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七海美桜

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罪びとは微笑む

疑問・下

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 篠原が珈琲を淹れ終わる頃には、笹部が部屋に入って来た。宮城が部屋にいるのを不思議そうに眺めてから、いつも通りパソコンと大型ディスプレイの電源を付けた。
「昨日、ボスから送られてきた『Eternal sleep永遠の眠り』のアカウントをハッキングしました」
 笹部の言葉に宮城は少しぎょっとした顔になったが、「俺は一瞬寝てたから何も聞いていない」とわざと大きな声で言った。

「SNSでの表の書き込みでは、『タヒにたい人、DMに連絡してね。一人が寂しいなら、一緒に最後まで傍にいるから』の文と、大抵同じ文章を数少なくですが定期的に呟いているだけです。DMを確認すると、二十人ほどの人物とやり取りをしていました」
 ディスプレイの画面には、その連絡を取り合っていたと思われる二十個のアカウントが表示された。どれも初期のアイコンか、干からびた花や死んだ虫の写真など。『死』や『無個性』を表現しているものだった。

「このアカウントでの一番古くのやり取りは、2020年5月です」
「何やて!?」
 笹部のその発言に、思わず宮城が声を上げた。
「ええ。少なくともその頃にやり取りしている人を『殺した』なら、他に死体が転がっているでしょうね」
 笹部は相変わらず、ぼんやりとそれに答えた。
 櫻子は考えた――確かに、あの死体は腐敗が進んでいたが、五月頃のものではない。その頃の死体なら、もう肉はないだろう。
「その『眠り姫』が接触して『会った』と思われる人は推測できる?」
 櫻子は、Eternal sleep永遠の眠りを眠り姫と呼ぶ事にしたようだ。笹部はキーボードを操作して、二十個のアイコンを七個にまで減らした。
「この七人は、会う日時迄連絡していました。それ以降、これらのアカウントは動いていません。日にちは、いずれも違う日です。個人特定は――七人になると、ハッキングでは少し時間がかかります」
「宮城さん、開示請求できる?」
 このSNSは、『死にたい人』が吐き口として使っているものだろう。日常的な呟きとして使っていない分、調べるにしても時間がかかるのは分かっている。さっさとIPアドレスを割り出して個人を特定した方が、調べるのが早い。Z間事件以降SNSでもこのような『嘱託しょくたく殺人』に関わるような取り締まりが厳しくなり、多分セキュリティは強化されているはずだ。

 眠り姫のIPアドレスは、桐生が関わっているならフリーWi-Fiを使ったと思われる。誘導者を探すのは、七人を探すより困難だろう。
「――何とか理由を考えて、裁判所に申請してみますわ。歯形やDNAを調べるよりも、そっちから捜査するのが早いやろうな」
 宮城は渋い顔をしながら、立ち上がって櫻子に頭を下げた。そうして足早に部屋を出て行こうとして、ふと足を止めると篠原を振り返った。
「珈琲ごちそうさん。確かに、美味かったわ」
 唇の端を上げて篠原に小さく笑いかけて、宮城は部屋を出て行った。篠原はその後ろ姿に、ぺこりと頭を下げる。

「――どうして、自分で死なないんでしょうか?」
 篠原は、誰に尋ねるでもなく呟いた。櫻子と笹部の視線が、篠原に向けられる。
「生きていれば――確かに辛い事や苦しい事があります。だったら、苦しい所から逃げればいいんじゃないんですか? 逃げることだって、正しい事だと思います。他人の手を借りてまで、どうして死ぬんでしょうか?」
 生きたくても、死んでしまった人がいる。兄や義姉ぎしのように。辛くても、生きていれば『生きていてよかった』と思えることがある筈だと、篠原はずっと思っている。死ぬ勇気がないなら、生きればいいのに。死ぬチャンスを失えたのに、と。

「それは、篠原君が強いからだよ」

 笹部が、呟いた。ゆっくりと、だがいつもの笹部と違う雰囲気だった。
「人は、弱い。囁かれれば、悪にも善にもなれる。だけど、どうしても弱い人は――強い人に負けるんだよ。だから、その人に縋るんだ――『自分で死ぬ勇気がないから、殺して欲しい』って。逃げるって選択肢は、考えられないんだ。『死んで楽になりたい』――それしか、思いつかなくなるんだ」

「笹部さんは――『死にたい』って思った事があるんですか?」
 何故篠原は自分がそんな質問をしたのか、分からなかった。笹部の言葉を聞いて、思わず口からそう疑問が零れた。

「――うん」

 笹部はそう答えてから、再びキーボードに向かった。篠原はそんな質問をしてしまった事を後悔したように、「すみません」と、ぺこりと頭を下げた。


 櫻子は黙ったまま、そんな二人をじっと見ていた。
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