90 / 188
キルケゴールの挫折
宮城・中
しおりを挟む
三浦板金を出て曽根崎警察に戻ると、玄関前に笹部と宮城が立っていた。宮城は自分の部下を連れていなかった。
「警視、昨日誕生日だったそうですね。鯛は縁起モンやし、鯛めしでも行きませんか?」
宮城のその言葉に、篠原は少し驚いたように櫻子を見た。篠原は櫻子の誕生日を、知らなかったのだ。櫻子は了承すると、一行は道頓堀の魚料理店に来た。
四人用の個室に案内されると、まだ業務中なので酒は頼まなかった。ウーロン茶とランチ限定の鯛めしコースを頼んだ。
「二十二年前の昔話ですか?」
ウーロン茶と付出しを並べた従業員が襖を閉めて部屋から出ると、櫻子はグラスを手に真っ直ぐに宮城を見た。宮城は、いつもの様な櫻子に対する嫌味っぽい雰囲気を見せていなかった。目の隈が僅かに濃く、ひどく疲れている様子だった。それは何処か、神崎と似ていた。
宮城は頷いて同じようにグラスを手にすると、櫻子のグラスと乾杯する様にカチンと音を立てて触れさせた。笹部と篠原も同じように乾杯した。
「ああ……警視、さっき海藤に会いに行きましたよね?」
「ええ、貴方みたいにやつれていたわ。喘息なんですってね? 貴方と会って、発作起こさなかった?」
櫻子の言葉に、宮城は僅かに眉を寄せた。
「……実は、海藤があそこで働いていた事は忘れていました。『あの事件』を忘れた訳やあらへんのですが、二十二年も経って人相も変わっていて……名前も変えていたので、後になって知りました。池波が自殺したんを、三浦板金の社長に報告に行った時です。そうですね、咳をしだして奥に消えました」
ウーロン茶を一口飲んで、そのグラスを宮城はテーブルに置いた。笹部は二人の話を聞いているのか、マイペースに付出しを箸で口に運んでいる。篠原はどうしようか悩んだが、自分が口を挟む事もないだろうと笹部と同じように箸を手にした。
「まだ二十一歳でした。血気盛んと言うか……刑事課に来てからの、初めての事件やったんですよ」
櫻子に話すというよりも、宮城は昔の事を確認するように口にしていた。
「俺はその時は、春日さんって定年まであと少しの人の下に居たんです。捜査課は、春日さんの為にもこの事件は解決するんやって、躍起になってましてね。けど、証拠もなければ容疑者も中々発見できひん。そんな時、連続事件の最期の事件発生から一年半後に、何故か証拠品が現場で発見されたんですよ」
「誰も、不審に思わなかったの?」
「思いましたよ、勿論。ですが、それを発見した東が、被害者の血痕も付いてるって科捜研に回したんですよ――確かに血が付いていました。一年半後に、『綺麗な名札に擦り付けたような二番目の被害者の血痕』が。道端の植木の陰にあったんですが、風雨にさらされた訳でもない、綺麗な名札でした」
櫻子は、静かに聞いている。まだ平成と呼ばれる時代の、櫻子や篠原や笹部が子供の頃の事件だ。篠原は、その頃八歳になる前だろう。何時の時代にも、目を覆いたくなる事件がある。聞いた事があるかもしれないが、新しい事件の話で、自分が関係しない事件はすぐに記憶の上書をされて忘れていく。
「それからは、東の独壇場でした。すぐに海藤を確保したのですが、東は取り調べでこう聞いたんですよ『なぁ、海藤。もしお前が犯人やったら、殴ったバッドや血の付いた服はどこに隠すんや?』って」
「誘導尋問みたいな聞き方ね」
櫻子は、不快そうな顔になった。
「そうですよね、でも俺は当時知らない事が多すぎて東のやり方を止められませんでした。海藤は『知らない』『分からない』と繰り返していましたが、『工事中の現場に埋めたり、現場に近いマンホールに落としたりするかもしれない』と言いました。その二日後に、まさに海藤が言ったような場所で凶器や服が見つかったんですよ」
櫻子が目を見開いた。
「あり得ないわ――まさか……まさか」
宮城は、深々と溜息を零した。
「東は、当時大阪府議会の議長である東賢作の次男でした」
「彼が犯人じゃない!! 冤罪を、貴方達は見逃したの!?」
櫻子は怒鳴ってから机を大きく叩き――部屋に静寂さがしばらく続いた。
「警視、昨日誕生日だったそうですね。鯛は縁起モンやし、鯛めしでも行きませんか?」
宮城のその言葉に、篠原は少し驚いたように櫻子を見た。篠原は櫻子の誕生日を、知らなかったのだ。櫻子は了承すると、一行は道頓堀の魚料理店に来た。
四人用の個室に案内されると、まだ業務中なので酒は頼まなかった。ウーロン茶とランチ限定の鯛めしコースを頼んだ。
「二十二年前の昔話ですか?」
ウーロン茶と付出しを並べた従業員が襖を閉めて部屋から出ると、櫻子はグラスを手に真っ直ぐに宮城を見た。宮城は、いつもの様な櫻子に対する嫌味っぽい雰囲気を見せていなかった。目の隈が僅かに濃く、ひどく疲れている様子だった。それは何処か、神崎と似ていた。
宮城は頷いて同じようにグラスを手にすると、櫻子のグラスと乾杯する様にカチンと音を立てて触れさせた。笹部と篠原も同じように乾杯した。
「ああ……警視、さっき海藤に会いに行きましたよね?」
「ええ、貴方みたいにやつれていたわ。喘息なんですってね? 貴方と会って、発作起こさなかった?」
櫻子の言葉に、宮城は僅かに眉を寄せた。
「……実は、海藤があそこで働いていた事は忘れていました。『あの事件』を忘れた訳やあらへんのですが、二十二年も経って人相も変わっていて……名前も変えていたので、後になって知りました。池波が自殺したんを、三浦板金の社長に報告に行った時です。そうですね、咳をしだして奥に消えました」
ウーロン茶を一口飲んで、そのグラスを宮城はテーブルに置いた。笹部は二人の話を聞いているのか、マイペースに付出しを箸で口に運んでいる。篠原はどうしようか悩んだが、自分が口を挟む事もないだろうと笹部と同じように箸を手にした。
「まだ二十一歳でした。血気盛んと言うか……刑事課に来てからの、初めての事件やったんですよ」
櫻子に話すというよりも、宮城は昔の事を確認するように口にしていた。
「俺はその時は、春日さんって定年まであと少しの人の下に居たんです。捜査課は、春日さんの為にもこの事件は解決するんやって、躍起になってましてね。けど、証拠もなければ容疑者も中々発見できひん。そんな時、連続事件の最期の事件発生から一年半後に、何故か証拠品が現場で発見されたんですよ」
「誰も、不審に思わなかったの?」
「思いましたよ、勿論。ですが、それを発見した東が、被害者の血痕も付いてるって科捜研に回したんですよ――確かに血が付いていました。一年半後に、『綺麗な名札に擦り付けたような二番目の被害者の血痕』が。道端の植木の陰にあったんですが、風雨にさらされた訳でもない、綺麗な名札でした」
櫻子は、静かに聞いている。まだ平成と呼ばれる時代の、櫻子や篠原や笹部が子供の頃の事件だ。篠原は、その頃八歳になる前だろう。何時の時代にも、目を覆いたくなる事件がある。聞いた事があるかもしれないが、新しい事件の話で、自分が関係しない事件はすぐに記憶の上書をされて忘れていく。
「それからは、東の独壇場でした。すぐに海藤を確保したのですが、東は取り調べでこう聞いたんですよ『なぁ、海藤。もしお前が犯人やったら、殴ったバッドや血の付いた服はどこに隠すんや?』って」
「誘導尋問みたいな聞き方ね」
櫻子は、不快そうな顔になった。
「そうですよね、でも俺は当時知らない事が多すぎて東のやり方を止められませんでした。海藤は『知らない』『分からない』と繰り返していましたが、『工事中の現場に埋めたり、現場に近いマンホールに落としたりするかもしれない』と言いました。その二日後に、まさに海藤が言ったような場所で凶器や服が見つかったんですよ」
櫻子が目を見開いた。
「あり得ないわ――まさか……まさか」
宮城は、深々と溜息を零した。
「東は、当時大阪府議会の議長である東賢作の次男でした」
「彼が犯人じゃない!! 冤罪を、貴方達は見逃したの!?」
櫻子は怒鳴ってから机を大きく叩き――部屋に静寂さがしばらく続いた。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。


サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる