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キルケゴールの挫折
罪2・上
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「二十二年前の冤罪事件って、何かしら?」
アルマンドの味を堪能してから、櫻子は隣に座る香田に視線を送った。香田は真田に向かって軽く顎を上げると、頷いた真田は眼鏡のフレームを上げた。
「今回貴女が捜査されている事件と同じような、ホームレス襲撃事件があったそうですよ。確実な物証はなく、ほぼ状況証拠で容疑者は捕まりました。犯人は当時リストラに遭い無職だった、海藤文也。当時二十五歳です」
「今は、四十七歳か」
アルマンドを飲み干すと、池田はホストを呼んで新しいグラスを用意した。バカラ製の美しい瓶の封を切りボトルを開けると、芳醇な香りが漂う。
「若はロックですよね? 真田せんせと姐さんは、どう飲まれますか?」
グラスに氷を入れながら、池田は真田と櫻子を交互に見た。
「私は水割りで。薄めでお願いします」
「私、ブランデーはあまり飲んだ事ないの。それに明日も仕事だし……真田先生と同じで、薄めの水割りでお願いするわ」
「喜んで」
笑みを浮かべて、池田はそれぞれのグラスに綺麗な琥珀色の酒を注ぐ。そうして前に並べると、自分のグラスにはウーロン茶を注ぐ。
「それで、その海藤は本当に無罪だったの? どうして彼が捜査上に?」
「一件の事件日、彼は当時付き合っていた女性と会っていたという証言があります。それに、四件起こった事件の内二件は深夜で彼は就寝していたそうです。ですが、裁判当日付き合っていた女性は証言を拒否、一人暮らしだった彼が寝ていたというアリバイも証明できませんでした。彼が浮上したのは、三件目の襲撃事件の現場に彼が働いていた会社名が入った、背広に付ける名札が発見されたからなんです。事件から一年半後に」
「一年半後に、名札……?」
櫻子は、僅かに眉を顰めた。
「その名札の当時、彼はもうその会社には在籍していません。また、名札や名刺など会社で使うものは、退職時に全て会社に返還していました。リストラという目に遭った会社の備品を、数年経っても所持していたのは理解できません。裁判ではその点でも争いましたが、結局海藤さんが返し忘れていたのだろうと判断されました」
真田はそう話し終えると、池田が入れたブランデーで喉を潤した。
「それを捜査していたんが、若かりし宮城や」
グラスを手にした香田が呟いた言葉に、櫻子は顔を上げて隣の彼の顔をじっと見つめた。
「第一審では、無期懲役。控訴審である第二審も無期懲役。更に三審では控訴棄却されました。再審は貴女もご存じの様に、狭き要求が通らず彼の刑は確定されて実刑となり刑務所へ送られました。犯人の目星がつかない警察による冤罪だと、冤罪被害者の会やマスコミが抗議して少し揉めたようですね。署名活動もあった様ですが、判決は覆りませんでした」
この件について、真田は全て暗記していたのだろう。淀みなく経緯を櫻子に教えた。その櫻子は黙ったまま、ようやくブランデーを口に含んだ。ウィスキーと種類が違う、何処か甘く濃い深みがある味が燻製のような香りとともに喉を滑らかに通る。
「この事件と今回の事件に、『ホームレス襲撃』と『宮城課長』が関わっている以外に、何か繋がりがあるのかしら?」
同じような事件は、今も昔も変わらない。捜査員が同じような事件を担当する事も、偶然でなはなく何回もある筈だ。しかし香田と真田は、この二つの事件に繋がりがあると自信がある様だった。
「海藤は出所して、紹介された会社でずっと働いています――昔から現在も犯罪者の更生協力をしている、三浦板金です」
櫻子は、小さく息を飲んだ。
「そうです。自殺した池波隼人が勤めていた、三浦板金ですよ。同じような事件の容疑をかけられた彼らは、偶然にも一緒の会社で働いていたんです」
カラン、と香田のグラスの氷が鳴った。
アルマンドの味を堪能してから、櫻子は隣に座る香田に視線を送った。香田は真田に向かって軽く顎を上げると、頷いた真田は眼鏡のフレームを上げた。
「今回貴女が捜査されている事件と同じような、ホームレス襲撃事件があったそうですよ。確実な物証はなく、ほぼ状況証拠で容疑者は捕まりました。犯人は当時リストラに遭い無職だった、海藤文也。当時二十五歳です」
「今は、四十七歳か」
アルマンドを飲み干すと、池田はホストを呼んで新しいグラスを用意した。バカラ製の美しい瓶の封を切りボトルを開けると、芳醇な香りが漂う。
「若はロックですよね? 真田せんせと姐さんは、どう飲まれますか?」
グラスに氷を入れながら、池田は真田と櫻子を交互に見た。
「私は水割りで。薄めでお願いします」
「私、ブランデーはあまり飲んだ事ないの。それに明日も仕事だし……真田先生と同じで、薄めの水割りでお願いするわ」
「喜んで」
笑みを浮かべて、池田はそれぞれのグラスに綺麗な琥珀色の酒を注ぐ。そうして前に並べると、自分のグラスにはウーロン茶を注ぐ。
「それで、その海藤は本当に無罪だったの? どうして彼が捜査上に?」
「一件の事件日、彼は当時付き合っていた女性と会っていたという証言があります。それに、四件起こった事件の内二件は深夜で彼は就寝していたそうです。ですが、裁判当日付き合っていた女性は証言を拒否、一人暮らしだった彼が寝ていたというアリバイも証明できませんでした。彼が浮上したのは、三件目の襲撃事件の現場に彼が働いていた会社名が入った、背広に付ける名札が発見されたからなんです。事件から一年半後に」
「一年半後に、名札……?」
櫻子は、僅かに眉を顰めた。
「その名札の当時、彼はもうその会社には在籍していません。また、名札や名刺など会社で使うものは、退職時に全て会社に返還していました。リストラという目に遭った会社の備品を、数年経っても所持していたのは理解できません。裁判ではその点でも争いましたが、結局海藤さんが返し忘れていたのだろうと判断されました」
真田はそう話し終えると、池田が入れたブランデーで喉を潤した。
「それを捜査していたんが、若かりし宮城や」
グラスを手にした香田が呟いた言葉に、櫻子は顔を上げて隣の彼の顔をじっと見つめた。
「第一審では、無期懲役。控訴審である第二審も無期懲役。更に三審では控訴棄却されました。再審は貴女もご存じの様に、狭き要求が通らず彼の刑は確定されて実刑となり刑務所へ送られました。犯人の目星がつかない警察による冤罪だと、冤罪被害者の会やマスコミが抗議して少し揉めたようですね。署名活動もあった様ですが、判決は覆りませんでした」
この件について、真田は全て暗記していたのだろう。淀みなく経緯を櫻子に教えた。その櫻子は黙ったまま、ようやくブランデーを口に含んだ。ウィスキーと種類が違う、何処か甘く濃い深みがある味が燻製のような香りとともに喉を滑らかに通る。
「この事件と今回の事件に、『ホームレス襲撃』と『宮城課長』が関わっている以外に、何か繋がりがあるのかしら?」
同じような事件は、今も昔も変わらない。捜査員が同じような事件を担当する事も、偶然でなはなく何回もある筈だ。しかし香田と真田は、この二つの事件に繋がりがあると自信がある様だった。
「海藤は出所して、紹介された会社でずっと働いています――昔から現在も犯罪者の更生協力をしている、三浦板金です」
櫻子は、小さく息を飲んだ。
「そうです。自殺した池波隼人が勤めていた、三浦板金ですよ。同じような事件の容疑をかけられた彼らは、偶然にも一緒の会社で働いていたんです」
カラン、と香田のグラスの氷が鳴った。
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