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七海美桜

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文車妖妃(ふぐるまようひ)の涙

予感・上

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「営業部の岡崎おかざきさんというのは?」
 梶が部屋を出ると、櫻子は近くにいた社員に声をかけた。不審がる相手に警察だと名乗ると、すぐに岡崎を連れて来てくれた。

 岡崎は野暮ったい感じの、少し小太りの背の低い男だった。あまり女性受けしないタイプで、営業部だというのにぼそぼそと話す癖があるようだ。シャツも皴だらけで、清潔感がなかった。

「営業部の、岡崎博之ひろゆきです。三十四歳です」
 軽く頭を下げて、櫻子を何処かいやらしく眺めている。その光景に篠原は不快そうな表情になったが、櫻子は気にしない面持ちで彼を見返していた。それで余計に気になったのか、篠原は櫻子を庇うように岡崎の前に立つ。
「死亡した羽場さんに、貴方が出会い系サイトを紹介したって聞いたけど本当かしら?」

 篠原の背中越しに、櫻子が岡崎に尋ねる。
「はぁ、確かに僕が教えましたよ。事務の子が、羽場部長がいるなら仕事したくないって騒ぐから、営業部で相談したんです。会社の外の女の子に相手して貰ったら、仕事がはかどるんじゃないかって」
 岡崎は、アイロンがかかっていないズボンのポケットから、スマホを取り出した。
「『貴婦人俱楽部』ってサイトです。美人が多いんですけど、高いんですよねぇ……あ! 僕は使ってませんよ?」
 聞いてない事を慌てて否定する岡崎を無視して、篠原が自分のスマホで検索してみる。
「このサイトで間違ってませんか?」
 そのページは、『貴婦人倶楽部』とタイトルがある。だが、ログインする入り口が見当たらない。
「そうです、その黄色い薔薇の花をタップするとログイン画面が表示されます」
 深紅の薔薇の花束の画像が、そのページの背景になっている。そして、確かに深紅の薔薇の花束の中に、一本だけ黄色い薔薇が混じっていた。篠原がそれをタップすると、「ログイン」と「新規ログイン」と表示された画面に切り替わった。売春が関わるサイトなので、分かりにくいい仕組みにしているのだろう。

「羽場さんには、好みのタイプがあったの?」
「羽場さんは、女なら大抵守備範囲でしたよ。でも……清楚な女が乱れる姿が、最高に興奮するって言ってましたねぇ……黒髪のロングヘアの、大人しそうな感じですかねぇ。確か、総務部の梶君の死んだ彼女が、とても良かったって言ってました」
 監視カメラに映っていた女は、まさにそのタイプだ。櫻子は篠原に視線を送る。篠原は頷いて、スマホを直した。
「お時間取らせまして、申し訳ありませんでした。我々は失礼しますので、お仕事に戻ってください」
 篠原がそう促すと、岡崎はもう一度櫻子をじろじろと見てから戻ろうとした。

「岡崎さん」

 そんな彼を、櫻子が呼び止めた。何かを期待したのか、岡崎が笑みを浮かべて櫻子に向き直る。
「羽場さんは、女性だけでなく仕事も取ることも多いのかしら?」

 その言葉に、岡崎は唇を噛み締めた。怒り、という感情に似た表情だった。へらへらとしていたさっきの様子とは、全く違う人物に見えた。

「……ええ、自分に有利になる顧客を、平気で横取りする人でしたよ。あの人が死んでくれたので、営業部は今あの人の顧客の取り合いになってます」
「ちなみに、岡崎さんは五月十五日の金曜日午前十時から午後十三時まで何をされていました?」
 櫻子の詮索する言葉に、それまで怒りの表情だった彼は我に返ったように表情を戻して、またぼそぼそと返事した。
「羽場さんが死んだときですよね、多分もう出勤して珈琲飲んで書類片付けてたと思います。十四時に予約していた顧客の家に行くため、十三時五十分頃に会社を出て向かったと思います」
 手にしていたスマホを操作して、梶の時の様に出勤時間を二人に見せた。画面には、七時五十七分と表示されていた。
「有難うございました」
 そう言うと、櫻子は岡崎から視線を逸らした。名残惜しそうに、岡崎は営業部へと戻っていった。

「――もしもし、笹部君? 天満署に連絡するから、羽場さんのスマホにある『貴婦人倶楽部』っていうサイトの利用履歴を調べてくれない? それと、須藤ありささんの両親の現在の居場所を知りたいんだけど」
 櫻子はスマホを取り出すと、笹部に電話した。ワンコールで出たらしい彼に、櫻子は指示を出した。笹部が何か櫻子に話したのか、櫻子は「分かったわ」と電話を切った。そして続けて天満署に電話すると、署長に「笹部がそちらに向かう」と伝えてから、「くれぐれも協力的にお願いしますね」と念を押してその電話も切った。

「笹部君、何で出かけないといけないんだって怒ってたわ。羽場さんのスマホは、天満署にあるから仕方ないわよね」
 部屋から出る事を極端に嫌がる笹部だが、自分の上司に文句を言うほど嫌なのかと篠原は何も言えず曖昧に笑った。
「須藤さん夫婦は、今横浜にいるみたい。農家民宿を開いてるんですって」
 櫻子は何処か、安心した表情を見せた。それは、彼らが犯人である理由が低いからだろう。
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