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七海美桜

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文車妖妃(ふぐるまようひ)の涙

疑惑・中

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「二年前、2018年に起きた事件です。当時二十二歳の御手洗みたらい玲子れいこが、キタの自宅マンションの屋上から飛び降りました。遺書があり、自殺として処理されました。ただその時、落ちた先で通行人と衝突して須藤すどうありさという当時十六歳の高校生の少女が一緒に亡くなっています」
「まあ、それは……」
 不幸な事故、としか言いようがない。自殺をした御手洗玲子も、まさか自分のせいで誰かを死なせてしまうとは思わなかっただろう。

「遺書にはなんて?」
「実は、御手洗玲子が付き合っていたかじ直哉なおやの上司にレイプされ、妊娠してしまった事が原因だったそうです。お察しかと思いますが、その梶の上司が羽場です」

 櫻子は息を飲んだ。まさか、女癖が悪い羽場がそんな事までしていたとは思わなかったのだ。
「御手洗玲子はその事を梶に言えず、しかし妊娠したことによってその子供がもし羽場の子だったら……と、思い詰めて自殺したみたいですね。DNA検査はしてないのでどちらの子かは分かりませんが、検死の時に妊娠と胎児の死亡も確認されています。巻き添え事故で亡くなった須藤ありさの親が羽場に損害賠償の裁判を起こしましたが、村岡証券が示談金を渡して和解したと記録にあります」

「羽場に請求したの? それは、自殺の原因が彼だから? 村岡証券は、どうしてそこまで羽場を庇うの? 問題が多すぎる社員を抱えるのは、会社にとってもあまり有益じゃないと思うんだけど」
 櫻子が理解できないのは、そこだ。客の妻を寝取る上に社内でもセクハラ、果てはレイプ事件まで起こしているのだ。これ以上の何かを起こす可能性を考えないのだろうか。

「須藤ありさの親は、御手洗玲子に同情したとの事です。会社が羽場を庇うのは、彼の顧客に府議会議員がいるそうなんです。その議員は羽場を信用しているらしく大きな取引も任せているので、会社的に羽場を庇うしかないみたいなんです」
「そう、議員が関わってるなら仕方ないわね。羽場が大きな態度なのも、仕方ないわ……後ろ盾が大きすぎる」
 もう珈琲は冷えてしまっていた。櫻子は店員を呼び、珍しくコーラを頼んだ。篠原も大人しくそれに倣う。
「梶は、今どこに?」
「それが、今も村岡証券で働いているんです。御手洗玲子は母子家庭だったのですが、彼女の自殺後心労で倒れてしまって、精神病院に入院しています。今も梶は彼女の母親の面会に行き、入院費の一部も負担しているとの事です。村岡証券は梶に負い目を感じているのか、本店の総務課に配属しています」

「須藤ありさの両親と梶が、今の所有力な容疑者になるわね――他に、事件起こしてるかもしれないけど」
 櫻子は、梶に会おうと決めた。彼が犯人でないと、自分の中で早く思いたかった。
「実は、ネットで羽場の事を書いている掲示板があるんです。多分社員の多数が匿名で書き込んでいるらしくて、詳しく羽場の悪事が集められています。笹部さんがそれを見つけてこの事件を知ったんです」
 コーラが運ばれてくると、篠原は冷たくなった珈琲を飲み干した。そこでようやく、櫻子はハンバーガーに手を伸ばす。
「ごめんなさい、折角のランチが冷めちゃうところね。頂きましょ、その掲示板は、電車で見るわ。それから、村岡証券に行きましょう」
 篠原は頷いて、同じようにハンバーガーに手を伸ばした。

「アボカドチーズって、女性が好きな取り合わせですよね?」
 大きな口でハンバーガーを頬張って、篠原は美味しさに笑みを零した。櫻子も贅沢にアボカドを使ったハンバーガーに苦戦しながら、美味しさに同じように笑みながら食べる。
「あら、アボカド苦手な女の子もいると思うわ。私は大好きだけど」
「なら、良かったです。ここ美味しいって同期の女の子が言ってたんで、来てみたかったんです」
 胸を撫でおろす篠原に、櫻子はくすりと笑った。
「あら? 彼女かしら?」
「ち、違います! 彼女は居ません!!」
 篠原は赤くなって、慌てて櫻子に彼女は居ないと必死に説明した。それから楽しく美味しい食事を終えた二人は、電車に乗り梅田へと戻った。
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