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七海美桜

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罪びとは微笑む

手がかり・中

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「有難うございます、DNAや歯形指紋と照合して確認しますね。やっぱり、警視にお願いして正解でした。捜査が早くなります」

 割り出した女性七人の資料を竜崎に渡すと、彼はほっとしたような表情になり櫻子に頭を下げた。
「まだ、確実に彼女達が被害者だとは分からないけど……お願いね」
 捜査課の人員は、大半が外に出ているようだ。ガランとした室内に、竜崎と他に二、三人が残っているだけだ。

「検死結果は、まだ正式に出ないの?」
「先ずバラバラになった部位の照合、それから検死になりました。腐敗が激しいので、確実な死因が分からないそうです。その為、まだ詳しく調べているそうです。ですが遺体を切断したのは、現場に残されていたのこぎりで間違いないです――あと……」
 そこまで言ってから、竜崎は僅かに眉をひそめた。
「あと?」
「全員、片方の乳房と子宮が切り取られていました。これは腐乱より前に行われたようです」

 櫻子に促された竜崎は、言いにくそうにそう答えた。
「……」
 櫻子は、記憶を辿ってみる。幼少期から読んだ犯罪に関する書物、記事、『殺人の分類』に代表する事件の大半は、記憶していた。
「2001年のアルミン・マイヴェスと似ているわね……」
「アルミン? 何のことですか?」
「ドイツでアルミン・マイヴェスという男がインターネットのサイトに、『自分に食べられたい人』を募集したのよ。実際にある男から応募があって、彼の肉を本当に食べたらしいの。応募してきた男は、自分の陰茎いんけいを彼と一緒に食べたそうよ」
 途端に、竜崎の顔色が悪くなる。
「……まだ、これも真相だと断言できないわ。人肉を好む事件の傾向には、女性なら柔らかい乳房や若い子を選んで食べるのよ。『食べやすくて美味しい』と、言っている犯罪者もいるわ。でも、子宮を取ったのは犯人的に意味があるのかしら……?」

 人肉嗜好カニバリズムの歴史は古く、また食人の意味は多岐にわたる。宗教的な事から政治、事件、性的な事にまで現在でも続く悪趣味ともいえる行為だ。

「検死の結果が出たら、直ぐに教えて? こちらも、それを視野に捜査してみるわ」
 櫻子は小さく頭を下げると、捜査課から出ようとした。
「一条警視」
 しかし、竜崎はそれを止めた。そして僅かに彼女に体を寄せて声のトーンを落とした。

「『一家連続殺人』も、注意してください」
「『一家連続殺人』?」
 突然の言葉に、櫻子は不思議そうに彼を見上げた。
「先日篠原君には話しましたが――」
 竜崎は、彼がランチをしながら篠原に話した事を説明した。

「年数を空けて同じ事件――そう、気付いていなかったわ。もう一度調べてみるわね」
 櫻子は竜崎にもう一度頭を下げた。桐生の事件は判明している事は全て自分なりに考察していた筈なのに、大きな見落としをしていたようだ。
 新しい目で見てくれる人がいて、助かった。櫻子は、やはり宮城と竜崎に話した事は間違えていなかったと安堵した。

「それと――警視は、笹部さんとは警視庁でのお知り合いでしょうか?」
 再びの意外な言葉に、櫻子は瞳を丸くした。
「笹部君? いいえ、私がこっちに来る時にサイバー課から推薦された彼を調査して、部下としてここで初めて会ったの。向こうでは、会った事ないわ」
「あ、調査されていたんですね。それなら、俺の気のせいですね」
「竜崎、警視に密着しすぎやろ。宮城課長に、セクハラで怒られるぞ!」
 竜崎が、ほっとした表情を浮かべた。その意味を聞こうとした櫻子だったが、身体を寄せ合い話している二人に捜査一課の荒井から野次が飛んできた。

「ち、違いますよ! 大事な話をしていただけです!」
 竜崎は、彼らしからぬ赤い顔になって新井に弁明をしだした。櫻子は笑いながら捜査課の刑事たちに手を振って、部屋を出た。
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