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罪びとは微笑む
疑問・中
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次の日。家族には何も言われなかったが、篠原は早くに起きてもう一度風呂に入った。母のやよいはそんな息子を不思議そうに見ていたが、「仕事で何かあったんだろう」と父の仁雅がそう言うと口を挟まなかった。
「ごめん、仕事で署に着替え置いておかないといけないから、今ある背広とかシャツや下着を多めに持って行くわ。それで申し訳ないんやけど、時間がある時に今持ってるのと同じようなの買っておいてくれへん?」
自分のサイズと背広を三着、シャツを五枚、下着や靴下を何個か紙に書いて、足りる様に多めのお金の入った封筒とそのメモをやよいに渡しながら、篠原は慌ただしく家を出ようとする。
「おじちゃん、ご飯は?」
珈琲だけ口にして朝食を食べようとしない大きめのバックを持った篠原に、唯菜が声をかけた。
「今日は良いよ。あんまりお腹空いてないからさ」
正直、昨日の死体が脳裏にこびりついて食事を摂る気にならなかった。夜も、あまり眠れていない。
「じゃあ――はい、これ」
唯菜はスカートのポケットから、苺ミルクの飴を三個取り出して篠原に渡した。
「おじちゃんと、さくらこちゃんと、ささべの分」
「こら、笹部お兄ちゃんだろ? 有難うな、皆で食べるよ」
唯菜から飴を受け取ると、彼女の頭を軽く撫でて篠原は家を出て阪急電車の駅に向かった。
曽根崎警察著の前は、珍しく警杖を持った警察官が二名立っていた。先日の爆発事件や昨日の大量殺人のせいで、マスコミや事件系動画配信者という一般人が話を聞こうと深夜にもかかわらず押しかけてきたらしい。その為、警戒の為に配属されているのだろう。彼らに頭を下げて、篠原は玄関を通った。
「おはよう、篠原」
階段を上ろうとした彼に声をかけたのは、宮城だった。彼も着替えが入ったらしい大きめのカバンを手に、欠伸をしながら篠原に並んだ。
「おはようございます……泊まり込みじゃなかったんですか?」
「あれから署に戻って署でシャワー浴びてから、着替え取りに帰ったんや。被害者の情報が全くないから、検死待ちの間に捜査課全員一度家に帰った。しばらく家に帰れそうにないやろ」
五人前後の遺体だと櫻子は言っていたので、検死に時間がかかるだろう。死体には慣れているだろうが、あのような状態の遺体が五体もある状況は、宮城にとってもそう経験あるものではない。
「ちょうどええ。昨日警視が見つけたSNSの事を確認させてもらうか――今できる事から始めんとな」
篠原は宮城と共に先ずは捜査課に顔を出して荷物を置き、それから特別心理犯罪課に向かった。篠原が取り出した部屋のキーを見た宮城は、怪訝そうな顔になった。
「特殊キーやな。工事してた時は、普通の鍵やったと思うが」
「あの……多分、昨日の話の人物の情報を、一条課長が他の人に知らせない為だと思います。取り替えたんです」
「――ああ、そうか。それもあったな」
捜査課を指揮する宮城は、昨日の事件の方が優先度が高く思えたのだろう。桐生の事を、すっかり忘れていたようだ。
「サイコパスやら連続殺人者やら……厄介な時代になったもんや」
開けられた部屋に入ると、宮城は来客用のソファに腰を落として深くため息をついた。篠原は着替えの入ったカバンを机の脇に置いて、珈琲豆の入った袋を手にした。
「宮城課長、珈琲飲みますか?」
「ああ、頼む」
「うちの珈琲は、捜査課のより美味しいわよ」
二人が話しているとドアが開いて、いつもと変わらない黒いスーツ姿の櫻子が姿を見せた。
「お、警視。おはようさんです」
「おはようございます、一条課長」
「おはよう、宮城さんと篠原君――あまり眠れなかったみたいね」
篠原の顔を見た櫻子は、僅かに心配そうに眉を下げたがそのまま彼の隣を通り過ぎて、愛用のブランドバックを自分の机に置いた。
「笹部君が来たら、『Eternal sleep』の情報を確認しましょ」
それは、昨日見たSNSのアカウント名だった。
この事件を起こした犯人かもしれない……篠原は、思わず息を止めて目の前の珈琲ミルを見つめた。
「ごめん、仕事で署に着替え置いておかないといけないから、今ある背広とかシャツや下着を多めに持って行くわ。それで申し訳ないんやけど、時間がある時に今持ってるのと同じようなの買っておいてくれへん?」
自分のサイズと背広を三着、シャツを五枚、下着や靴下を何個か紙に書いて、足りる様に多めのお金の入った封筒とそのメモをやよいに渡しながら、篠原は慌ただしく家を出ようとする。
「おじちゃん、ご飯は?」
珈琲だけ口にして朝食を食べようとしない大きめのバックを持った篠原に、唯菜が声をかけた。
「今日は良いよ。あんまりお腹空いてないからさ」
正直、昨日の死体が脳裏にこびりついて食事を摂る気にならなかった。夜も、あまり眠れていない。
「じゃあ――はい、これ」
唯菜はスカートのポケットから、苺ミルクの飴を三個取り出して篠原に渡した。
「おじちゃんと、さくらこちゃんと、ささべの分」
「こら、笹部お兄ちゃんだろ? 有難うな、皆で食べるよ」
唯菜から飴を受け取ると、彼女の頭を軽く撫でて篠原は家を出て阪急電車の駅に向かった。
曽根崎警察著の前は、珍しく警杖を持った警察官が二名立っていた。先日の爆発事件や昨日の大量殺人のせいで、マスコミや事件系動画配信者という一般人が話を聞こうと深夜にもかかわらず押しかけてきたらしい。その為、警戒の為に配属されているのだろう。彼らに頭を下げて、篠原は玄関を通った。
「おはよう、篠原」
階段を上ろうとした彼に声をかけたのは、宮城だった。彼も着替えが入ったらしい大きめのカバンを手に、欠伸をしながら篠原に並んだ。
「おはようございます……泊まり込みじゃなかったんですか?」
「あれから署に戻って署でシャワー浴びてから、着替え取りに帰ったんや。被害者の情報が全くないから、検死待ちの間に捜査課全員一度家に帰った。しばらく家に帰れそうにないやろ」
五人前後の遺体だと櫻子は言っていたので、検死に時間がかかるだろう。死体には慣れているだろうが、あのような状態の遺体が五体もある状況は、宮城にとってもそう経験あるものではない。
「ちょうどええ。昨日警視が見つけたSNSの事を確認させてもらうか――今できる事から始めんとな」
篠原は宮城と共に先ずは捜査課に顔を出して荷物を置き、それから特別心理犯罪課に向かった。篠原が取り出した部屋のキーを見た宮城は、怪訝そうな顔になった。
「特殊キーやな。工事してた時は、普通の鍵やったと思うが」
「あの……多分、昨日の話の人物の情報を、一条課長が他の人に知らせない為だと思います。取り替えたんです」
「――ああ、そうか。それもあったな」
捜査課を指揮する宮城は、昨日の事件の方が優先度が高く思えたのだろう。桐生の事を、すっかり忘れていたようだ。
「サイコパスやら連続殺人者やら……厄介な時代になったもんや」
開けられた部屋に入ると、宮城は来客用のソファに腰を落として深くため息をついた。篠原は着替えの入ったカバンを机の脇に置いて、珈琲豆の入った袋を手にした。
「宮城課長、珈琲飲みますか?」
「ああ、頼む」
「うちの珈琲は、捜査課のより美味しいわよ」
二人が話しているとドアが開いて、いつもと変わらない黒いスーツ姿の櫻子が姿を見せた。
「お、警視。おはようさんです」
「おはようございます、一条課長」
「おはよう、宮城さんと篠原君――あまり眠れなかったみたいね」
篠原の顔を見た櫻子は、僅かに心配そうに眉を下げたがそのまま彼の隣を通り過ぎて、愛用のブランドバックを自分の机に置いた。
「笹部君が来たら、『Eternal sleep』の情報を確認しましょ」
それは、昨日見たSNSのアカウント名だった。
この事件を起こした犯人かもしれない……篠原は、思わず息を止めて目の前の珈琲ミルを見つめた。
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