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罪びとは微笑む
嫉妬・中
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櫻子が戎橋に着くと、流星は橋の隅に立ってスマホ画面を操作していた。長めの金髪を隠すような、黒い帽子に黒いシャツ。長い足が目立つスリムなジーンズ姿だった。青いフレームの伊達眼鏡もかけていた。
「ごめんなさい、待たせて」
高いハイヒールで足早に駆け寄ると、流星はほっとしたような笑顔を見せた。
「大丈夫、無理を言ったのは俺だし。さ、どこか店入ろうか。喉乾いちゃった」
もう、夏に近い気候が続いている。慣れた仕草で櫻子の腰に腕を回して、流星は平日にもかかわらず人で溢れている心斎橋筋商店街へと足を向けた。
心斎橋駅に近い『カフェガーブ 心斎橋南船場』というイタリアンに入る事にした。流星は、櫻子に合わせる様にお洒落な店を良く選んだ。人気店らしく、人が多かったが幸いすぐに席に案内された。だが――
「やっぱり、カレーなのね」
櫻子が笑うと、流星は少し恥ずかしそうに鼻先を搔いた。流星は、入った店にカレーがあると必ずカレーを頼んでいた。今日も、牛筋カレーを選んでいる。櫻子は、日替わりパスタランチを頼んだ。今日は、カルボナーラらしい。
「子供の頃から、カレーが好きでさ。でも、やっぱり一番美味しいのは、家のジャガイモゴロゴロカレーかな」
流星の実家は、祖父が家の近くで畑を耕す岡山に近い兵庫の山が多い端の方だ。両親は市役所に勤めていたが、最近休日は祖父の畑を手伝う事が増えたらしい。弟も農協に勤めて、祖父と両親を手伝っている。そこに偶に帰ると、大阪の都会から離れた風景にほっとするのだという。その祖父が作ってくれるカレーが、流星の育った味なのだ。
「櫻子さん、カレー作れる?」
運ばれてきたカレーの香りに嬉しそうに瞳を細めた流星は、不意に櫻子に尋ねた。
「え?」
「いつか、櫻子さんのカレー食べてみたいな」
コーラを一口飲んでから、流星は「いただきます」と手を合わせて食べ始めた。櫻子は赤くなってから、少し青くなる。櫻子は、料理と言うか家事全般が苦手だったからだ。結婚するつもりはなかったから、家庭的な事は敢えてしなかった。
しかし。今の櫻子は、カレーを練習してみようか、と思えた。
「そんな女より、私の方が美味しいカレーを流星に食べさせてあげれるわ」
不意に聞こえた声に、櫻子は不思議そうに顔を上げた。だが流星は、櫻子が分かるほどびくりと大きく体を震わせた。
そこには、少し太めの30代後半の明るいブラウンの髪の女がいた。巻いた髪を、両方の耳の上で括っているのが、年相応に見えず少し痛々しく見える。濃く目元を強調した化粧のきつい目元には、櫻子に対して牽制している様子が見えた。何度か無茶なダイエットを繰り返したのだろう、首元や半袖から覗く腕にはたるんだ皴が目立っている。服も、露出が高くある意味目のやり場に困る。
「ねぇ、流星もそう思うでしょ?ていうか、この女誰なの?今日の同伴相手?」
女は許可も得ずに、勝手に流星の隣に座り込んだ。派手なメイクに、強めの香水。櫻子は、ぽかんとその女の行動を眺めている。
「ホンマにお前――通報するぞ。帰れ、って言うか何でここが分かってん」
流星は視線を合わさず、カレーのスプーンをぎゅっと握り締めた。普段櫻子と話す時は標準語だったのに、流星は関西弁になっていた。
「2年もお店通ってるんよ?流星の家も、とっくに特定したからじゃん」
女は、自分の大きな胸をぐいぐいと流星の腕に押し付けている。全てにおいて、『下品』と櫻子はある意味感心したように眺めていた。
「ほら、これ。今日も流星の為に作った美容ドリンク持って来たから」
思い出したように、女はカゴバックからプラスチックの水ボトルを取り出した。それは妙な色合いで、薄いピンクがベースだが時折赤い塊が見える。苺か柘榴の様だ。苺も柘榴もビタミンが多く、確かに美容向けだろう。
「ええ加減にせぇ!」
思わず流星が怒鳴った。各テーブルの会話が止まるほど、その声は響いた。
「行こう、櫻子さん」
流星は立ち上がると、細い櫻子の腕を掴んで会計に向かった。女は、ニタニタと笑いながら流星を見ていた。
五千円札を店員に渡すと、釣りも貰わずに2人は店を出た。
「――大丈夫?」
流星が「キタに行こう」と言ったので、2人は電車に乗り梅田に来た。
「ごめん、飯食えなかったね」
ようやくぎこちなくだが、流星は櫻子に笑顔を向けた。2人は、新梅田食道街と呼ばれるJR大阪駅東側の阪急百貨店と阪急大阪梅田駅の間のガード下にある、賑やかな飲食店街のファストフード店に座っていた。青い顔の流星の為にコーラと自分のホットコーヒーを買い、心配そうに櫻子は彼の手を握っていた。
「いいのよ――もしかして、あの人ストーカーなの?」
「店に通っている」や、「家を特定した」など言っていたからその可能性が高い。流星は困った顔をしてから、僅かに頷いた。
「本名は知らない――昔からホスト狂いな『アヤナ』って女。前通ってた店のホストが飛んで|(飛ぶ=勝手に辞めていなくなる事)、新しくうちに来て俺が担当になったんだ。前のホストも、あの女に付け回されて飛んだって噂らしいけど」
櫻子に礼を言ってから、流星は冷たいコーラを半分近くまで飲んだ。
「なんだか…危なそうな人みたいね。出禁とか出来ないの?」
心配げな櫻子に、流星は櫻子の手を握り返して小さく頷く。
「泡風呂で仕事やってるらしくて、結構金落としてくれるんだよね…けど、そろそろ俺も限界やから、オーナーに話してみるよ」
流星のその言葉に、櫻子はほっとしたように頷いた。
「ごめんなさい、待たせて」
高いハイヒールで足早に駆け寄ると、流星はほっとしたような笑顔を見せた。
「大丈夫、無理を言ったのは俺だし。さ、どこか店入ろうか。喉乾いちゃった」
もう、夏に近い気候が続いている。慣れた仕草で櫻子の腰に腕を回して、流星は平日にもかかわらず人で溢れている心斎橋筋商店街へと足を向けた。
心斎橋駅に近い『カフェガーブ 心斎橋南船場』というイタリアンに入る事にした。流星は、櫻子に合わせる様にお洒落な店を良く選んだ。人気店らしく、人が多かったが幸いすぐに席に案内された。だが――
「やっぱり、カレーなのね」
櫻子が笑うと、流星は少し恥ずかしそうに鼻先を搔いた。流星は、入った店にカレーがあると必ずカレーを頼んでいた。今日も、牛筋カレーを選んでいる。櫻子は、日替わりパスタランチを頼んだ。今日は、カルボナーラらしい。
「子供の頃から、カレーが好きでさ。でも、やっぱり一番美味しいのは、家のジャガイモゴロゴロカレーかな」
流星の実家は、祖父が家の近くで畑を耕す岡山に近い兵庫の山が多い端の方だ。両親は市役所に勤めていたが、最近休日は祖父の畑を手伝う事が増えたらしい。弟も農協に勤めて、祖父と両親を手伝っている。そこに偶に帰ると、大阪の都会から離れた風景にほっとするのだという。その祖父が作ってくれるカレーが、流星の育った味なのだ。
「櫻子さん、カレー作れる?」
運ばれてきたカレーの香りに嬉しそうに瞳を細めた流星は、不意に櫻子に尋ねた。
「え?」
「いつか、櫻子さんのカレー食べてみたいな」
コーラを一口飲んでから、流星は「いただきます」と手を合わせて食べ始めた。櫻子は赤くなってから、少し青くなる。櫻子は、料理と言うか家事全般が苦手だったからだ。結婚するつもりはなかったから、家庭的な事は敢えてしなかった。
しかし。今の櫻子は、カレーを練習してみようか、と思えた。
「そんな女より、私の方が美味しいカレーを流星に食べさせてあげれるわ」
不意に聞こえた声に、櫻子は不思議そうに顔を上げた。だが流星は、櫻子が分かるほどびくりと大きく体を震わせた。
そこには、少し太めの30代後半の明るいブラウンの髪の女がいた。巻いた髪を、両方の耳の上で括っているのが、年相応に見えず少し痛々しく見える。濃く目元を強調した化粧のきつい目元には、櫻子に対して牽制している様子が見えた。何度か無茶なダイエットを繰り返したのだろう、首元や半袖から覗く腕にはたるんだ皴が目立っている。服も、露出が高くある意味目のやり場に困る。
「ねぇ、流星もそう思うでしょ?ていうか、この女誰なの?今日の同伴相手?」
女は許可も得ずに、勝手に流星の隣に座り込んだ。派手なメイクに、強めの香水。櫻子は、ぽかんとその女の行動を眺めている。
「ホンマにお前――通報するぞ。帰れ、って言うか何でここが分かってん」
流星は視線を合わさず、カレーのスプーンをぎゅっと握り締めた。普段櫻子と話す時は標準語だったのに、流星は関西弁になっていた。
「2年もお店通ってるんよ?流星の家も、とっくに特定したからじゃん」
女は、自分の大きな胸をぐいぐいと流星の腕に押し付けている。全てにおいて、『下品』と櫻子はある意味感心したように眺めていた。
「ほら、これ。今日も流星の為に作った美容ドリンク持って来たから」
思い出したように、女はカゴバックからプラスチックの水ボトルを取り出した。それは妙な色合いで、薄いピンクがベースだが時折赤い塊が見える。苺か柘榴の様だ。苺も柘榴もビタミンが多く、確かに美容向けだろう。
「ええ加減にせぇ!」
思わず流星が怒鳴った。各テーブルの会話が止まるほど、その声は響いた。
「行こう、櫻子さん」
流星は立ち上がると、細い櫻子の腕を掴んで会計に向かった。女は、ニタニタと笑いながら流星を見ていた。
五千円札を店員に渡すと、釣りも貰わずに2人は店を出た。
「――大丈夫?」
流星が「キタに行こう」と言ったので、2人は電車に乗り梅田に来た。
「ごめん、飯食えなかったね」
ようやくぎこちなくだが、流星は櫻子に笑顔を向けた。2人は、新梅田食道街と呼ばれるJR大阪駅東側の阪急百貨店と阪急大阪梅田駅の間のガード下にある、賑やかな飲食店街のファストフード店に座っていた。青い顔の流星の為にコーラと自分のホットコーヒーを買い、心配そうに櫻子は彼の手を握っていた。
「いいのよ――もしかして、あの人ストーカーなの?」
「店に通っている」や、「家を特定した」など言っていたからその可能性が高い。流星は困った顔をしてから、僅かに頷いた。
「本名は知らない――昔からホスト狂いな『アヤナ』って女。前通ってた店のホストが飛んで|(飛ぶ=勝手に辞めていなくなる事)、新しくうちに来て俺が担当になったんだ。前のホストも、あの女に付け回されて飛んだって噂らしいけど」
櫻子に礼を言ってから、流星は冷たいコーラを半分近くまで飲んだ。
「なんだか…危なそうな人みたいね。出禁とか出来ないの?」
心配げな櫻子に、流星は櫻子の手を握り返して小さく頷く。
「泡風呂で仕事やってるらしくて、結構金落としてくれるんだよね…けど、そろそろ俺も限界やから、オーナーに話してみるよ」
流星のその言葉に、櫻子はほっとしたように頷いた。
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