 良子の父親。
島津佐奈…良子の母親。
島津孝之…良子の祖父。守の父親。
島津香菜…良子の祖母。守の母親。
進藤凛… 家を改装した喫茶店の女店主。
桂恵… 整形外科医。伊藤一正の同級生。
遠山未歩…和人とゆきの母親。
遠山昇 …和人とゆきの父親。
山部智人…【未来教】の元経理担当。
秦野幸子…絶世の美女にして名探偵。百歳だが、ほとんど老化しておらず、今も若い頃の美しさを保っている。
リモート刑事 笹本翔
雨垂 一滴
ミステリー
『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。
主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。
それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。
物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。
翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?
翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!
強制憑依アプリを使ってみた。
本田 壱好
ミステリー
十八年間モテた試しが無かった俺こと童定春はある日、幼馴染の藍良舞に告白される。
校内一の人気を誇る藍良が俺に告白⁈
これは何かのドッキリか?突然のことに俺は返事が出来なかった。
不幸は続くと言うが、その日は不幸の始まりとなるキッカケが多くあったのだと今となっては思う。
その日の夜、小学生の頃の友人、鴨居常叶から当然連絡が掛かってきたのも、そのキッカケの一つだ。
話の内容は、強制憑依アプリという怪しげなアプリの話であり、それをインストールして欲しいと言われる。
頼まれたら断れない性格の俺は、送られてきたサイトに飛んで、その強制憑依アプリをインストールした。
まさかそれが、運命を大きく変える出来事に発展するなんて‥。当時の俺は、まだ知る由もなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる