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罪びとは微笑む
桐生・上
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「鱧を食べに行くわよ」
朝。生活や仕事に支障ないくらいに怪我が治った、7月13日の月曜の朝一番。捜査一課で珈琲を飲もうとした宮城と竜崎は櫻子に呼び出されて、駐車場に向かった。
そこには櫻子と笹部、篠原が待っていてそう開口一番に言われたのだ。
「え?」
竜崎は、状況が分からない。曽根崎署が誇るイケメンの傷は、もううっすらと消えていて、よく見なければ傷跡が目立たない程回復した。
「もう、鱧が美味しい季節だもの。宮城さんに、食べさせてって頼まれたでしょ」
いつものセダンではなく、櫻子はステーションワゴンを用意していた。宮城は何のことかを思い出そうとして、それが櫻子の誕生日の次の日に自分が鯛めしを奢った時の言葉だと気が付いた。
「怪我人ばかりだから、私が運転するわ」
そう言うと、彼らの言葉を待たずに櫻子はさっさと運転席に座った。篠原が、慌てたように駆け寄る。
「一条課長、自分が運転しますよ!」
「あら?女の運転は心配なの?まだ肋骨のヒビが治っていないんだから、大人しくしなさい」
構わず、櫻子はエンジンをかけた。笹部は特に何も言わず、助手席へと座った。顔を見合わせた残りの男3人は、後部座席に大人しく座る事にした。
「少し遠出するわよ。今日は、ちゃんと署長に許可を貰っているから一日のんびりするわよ」
櫻子は、少し機嫌が良いようだ。彼女にしては珍しく、アクセサリーを身に着けていた。それは薄いピンク色の真珠をシルバーで作られた桜の花が取り囲む様にデザインされた、一点ものらしい繊細なネックレスだった。
桜海會若頭の香田雪之丞から貰ったプレゼントだったが、彼女以外それを知る者はいない。
「…てっきり、京都に行くんかと思いました」
櫻子の運転する車は、中国自動車道から阪神高速七号線を通り、淡路島ICでいったん休む。そのまま、淡路島に向かうようだ。
「明石海峡大橋が出来るまでは、『たこフェリー』がありましたよね。懐かしいなぁ」
宝塚育ちの篠原は、神戸周りで訪れていたのだろう。
「『たこフェリー』?船とたこが関係あるの?」
聞き慣れない笹部は、篠原の言葉に不思議そうに尋ねた。
「いいえ。淡路島は海産物が豊富ですが、蛸が名産なんです。明石海峡で育った蛸が美味しいから、自然とそんな愛称が出来たんです」
「へぇ…面白いね。淡路島って、玉ねぎのイメージだった」
「鱧で京都がすぐに出て来るって、関西人らしいわね。宮城さんは、どこの出身なの?」
夏は、京都は祇園祭。大阪は天神祭で食される身近な魚だ。小骨が多く骨切りをしなければ食べれない事で、関東ではあまり好まれない魚だった。しかし淡路島での鱧の歴史は古い。
「俺は、高校まで奈良で育ちました。卒業して、大阪の警察学校に入ったんです」
「俺も和歌山で育って、大学受験の時に家族で兵庫に越してきました」
竜崎の言葉に、同じ県の篠原が嬉しそうな声を上げた。
「兵庫のどこですか?」
「伊丹です。JRの福知山線で通ってるんだ」
笹部以外は、関西出身者が多いようだ。
「いい天気ね」
初夏の、気持ち良い晴れ空に梅田よりも澄んだ空気。それを、櫻子は胸いっぱいに吸った。
「あなた達に、話しておかないといけない事があるの。私と――桐生について」
宮城と竜崎には、初めて聞く名前だった。
「少し早いけれど、店に向かうわね――桐生の話は、あまり大阪でしたくなかったの」
櫻子はそう言うと、休憩で停めた最後のSAを出て車を走らせた。
朝。生活や仕事に支障ないくらいに怪我が治った、7月13日の月曜の朝一番。捜査一課で珈琲を飲もうとした宮城と竜崎は櫻子に呼び出されて、駐車場に向かった。
そこには櫻子と笹部、篠原が待っていてそう開口一番に言われたのだ。
「え?」
竜崎は、状況が分からない。曽根崎署が誇るイケメンの傷は、もううっすらと消えていて、よく見なければ傷跡が目立たない程回復した。
「もう、鱧が美味しい季節だもの。宮城さんに、食べさせてって頼まれたでしょ」
いつものセダンではなく、櫻子はステーションワゴンを用意していた。宮城は何のことかを思い出そうとして、それが櫻子の誕生日の次の日に自分が鯛めしを奢った時の言葉だと気が付いた。
「怪我人ばかりだから、私が運転するわ」
そう言うと、彼らの言葉を待たずに櫻子はさっさと運転席に座った。篠原が、慌てたように駆け寄る。
「一条課長、自分が運転しますよ!」
「あら?女の運転は心配なの?まだ肋骨のヒビが治っていないんだから、大人しくしなさい」
構わず、櫻子はエンジンをかけた。笹部は特に何も言わず、助手席へと座った。顔を見合わせた残りの男3人は、後部座席に大人しく座る事にした。
「少し遠出するわよ。今日は、ちゃんと署長に許可を貰っているから一日のんびりするわよ」
櫻子は、少し機嫌が良いようだ。彼女にしては珍しく、アクセサリーを身に着けていた。それは薄いピンク色の真珠をシルバーで作られた桜の花が取り囲む様にデザインされた、一点ものらしい繊細なネックレスだった。
桜海會若頭の香田雪之丞から貰ったプレゼントだったが、彼女以外それを知る者はいない。
「…てっきり、京都に行くんかと思いました」
櫻子の運転する車は、中国自動車道から阪神高速七号線を通り、淡路島ICでいったん休む。そのまま、淡路島に向かうようだ。
「明石海峡大橋が出来るまでは、『たこフェリー』がありましたよね。懐かしいなぁ」
宝塚育ちの篠原は、神戸周りで訪れていたのだろう。
「『たこフェリー』?船とたこが関係あるの?」
聞き慣れない笹部は、篠原の言葉に不思議そうに尋ねた。
「いいえ。淡路島は海産物が豊富ですが、蛸が名産なんです。明石海峡で育った蛸が美味しいから、自然とそんな愛称が出来たんです」
「へぇ…面白いね。淡路島って、玉ねぎのイメージだった」
「鱧で京都がすぐに出て来るって、関西人らしいわね。宮城さんは、どこの出身なの?」
夏は、京都は祇園祭。大阪は天神祭で食される身近な魚だ。小骨が多く骨切りをしなければ食べれない事で、関東ではあまり好まれない魚だった。しかし淡路島での鱧の歴史は古い。
「俺は、高校まで奈良で育ちました。卒業して、大阪の警察学校に入ったんです」
「俺も和歌山で育って、大学受験の時に家族で兵庫に越してきました」
竜崎の言葉に、同じ県の篠原が嬉しそうな声を上げた。
「兵庫のどこですか?」
「伊丹です。JRの福知山線で通ってるんだ」
笹部以外は、関西出身者が多いようだ。
「いい天気ね」
初夏の、気持ち良い晴れ空に梅田よりも澄んだ空気。それを、櫻子は胸いっぱいに吸った。
「あなた達に、話しておかないといけない事があるの。私と――桐生について」
宮城と竜崎には、初めて聞く名前だった。
「少し早いけれど、店に向かうわね――桐生の話は、あまり大阪でしたくなかったの」
櫻子はそう言うと、休憩で停めた最後のSAを出て車を走らせた。
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