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文車妖妃(ふぐるまようひ)の涙
家族・中
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「まずは、祥平さんに、会いに行きましょう」
櫻子は珈琲を飲み干すと、カバンに手を伸ばした。その言葉に、篠原も慌てて珈琲を飲み込んだ。笹部は、ゆっくりと珈琲が冷めるのを待っている。
「璃子さんの事を聞かないと、容疑者が全く分からないわ。羽場さんと何か関係あるか、繋がりを調べないと」
「そうですね、僕はネットで吉川家の事を調べてみます。お気を付けて」
やはり、笹部は外に出る気はないようだ。彼はようやく珈琲に口を付けて、立っている二人を見送る。ドアに向かう櫻子の後を追うように、篠原もそれに続いた。「カップは帰ってから洗います」といつもの篠原の言葉とドアを閉める音が部屋に響き、笹部はカップに口を付けたまま暫くドアを見つめていた。そうしてカップを脇に置いて、再びパソコンに向き直りキーボードを打ち始めた。
吉川金属加工工場は、シャッターが閉められていて工場は休みの様だった。櫻子達は先に調べていた、近所にある吉川家の方に向かった。よく見ると、住宅街なのに人が多い。カメラを手にした姿から、マスコミ関係者かと櫻子は冷めた視線を彼らに向けた。若い妊婦が、駅で毒殺されて死姦された。ワイドショーを賑わす、マスコミが好きそうな話題だ。
『……どちら様ですか?』
インターフォンを押すと、疲れたような女の声がか細く聞こえてきた。
「曽根崎警察署の、一条と篠原です。璃子さんの事について、少しお聞きしたい事があります」
カメラに手帳を見せると、鍵が開けられる音が聞こえた。ドアに手をかけた櫻子に、マスコミがわっと取り囲みに来る。
「関係者の方ですか? お話聞かせて下さい!」
「璃子さんは毒殺されたと聞きましたが、犯人に心当たりありますか!?」
櫻子はドアに掛けた手をぎゅっと握って、侮蔑を含んだ視線を彼らに向けた。それは、篠原が初めて見る櫻子の顔だった――そして、無言のまま櫻子は玄関に入った。篠原も慌てて後に続く。マスコミは櫻子の様子に驚いたのか、黙って家の中に消える彼女らを見送った。
家の中は、静まり返っていた。しかし、低く嗚咽を漏らす声が時折微かに聞こえる。櫻子はハイヒールを脱ぎ綺麗に揃えて、家の中に入っていく。
「お邪魔します」
リビングには、稔と和葉と祥平がいた。和葉はタオルで顔を押さえて、祥平は瞳を真っ赤にしている。稔は、静かに座っていた。
「警察には、もうお話したはずですが――何か分かった事があるのでしょうか?」
口を開いたのは、稔だった。櫻子は僅かに頭を下げて、「お悔やみ申し上げます」と呟いてから歩み寄った。
「実は、堂島でも数日前に男性が毒殺されています。毒殺という事で、同じ犯人の可能性がありお話を聞きたく参りました」
櫻子の言葉に、吉川家の人間は驚いた表情を見せた。
「村岡証券に勤務されていた、羽場浩紀さん三十七歳の男性です。ご存じないでしょうか?」
篠原がタブレットを開いて、羽場の運転免許証の写真を見せた。三人はそれを確認したが、全員が首を横に振った。
「うちは株もやっていませんし、工場も証券会社とは無縁です。年齢から考えても、娘や息子や、璃子さんと関係があるとは考えられないですね」
「――この人を殺した容疑者は居るんですか?」
ようやく祥平が口を開いた。櫻子は、小さく横に首を振った。
「人間ですので、些細なことで恨まれる事もあります。こちらも犯行からそう時間が経過していませんので、まだ犯行の理由がはっきり分からないので、容疑者は絞れていません。現在も捜査中です」
「そうですか……」
連続殺人なら、犯人が分かるかもしれないと期待したのだろう。祥平は肩を落とした。
「璃子ちゃんは、恨まれるような子じゃありません」
和葉は、涙声で櫻子に訴えた。祥平は下を向いて、ぎゅっとズボンを握り締めた。母である和葉は肩くらいまでの髪を、作業しやすいように一つに結んでいた。写真で見た美晴によく似た面影だ。
「素直で真面目で、うちのような工場の仕事も嫌がらずに、にこにこ笑って手伝ってくれたんです。子供も出来て、幸せやったのに……璃子ちゃんが、誰かに恨まれるはず……」
言葉は涙で、途切れてしまった。
「お姉さんの美晴さんは……? 姿が見えないようですが」
篠原が、ふと美晴の姿がない事に違和感を抱いて不思議そうに尋ねた。義理とはいえ、家族が亡くなったのだ。弟を心配してここにいても、おかしくない。
「仕事が忙しいと、朝に電話があったきりです――あいつは璃子さんに興味がないのか、祥平が結婚してから、ろくに実家に顔を出しませんわ」
「――姉さんは、祝ってくれたよ。それに、工場には顔を出すじゃないか」
怒りを滲ませた稔の言葉に、祥平は反発するように小さく呟いた。
「美晴さんは、どちらにお住まいなのですか? それと、工場に顔を見せるとは……?」
「箕面に一人で住んでます。指輪やブレスレットなんかの細工を、うちの工場に依頼しに来てるんです。ちゃんと、代金も貰って客として取引してます」
祥平の言葉に、櫻子は小さく頷いた。
「赤ちゃんの事……残念でしたね」
櫻子の言葉に、祥平はボロボロと涙を零した。
「お願いします……犯人を――犯人を、絶対に見つけてください……! 絶対に許せない……璃子……」
「必ず、見つけます」
短くそう返して、櫻子は玄関へと向かった。篠原は吉川家の三人に頭を下げて、櫻子の後に続いた。
「美晴さんに、会いに行きましょう」
二人は吉川家を後にすると、電車に乗り箕面へと向かった。
櫻子は珈琲を飲み干すと、カバンに手を伸ばした。その言葉に、篠原も慌てて珈琲を飲み込んだ。笹部は、ゆっくりと珈琲が冷めるのを待っている。
「璃子さんの事を聞かないと、容疑者が全く分からないわ。羽場さんと何か関係あるか、繋がりを調べないと」
「そうですね、僕はネットで吉川家の事を調べてみます。お気を付けて」
やはり、笹部は外に出る気はないようだ。彼はようやく珈琲に口を付けて、立っている二人を見送る。ドアに向かう櫻子の後を追うように、篠原もそれに続いた。「カップは帰ってから洗います」といつもの篠原の言葉とドアを閉める音が部屋に響き、笹部はカップに口を付けたまま暫くドアを見つめていた。そうしてカップを脇に置いて、再びパソコンに向き直りキーボードを打ち始めた。
吉川金属加工工場は、シャッターが閉められていて工場は休みの様だった。櫻子達は先に調べていた、近所にある吉川家の方に向かった。よく見ると、住宅街なのに人が多い。カメラを手にした姿から、マスコミ関係者かと櫻子は冷めた視線を彼らに向けた。若い妊婦が、駅で毒殺されて死姦された。ワイドショーを賑わす、マスコミが好きそうな話題だ。
『……どちら様ですか?』
インターフォンを押すと、疲れたような女の声がか細く聞こえてきた。
「曽根崎警察署の、一条と篠原です。璃子さんの事について、少しお聞きしたい事があります」
カメラに手帳を見せると、鍵が開けられる音が聞こえた。ドアに手をかけた櫻子に、マスコミがわっと取り囲みに来る。
「関係者の方ですか? お話聞かせて下さい!」
「璃子さんは毒殺されたと聞きましたが、犯人に心当たりありますか!?」
櫻子はドアに掛けた手をぎゅっと握って、侮蔑を含んだ視線を彼らに向けた。それは、篠原が初めて見る櫻子の顔だった――そして、無言のまま櫻子は玄関に入った。篠原も慌てて後に続く。マスコミは櫻子の様子に驚いたのか、黙って家の中に消える彼女らを見送った。
家の中は、静まり返っていた。しかし、低く嗚咽を漏らす声が時折微かに聞こえる。櫻子はハイヒールを脱ぎ綺麗に揃えて、家の中に入っていく。
「お邪魔します」
リビングには、稔と和葉と祥平がいた。和葉はタオルで顔を押さえて、祥平は瞳を真っ赤にしている。稔は、静かに座っていた。
「警察には、もうお話したはずですが――何か分かった事があるのでしょうか?」
口を開いたのは、稔だった。櫻子は僅かに頭を下げて、「お悔やみ申し上げます」と呟いてから歩み寄った。
「実は、堂島でも数日前に男性が毒殺されています。毒殺という事で、同じ犯人の可能性がありお話を聞きたく参りました」
櫻子の言葉に、吉川家の人間は驚いた表情を見せた。
「村岡証券に勤務されていた、羽場浩紀さん三十七歳の男性です。ご存じないでしょうか?」
篠原がタブレットを開いて、羽場の運転免許証の写真を見せた。三人はそれを確認したが、全員が首を横に振った。
「うちは株もやっていませんし、工場も証券会社とは無縁です。年齢から考えても、娘や息子や、璃子さんと関係があるとは考えられないですね」
「――この人を殺した容疑者は居るんですか?」
ようやく祥平が口を開いた。櫻子は、小さく横に首を振った。
「人間ですので、些細なことで恨まれる事もあります。こちらも犯行からそう時間が経過していませんので、まだ犯行の理由がはっきり分からないので、容疑者は絞れていません。現在も捜査中です」
「そうですか……」
連続殺人なら、犯人が分かるかもしれないと期待したのだろう。祥平は肩を落とした。
「璃子ちゃんは、恨まれるような子じゃありません」
和葉は、涙声で櫻子に訴えた。祥平は下を向いて、ぎゅっとズボンを握り締めた。母である和葉は肩くらいまでの髪を、作業しやすいように一つに結んでいた。写真で見た美晴によく似た面影だ。
「素直で真面目で、うちのような工場の仕事も嫌がらずに、にこにこ笑って手伝ってくれたんです。子供も出来て、幸せやったのに……璃子ちゃんが、誰かに恨まれるはず……」
言葉は涙で、途切れてしまった。
「お姉さんの美晴さんは……? 姿が見えないようですが」
篠原が、ふと美晴の姿がない事に違和感を抱いて不思議そうに尋ねた。義理とはいえ、家族が亡くなったのだ。弟を心配してここにいても、おかしくない。
「仕事が忙しいと、朝に電話があったきりです――あいつは璃子さんに興味がないのか、祥平が結婚してから、ろくに実家に顔を出しませんわ」
「――姉さんは、祝ってくれたよ。それに、工場には顔を出すじゃないか」
怒りを滲ませた稔の言葉に、祥平は反発するように小さく呟いた。
「美晴さんは、どちらにお住まいなのですか? それと、工場に顔を見せるとは……?」
「箕面に一人で住んでます。指輪やブレスレットなんかの細工を、うちの工場に依頼しに来てるんです。ちゃんと、代金も貰って客として取引してます」
祥平の言葉に、櫻子は小さく頷いた。
「赤ちゃんの事……残念でしたね」
櫻子の言葉に、祥平はボロボロと涙を零した。
「お願いします……犯人を――犯人を、絶対に見つけてください……! 絶対に許せない……璃子……」
「必ず、見つけます」
短くそう返して、櫻子は玄関へと向かった。篠原は吉川家の三人に頭を下げて、櫻子の後に続いた。
「美晴さんに、会いに行きましょう」
二人は吉川家を後にすると、電車に乗り箕面へと向かった。
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