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罪びとは微笑む
手がかり・上
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遺体の検死は、かなり困難だったらしい。櫻子が宮城に頼んだIPアドレスの開示請求の方が早く、『眠り姫』と呼ばれる不審なアカウントと接触したらしい七人の身元が、先に確認できた。
大阪の池野洋子21歳、神原絵美19歳、足立理沙16歳。兵庫の筧真美28歳、遠藤五月32歳、佐藤絵里奈14歳。京都の乾和香子17歳。
「年齢にはこだわりがないのね……三十二歳から、十四歳……」
書類に目を通した櫻子は、僅かに眉間に皴を寄せて深くため息を零した。
「笹部君、彼女たちの事調べてくれる?」
「はい、もう始めています」
笹部はキーボードに向かい、既に手を動かしている。
「ボス」
「何? どうかした?」
ディスプレイを見たままの笹部は、櫻子に話しかける。
「ボスの『手駒』と、一度会ってみたいんですが」
それは、自分と同じITに強いらしい、以前櫻子が言っていた『ハッカー』の事だろう。普段何事にもあまり興味を示さない彼の、珍しい言葉だった。
「機会があればね。向こうは、笹部君以上に気難しいのよ」
「はあ、そうですか……」
今日は、昨夜からの雨が続いていて湿度が高い。篠原は、櫻子に頼まれて珈琲を淹れる為に豆を砕いていた。
「そう言えば、精神科医の方は? 目星がつきそう?」
櫻子は手にしていた書類を机の上に置いて、もう一度笹部に視線を向けた。
「今は、池波が少年鑑別所にいた頃の矯正医官を調べています。それと同時に、国府方の性同一障害を認定した医師も探しています。吉川が受診した心療内科は豊中の個人病院ですが、四年前に閉鎖しています。ですが興味深い事に、海藤が受診した心療内科と同じらしいです」
笹部の言葉を聞いた櫻子は、細い顎に指を添えて首を傾げた。
「美晴さんは、確か璃子さんが弟の祥平さんと結婚した前後に病院に連れていかれたのよね? 海藤さんは、妙さんの話だと二、三年前……箕面に住んでいる彼女が豊中の病院に行くのは、地理的にもおかしくない。でも、海藤さんは天六で仕事をしていて住んでいた……何故わざわざ、豊中まで閉鎖した病院に?」
豊中は、桐生の産まれた地だ。そこでの繋がりが、櫻子には引っかかっている。
「多分、閉めてる病院を開けたんじゃないですか?」
意外な事に、篠原が口を挟んだ。櫻子と笹部の視線が、珈琲豆を砕き終えてお湯を注いでいる彼に向けられた。
「もしも桐生が診察したなら、他の人には見つからないように吉川さんや海藤さんが来る時間だけ、開業しているフリをするのではないですか? 精神系の病院は、ほとんど予約者しか受診できませんから。それに、海藤さんは心療内科に通っているのを、他の人にあまり知られたくなかったんだと思います。だから、豊中まで来たんじゃないでしょうか」
これは、自身の経験からの思い付きだった。『宝塚無差別殺傷事件』で兄と義姉を失った篠原一家は、PTSDなどの関係でしばく精神科医に通っていた。その時診察を待っている時に受付で、新規の受付を頼んでいるらしい電話に向かって『まずは予約を』と、言っていたのを思い出したのだ。
「そうね……そうかもしれない。あの人なら、その廃業した病院を使うなんて、簡単だわ。矯正医官に成り代わるのも……」
それに、妙が言っていなかったか? 『タイヤ交換に見えられた方に紹介されて』、と。それが桐生なら? 紗季の担当した医師が分かれば、全て繋がるかもしれない。
「笹部君、負担が多いけれど――二件の事、お願するわ。それに篠原君、有難う。とても役に立つヒントだわ」
褒められた篠原は嬉しそうに笑って、珈琲カップを二人に渡した。
大阪の池野洋子21歳、神原絵美19歳、足立理沙16歳。兵庫の筧真美28歳、遠藤五月32歳、佐藤絵里奈14歳。京都の乾和香子17歳。
「年齢にはこだわりがないのね……三十二歳から、十四歳……」
書類に目を通した櫻子は、僅かに眉間に皴を寄せて深くため息を零した。
「笹部君、彼女たちの事調べてくれる?」
「はい、もう始めています」
笹部はキーボードに向かい、既に手を動かしている。
「ボス」
「何? どうかした?」
ディスプレイを見たままの笹部は、櫻子に話しかける。
「ボスの『手駒』と、一度会ってみたいんですが」
それは、自分と同じITに強いらしい、以前櫻子が言っていた『ハッカー』の事だろう。普段何事にもあまり興味を示さない彼の、珍しい言葉だった。
「機会があればね。向こうは、笹部君以上に気難しいのよ」
「はあ、そうですか……」
今日は、昨夜からの雨が続いていて湿度が高い。篠原は、櫻子に頼まれて珈琲を淹れる為に豆を砕いていた。
「そう言えば、精神科医の方は? 目星がつきそう?」
櫻子は手にしていた書類を机の上に置いて、もう一度笹部に視線を向けた。
「今は、池波が少年鑑別所にいた頃の矯正医官を調べています。それと同時に、国府方の性同一障害を認定した医師も探しています。吉川が受診した心療内科は豊中の個人病院ですが、四年前に閉鎖しています。ですが興味深い事に、海藤が受診した心療内科と同じらしいです」
笹部の言葉を聞いた櫻子は、細い顎に指を添えて首を傾げた。
「美晴さんは、確か璃子さんが弟の祥平さんと結婚した前後に病院に連れていかれたのよね? 海藤さんは、妙さんの話だと二、三年前……箕面に住んでいる彼女が豊中の病院に行くのは、地理的にもおかしくない。でも、海藤さんは天六で仕事をしていて住んでいた……何故わざわざ、豊中まで閉鎖した病院に?」
豊中は、桐生の産まれた地だ。そこでの繋がりが、櫻子には引っかかっている。
「多分、閉めてる病院を開けたんじゃないですか?」
意外な事に、篠原が口を挟んだ。櫻子と笹部の視線が、珈琲豆を砕き終えてお湯を注いでいる彼に向けられた。
「もしも桐生が診察したなら、他の人には見つからないように吉川さんや海藤さんが来る時間だけ、開業しているフリをするのではないですか? 精神系の病院は、ほとんど予約者しか受診できませんから。それに、海藤さんは心療内科に通っているのを、他の人にあまり知られたくなかったんだと思います。だから、豊中まで来たんじゃないでしょうか」
これは、自身の経験からの思い付きだった。『宝塚無差別殺傷事件』で兄と義姉を失った篠原一家は、PTSDなどの関係でしばく精神科医に通っていた。その時診察を待っている時に受付で、新規の受付を頼んでいるらしい電話に向かって『まずは予約を』と、言っていたのを思い出したのだ。
「そうね……そうかもしれない。あの人なら、その廃業した病院を使うなんて、簡単だわ。矯正医官に成り代わるのも……」
それに、妙が言っていなかったか? 『タイヤ交換に見えられた方に紹介されて』、と。それが桐生なら? 紗季の担当した医師が分かれば、全て繋がるかもしれない。
「笹部君、負担が多いけれど――二件の事、お願するわ。それに篠原君、有難う。とても役に立つヒントだわ」
褒められた篠原は嬉しそうに笑って、珈琲カップを二人に渡した。
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