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七海美桜

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キルケゴールの挫折

サイコパス・上

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「サイコパスとは、簡単に言うと精神病質サイコパシーよ。精神障害の一つで、社会に適応できない、反社会的な――精神病と健常状態の中間の精神状態の人ね。社会病質ソシオパシーとも呼ばれて、サイコパス的人格は先天的、ソシオパス的人格は後天的なものだと言われているわ。けれど、それを裏付ける決定的なものは未だ証明されていないので、どちらも同じ分類とされて遺伝的要因と非遺伝的要因な原因で産まれる、と現在は考えられているわ」

 櫻子は珈琲の香りを楽しんでからそう篠原に語りかけて、珈琲で喉を潤した。
「色々な呼び方をすると難しくなるから、サイコパスとしてこれから統一して話すわ。サイコパスというと犯罪者で特物な人と思われがちだけど、珍しくないの。クラスに一人はいる――と言えば、珍しくないでしょ?」
 櫻子の言葉に、篠原はゆっくり頷いた。

「サイコパスだと判断する時に一番重要視する事は、『良心のいちじるしい欠如、他人に対して共感する事が出来なく、罪悪感を持ち合わせていなく自己中心的な行動を行える者』ね。自尊心が強く、ナルシスト。平然と嘘がつけて、何故か魅力的に見える」
「全部当てはまらない場合もあるからね――最近じゃ、SNSなどで荒らし行動に走るのも、サイコパスだと言われているよ」
 笹部が、櫻子の言葉に付け加えた。

「殺人を犯した、AとBが居るとするわね。Aは警察や記者にとても好意的で、自分の犯した二件の殺人の経緯を、惜しみなく笑顔で語ってくれる。Bは四人を殺してしまったけれど、その罪の重さに反省したのか拘置所で自殺未遂を試みたり、テレビ越しに遺族に謝りたいと泣いて懺悔ざんげしている。篠原君、あなたはこの2人のどちらがサイコパスだと思う?」

「え!?」

 突然質問された篠原は、じっと机の上に置かれた珈琲のカップを見た。それから顔を上げて、「Aでしょうか?」と自信無げに答えた。

「不正解」
 ようやく冷えた珈琲に口を付けながら、笹部が答えた。
「え!? Bなんですか!?」
 先ほど教えて貰ったことから、笑顔で自分の罪を教えるAの方がサイコパスに思える。篠原は、意外そうに声を上げた。
「いいえ、AもBもサイコパスと考えられるわ」
「でも、Bは謝りたいと訴えてますし自殺未遂までしてるんですよね? どうしてですか?」

 櫻子は、珈琲カップを手に自分の机に腰を預ける様にして凭れ掛かる。タイトなスカートから伸びる櫻子の白い足は、篠原には眩しかった。
「さっき言った以外にも、サイコパスの特徴はあるからなんだけれど……共感能力はないけれど『こうした方が反省していると思われる』と、相手の心理を学習できるの。Bが心から反省していると短期で判断は出来ないし、良心に訴えかけようとする行動は劇場的でサイコパスらしい行動なのよ」
「自殺した、じゃなくて自殺未遂ってところも怪しいよね。それに、テレビって大々的なものを利用してる」
 笹部の言葉に、櫻子は頷いた。
「主婦のC子とD子がいるわ。C子はママ友会のランチ代を、「財布を忘れた」と毎回誰かに立て替えさせてる。「有難う、次会ったら返すわね」と言うけれど、返したことがないの。D子はママ友たちとホームパーティーやキャンプなど良く開催するけれど、そこで知り合ったママ友の旦那さんを、毎回寝取るの。「もう二度としない」と土下座までして謝るけれど、しばらくするとまた違うママ友の旦那に手を出す――二人はサイコパスかしら?」
 よく主婦が話題にしていそうな出来事だ。唯菜の友人の母親たちとの噂話を、母のやよいが夕食の席で話をしていたのを思い出す。

「どちらとも――サイコパス、ですよね?」

 よく考えてから、篠原はそう答えた。それを聞いた櫻子は、深く頷く。
「C子は毎回忘れていて、返さない。むしろ、最初から払う気がないように感じないかしら? 良心の欠如ね。でも、C子はまたランチ会に呼ばれる――誰かがお金を出さないといけないのに。それは、C子に『魅力がある』からじゃないかしら? 言葉巧みなのも、サイコパスの特徴ね。D子の節操のなさ、モラルの低さ、これもサイコパスの特徴。懲りずにまた同じことを繰り返すのも、『悪いと思っていない』からでしょうね」

 殺人など大きな事件を起こすサイコパスばかりではない、と櫻子は続けた。
「サイコパス的な思考でありながら、反社会性傾向はなく攻撃性が低く社会に紛れているサイコパス。この人たちを、『マイルド・サイコパス』と呼ぶの。その人たちを含んだサイコパス定義に当てはまる人が――人口に対して1%近くいる」

 櫻子の言葉に、篠原は少し背筋がヒヤリとした。

「それに、サイコパスだからと言って連続殺人者シリアルキラーと言う訳でもないわ」
 パリン、と笹部が炭酸せんべいを割る音が響いた。ドラマや映画でしか聞いたことのない名称に、篠原は息を飲んだ。
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