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七海美桜

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罪びとは微笑む

違和感・上

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「うわ、新庄さんも森さんもどうしたんですか!?」

 珈琲豆が切れたので買いに行こうとした篠原は、曽根崎警察署の玄関でもう乾いているが背広やシャツに茶色い染みをつけた捜査課の二人と出会い、驚いた顔をした。よく見れば、首元や手が赤くなっている所もあり、軽度の火傷もしているようだ。

「SNSでのやり取りを、美人警視さんに教えて貰ったから、俺らは足立理沙の家に聞きに行ったんや。援助交際や彼氏がいた形跡はありませんか、って。そうしたら、同席してた足立理沙の父親が「娘がそんな事するか!」って怒鳴って、母親が淹れてくれた珈琲を俺らにぶっかけてきたんや」
「宮城課長に未成年だから注意しろって言われてたから、直積的な発言は辞める様に俺は止めようとしたんですよ?」
 少し怒っている新庄と、コンビニで買ったらしい氷で火傷したところを冷やしている、呆れたような顔の森が答えた――さすがにそれは、証拠もなく言ったのなら怒られても仕方なく思う。親にとっては、娘の不名誉であり自分たちの教育方針も責められているような言葉だ。

「けど、学校では情報手に入ったわ。クラスメイト数人と、今流行りのパパ活をやってたそうや」
 森から氷を取ると、痛そうに顔をしかめながら新庄は唇の端を上げて笑った。
「パパ活って、一緒にご飯食べたりデートするだけで、行為はしないんじゃないんですか?」
「足立理沙は、手っ取り早くお金欲しかったらしくて金持ってそうな奴には売春してたそうや。あれ――えぇと、なんや……あ、ホストや、ホスト! ホスト通いしてたみたいや。だから、金が必要やったみたいやで」
「え!? 足立理沙って、未成年ですよね?」
 単語が出てこなくて首を傾げていた新庄が思い出した言葉に、篠原は驚いた。
「まあ、詳しい話は宮城課長に話すからそっちに報告行くと思うんで、俺らは着替えたいから行くわ」
 新庄は軽く手を振ると、頭を下げる森を連れて捜査一課に戻った。篠原は複雑そうな面持ちで、最近よく買いに行く珈琲ショップへ足を向けた。


 篠原が珈琲豆を買って帰ると、いつも通り笹部はディスプレイに視線を向けていて、櫻子はスマホで何かを見ているようだった。
「お帰り、篠原君」
 櫻子はスマホから視線を上げると、篠原を出迎えた。
「一条課長、宮城課長から何か連絡ありました?」
「宮城さんから? いいえ、特別何も連絡ないわ」
「そうですか、あの――」
 篠原は、出る前に聞いた新庄と森の話を二人に報告した。
「スマホが見つかってないから、履歴とか調べきれてないんだよ。友人たちとホスト通いをしててパパ活してるなら、その痕跡は今どきの子ならネットにあるかもね。先に足立理沙を調べてみるよ」

 南扇町では遺体の衣服もなくスマホや個人情報が何もなかった。十三の現場では、衣服や運転免許証などはあったが、こちらでもスマホだけは見つからなかった。
 一度に、被害者人数が多い。さらに、大阪府以外の被害者もいて、未成年が多い。警視庁のサイバー課の様に人数が多ければ、一人一人調べるのが早くなる。だが笹部程にパソコンに強い人物は、今の曽根崎署には他にいない。

 その時、特別心理犯罪課の部屋のドアがノックされた。
「どうぞ」
 櫻子が声をかけると、生活安全課の刑事の赤井が立っている。黒いズボン姿の彼女は、真っ直ぐに櫻子に向かい敬礼した。
「すみません、捜査課の皆さんが忙し過ぎて本件の対応ができないそうなので、警視を頼るしかなく……」
 黒く背中まである髪をきつく首の後ろで結んだ赤井巡査長は、大げさなほど頭を下げた。
「待って、頭を上げて。どうしたの? 何か事件なの?」
 捜査課に怒鳴られたのか、赤井は少し赤い目をしていた。慌てて櫻子が傍に寄り、彼女を部屋に入れてドアを閉めた。
「実は、先日ストーカー被害届がありました。つかさ悠聖ゆうせいさん、キタでホストの仕事をされている二十五歳の男性です」
 その言葉を聞いて、櫻子は一瞬顔を強張らせた。流星から聞かされていた、彼の本名だ。
「ホストのストーカーなんて、珍しくないんじゃないかな。大方、お金無くなって切られた元客なんじゃない?」
 笹部は、再びディスプレイに向き直りそう呟いた。赤井はその言葉に、首を横に振った。
「私達もそう思っていたんですが……そのストーカーは、司さんに「美容にいいから」と自分の血を混ぜた水を送ったり……少し異常性を感じるんです」

 櫻子は、『流星の為に作った美容ドリンク』と薄いピンクがベースだが時折赤い塊が見えるプラスチックの水ボトルを手にした、あの薄気味悪い女を思い出した。

「科捜研で調べて貰ったら、どうやらストーカー本人の月経血げっけいけつらしく……他にも、爪や皮膚片を混ぜたものも届けているようで、今回の捜査課の事件と関係あるのかと思って……」

 あの小さな塊は、柘榴やイチゴではなかった――子宮内膜の血の塊。櫻子はあの女の笑みを思い出し、吐きそうになるのをぎゅっと自分の手を握り締めて耐えた。
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