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七海美桜

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罪びとは微笑む

ヒント・上

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 翌日の月曜日。櫻子はいつも通り率先して残ると言った笹部に留守番に任せ、篠原と赤井を連れてアヤナが務めている風俗店に向かう事にした。昨日任意出頭を求める為、赤井はアヤナ事香川雅子かがわまさこにずっと連絡をしていたが、全く連絡が取れなかったからだ。どうやら、アヤナはスマホの電源をずっと落としているようで、いつかけても留守番話へ誘導するコールばかり流れていた。

 大阪のミナミの日本橋にっぽんばしに、彼女が務める店がある。東京にも日本橋にほんばしという同じ名前の都市があるが、読み方が違う。
 大阪の日本橋は「日本橋オタクロード」と呼ばれるアニメや漫画などに特化した店が多く、メイドカフェや執事カフェといった店がある。東京でいえば、秋葉原に近いのかもしれない。篠原は、同窓会で友人が大学生時代にメイド喫茶に入った話をしていたのを、思い出した。性的なものは一切なく客を「ご主人様」と呼ぶメイドの恰好をした少女たちがいる、特別変わった店ではない。だがそれに『萌え』を持つ者には堪らない店なのだと熱弁され、「そうなんだ」としか返せなかった。

 そして道頓堀どうとんぼり千日前せんにちまえを挟んで難波があるので、風俗店や飲食店、アニメ店やコスプレ、フィギュア専門店など、色々なものが混ざり合った特殊な空間なのだ。
「香川さんは、ぽっちゃり専門店の『ましゅまろ☆ラブリー』という店で、アヤナという源氏名で働いていました」
 店の前に着くと、朝の九時過ぎだが店は営業しているらしい。調べてくれた赤井によれば、店は24時間営業らしい、との事だった。夜間働いた者が仕事帰りに、営業中にお忍びで、という利用客がいて朝から昼間にも需要がある。人間の性欲の貪欲さを、篠原は少し怖いとさえ思った。

 受付で警察手帳を見せ、香川の話を聞く事にした。「店の営業の邪魔になるので」と、店長だという狭間はざまが、開いている部屋に三人を招き入れた。派手な装飾に、風呂場が透けて見える風俗店らしい部屋だ。
「大丈夫よ、風営法関係で来たんじゃないの。アヤナさんについて教えて頂戴」
 櫻子が備え付けのソファに座る。篠原はその横に赤井と並んで立った。しかし、櫻子が座るそのソファでもみだらな行為がされているんじゃ……と、篠原は少し複雑な心境になった。櫻子が汚された気分になり、気分が重くなる。

「アヤナは、今デリヘルの方で客がいるホテルに行ってますよ。近くのビジネスホテルです――また、彼女何かしたんですか?」
 店長の狭間は、五十手前の白髪の多い細身の男だった。アヤナの名前が出ると、深くため息を零した。
「今は、キタのホストに対してのストーカー行為について調査中です。『また』という事は、店でも彼女の素行について問題視していたんですか?」
「はぁ……本当に、店については今回何も被害ありませんよね?」
 狭間は、アヤナより店の方が心配の様だ。櫻子は「勿論」と頷いて、話を促した。
「彼女は、四十三歳なんですが三十二歳と年齢を偽って働いています。ホスト狂いで金に執着していまして、客に『店と関係なく』と本番行為をして金を貰っていたみたいです……まあ、噂で本当の事は、店では分かりません。うちは本番を禁止しています、本当です!」

 本番行為は違法だ。店側としては、そう言うしかないだろう。
「いつ戻ってこられます?」
「三時過ぎにロング240分の指名が来て出て行きましたが……そう言えば、帰ってきてませんね」
 三時からと考えたら、四時間コースで七時過ぎには店に帰ってないとおかしい。

「たまに休憩だって、指名が入らないとどっかで飯食べたりして休んでるんです……こちらからも、連絡してみます」
 狭間は慌ててスマホを取り出して電話をかけているが、「おかしいな、繋がらない」と焦っているようだ。
「――予約は、電話だったの?」
「はい、ホテルの部屋から電話してこられました。イートンホテル506号室です」
 それを聞いた櫻子は、新調したらしい新しいブランドバックを肩に掛けて立ち上がった。
「私たちは、そっちのホテルに向かうわ。もしアヤナさんと連絡取れたら、私に教えて!」
 狭間に名刺を渡すと、ヒールを甲高く鳴らして部屋を飛び出した。イートンホテルは、ここから十分ほどだ。篠原と赤井も慌てて櫻子に続いた。



「遅かったわね……」

 イートンホテル、506号室。そこには、香川雅子の無残な遺体が辺りを血に染めて横たわっていた。
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