44 / 188
文車妖妃(ふぐるまようひ)の涙
唯菜・上
しおりを挟む
「これからどこに向かいます?」
現場のラブホテルを出ると、篠原が櫻子に尋ねる。櫻子は少し悩んでから、左手首につけられた腕時計を覗き込んだ。海外ブランドの、細いフォルムの腕時計だった。春色の色彩は、櫻子によく似合っている。
「今は天満署が羽場さんの事を聞きこみに、淀屋橋の会社まで行ってるのよね。私たちは指輪の事も調べたいし、一度署に戻りましょ。笹部君に映像解析して貰いたいわ」
「分かりました」
ヒールの音を鳴らして真っすぐに駅へと向かう櫻子に続いて、篠原は後に続いた。
「ねえ、おじちゃんは!?」
梅田駅に着いて、曽根崎署に戻った時だ。曽根崎署の玄関ホールで、ランドセルを背負った少女と腕を掴まれ困った様子の笹部がいた。
「おじちゃん!」
篠原に気付いたその少女は笹部から手を離すと、僅かに笑みを浮かべて篠原に駆け寄ってきた。腕を引っ張られていた笹部は解放されて、ほっとしたように大袈裟なくらいに肩を竦めていた。
「唯菜!? どうしたんや?」
よほど驚いたのだろう。珍しく篠原の言葉が、大阪弁になった。その様子を、櫻子は珍しそうに眺める。唯菜は、両方の耳の上辺りで髪を結んでいた。黒く綺麗な髪と、大きな瞳。あまり篠原に似ていないので、亡くなった彼の兄嫁に似ているのだろうか。
「ちょうどよかった……この子、篠原君の子? 篠原君とボスを探してたらしくて、受付から連絡来たんです。僕に探しに行けって言うし……」
子供相手に、笹部はどう対応していいのか困っていたようだ。心底安心した様に、笹部は大きくため息を零した。その言葉に、慌てて篠原は彼に「すみませんでした」と、申し訳無さげに頭を下げた。
「どうしたんや? 唯菜。おじちゃんは今、仕事やって知ってるやろ?」
「……」
唯菜は頷いてしまったので、篠原は屈んでその顔を覗き込む。しかし、唯菜は口を開かなかった。
「篠原君」
櫻子が口を開く。篠原は慌てて立ち上がると櫻子に頭を下げた。
「すみません、自分の姪の唯菜です。今は学校の時間の筈なんですが……申し訳ありません!」
確かに、今はまだ十時過ぎだ。本来なら三時間目か休み時間くらいだろうか。
「……唯菜ちゃん?」
櫻子は、スカートを気にしながら唯菜の前に屈んだ。そして、小さく微笑む。
「篠原君に、何か大切な用事があったんでしょ? いいわよ、篠原君はその間お休みにするからちゃんとお話ししなさいね?」
「すみません、今からすぐに唯菜を学校に連れていきます!」
もう一度大きく頭を下げると、篠原は唯菜の手を握った。だが、唯菜はその手を払って櫻子の腕に抱き着いた。
「え?」
三人は、同時に驚いた顔で唯菜に視線を向けた。
「……唯菜、さくらこちゃんと学校に行く」
「何あほな事……いや、おじちゃんの先輩に「ちゃん」とか……! いや、そうやなくて、いつもわがまま言わへんやろ? ええから、おじちゃんと今から学校に行こ?」
篠原は色々な事に動揺しているのか、慌てながら唯菜に向き直る。しかし唯菜は首を振り、櫻子の腕を抱きしめる。そんな唯菜の頭を、櫻子は優しく撫でた。
「いいわ、私が連れて行くわ。篠原君と笹部君が、あの映像確認しておいて」
「いやいや、一条課長にそんなことお願いできません!」
困った顔で、篠原は首を振る。しかし櫻子は唯菜の手を握ると、立ち上がった。
「唯菜ちゃんにも事情があるんでしょ。いいから、仕事しなさい」
櫻子の言葉に続いて、笹部は篠原の袖を引っ張った。
「ボスに任せようよ。さ、僕らはお仕事。ボス、気を付けて」
笹部は階段に向かう。その背と櫻子を見比べて、篠原は深々と櫻子に頭を下げた。
「一条課長、よろしくお願いします。唯奈、わがまま言うんじゃないぞ?」
「大丈夫よ、じゃあね」
櫻子は唯菜と手を繋ぎ、再び駅へと向かった。それを見届けてから、篠原は笹部の待つ『特別犯罪心理課』へ向かう。
「この画像の女性の指輪の拡大画像が欲しい、との事です」
さっき井村にダビングして貰ったDVDを取り出して、笹部に手渡す。
「了解」
笹部は篠原からそれを受け取ると、パソコンにDVDを読み込ませる。
「何か飲み物入れましょうか?」
鞄を椅子に置くと、篠原は笹部に尋ねた。すると彼は、自分の机の引き出しから紅茶のパックが入った缶を取り出し渡す。
「じゃあ、これ。篠原君も飲んでいいよ」
意外そうに缶に視線を落としてから、篠原は缶の蓋を開けて紅茶のパックを取り出した。
現場のラブホテルを出ると、篠原が櫻子に尋ねる。櫻子は少し悩んでから、左手首につけられた腕時計を覗き込んだ。海外ブランドの、細いフォルムの腕時計だった。春色の色彩は、櫻子によく似合っている。
「今は天満署が羽場さんの事を聞きこみに、淀屋橋の会社まで行ってるのよね。私たちは指輪の事も調べたいし、一度署に戻りましょ。笹部君に映像解析して貰いたいわ」
「分かりました」
ヒールの音を鳴らして真っすぐに駅へと向かう櫻子に続いて、篠原は後に続いた。
「ねえ、おじちゃんは!?」
梅田駅に着いて、曽根崎署に戻った時だ。曽根崎署の玄関ホールで、ランドセルを背負った少女と腕を掴まれ困った様子の笹部がいた。
「おじちゃん!」
篠原に気付いたその少女は笹部から手を離すと、僅かに笑みを浮かべて篠原に駆け寄ってきた。腕を引っ張られていた笹部は解放されて、ほっとしたように大袈裟なくらいに肩を竦めていた。
「唯菜!? どうしたんや?」
よほど驚いたのだろう。珍しく篠原の言葉が、大阪弁になった。その様子を、櫻子は珍しそうに眺める。唯菜は、両方の耳の上辺りで髪を結んでいた。黒く綺麗な髪と、大きな瞳。あまり篠原に似ていないので、亡くなった彼の兄嫁に似ているのだろうか。
「ちょうどよかった……この子、篠原君の子? 篠原君とボスを探してたらしくて、受付から連絡来たんです。僕に探しに行けって言うし……」
子供相手に、笹部はどう対応していいのか困っていたようだ。心底安心した様に、笹部は大きくため息を零した。その言葉に、慌てて篠原は彼に「すみませんでした」と、申し訳無さげに頭を下げた。
「どうしたんや? 唯菜。おじちゃんは今、仕事やって知ってるやろ?」
「……」
唯菜は頷いてしまったので、篠原は屈んでその顔を覗き込む。しかし、唯菜は口を開かなかった。
「篠原君」
櫻子が口を開く。篠原は慌てて立ち上がると櫻子に頭を下げた。
「すみません、自分の姪の唯菜です。今は学校の時間の筈なんですが……申し訳ありません!」
確かに、今はまだ十時過ぎだ。本来なら三時間目か休み時間くらいだろうか。
「……唯菜ちゃん?」
櫻子は、スカートを気にしながら唯菜の前に屈んだ。そして、小さく微笑む。
「篠原君に、何か大切な用事があったんでしょ? いいわよ、篠原君はその間お休みにするからちゃんとお話ししなさいね?」
「すみません、今からすぐに唯菜を学校に連れていきます!」
もう一度大きく頭を下げると、篠原は唯菜の手を握った。だが、唯菜はその手を払って櫻子の腕に抱き着いた。
「え?」
三人は、同時に驚いた顔で唯菜に視線を向けた。
「……唯菜、さくらこちゃんと学校に行く」
「何あほな事……いや、おじちゃんの先輩に「ちゃん」とか……! いや、そうやなくて、いつもわがまま言わへんやろ? ええから、おじちゃんと今から学校に行こ?」
篠原は色々な事に動揺しているのか、慌てながら唯菜に向き直る。しかし唯菜は首を振り、櫻子の腕を抱きしめる。そんな唯菜の頭を、櫻子は優しく撫でた。
「いいわ、私が連れて行くわ。篠原君と笹部君が、あの映像確認しておいて」
「いやいや、一条課長にそんなことお願いできません!」
困った顔で、篠原は首を振る。しかし櫻子は唯菜の手を握ると、立ち上がった。
「唯菜ちゃんにも事情があるんでしょ。いいから、仕事しなさい」
櫻子の言葉に続いて、笹部は篠原の袖を引っ張った。
「ボスに任せようよ。さ、僕らはお仕事。ボス、気を付けて」
笹部は階段に向かう。その背と櫻子を見比べて、篠原は深々と櫻子に頭を下げた。
「一条課長、よろしくお願いします。唯奈、わがまま言うんじゃないぞ?」
「大丈夫よ、じゃあね」
櫻子は唯菜と手を繋ぎ、再び駅へと向かった。それを見届けてから、篠原は笹部の待つ『特別犯罪心理課』へ向かう。
「この画像の女性の指輪の拡大画像が欲しい、との事です」
さっき井村にダビングして貰ったDVDを取り出して、笹部に手渡す。
「了解」
笹部は篠原からそれを受け取ると、パソコンにDVDを読み込ませる。
「何か飲み物入れましょうか?」
鞄を椅子に置くと、篠原は笹部に尋ねた。すると彼は、自分の机の引き出しから紅茶のパックが入った缶を取り出し渡す。
「じゃあ、これ。篠原君も飲んでいいよ」
意外そうに缶に視線を落としてから、篠原は缶の蓋を開けて紅茶のパックを取り出した。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
強制憑依アプリを使ってみた。
本田 壱好
ミステリー
十八年間モテた試しが無かった俺こと童定春はある日、幼馴染の藍良舞に告白される。
校内一の人気を誇る藍良が俺に告白⁈
これは何かのドッキリか?突然のことに俺は返事が出来なかった。
不幸は続くと言うが、その日は不幸の始まりとなるキッカケが多くあったのだと今となっては思う。
その日の夜、小学生の頃の友人、鴨居常叶から当然連絡が掛かってきたのも、そのキッカケの一つだ。
話の内容は、強制憑依アプリという怪しげなアプリの話であり、それをインストールして欲しいと言われる。
頼まれたら断れない性格の俺は、送られてきたサイトに飛んで、その強制憑依アプリをインストールした。
まさかそれが、運命を大きく変える出来事に発展するなんて‥。当時の俺は、まだ知る由もなかった。
リモート刑事 笹本翔
雨垂 一滴
ミステリー
『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。
主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。
それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。
物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。
翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?
翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

カフェ・シュガーパインの事件簿
山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。
個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。
だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。
夜の動物園の異変 ~見えない来園者~
メイナ
ミステリー
夜の動物園で起こる不可解な事件。
飼育員・えまは「動物の声を聞く力」を持っていた。
ある夜、動物たちが一斉に怯え、こう囁いた——
「そこに、"何か"がいる……。」
科学者・水原透子と共に、"見えざる来園者"の正体を探る。
これは幽霊なのか、それとも——?
支配するなにか
結城時朗
ミステリー
ある日突然、乖離性同一性障害を併発した女性・麻衣
麻衣の性格の他に、凶悪な男がいた(カイ)と名乗る別人格。
アイドルグループに所属している麻衣は、仕事を休み始める。
不思議に思ったマネージャーの村尾宏太は気になり
麻衣の家に尋ねるが・・・
麻衣:とあるアイドルグループの代表とも言える人物。
突然、別の人格が支配しようとしてくる。
病名「解離性同一性障害」 わかっている性格は、
凶悪な男のみ。
西野:元国民的アイドルグループのメンバー。
麻衣とは、プライベートでも親しい仲。
麻衣の別人格をたまたま目撃する
村尾宏太:麻衣のマネージャー
麻衣の別人格である、凶悪な男:カイに
殺されてしまう。
治療に行こうと麻衣を病院へ送る最中だった
西田〇〇:村尾宏太殺害事件の捜査に当たる捜一の刑事。
犯人は、麻衣という所まで突き止めるが
確定的なものに出会わなく、頭を抱えて
いる。
カイ :麻衣の中にいる別人格の人
性別は男。一連の事件も全てカイによる犯行。
堀:麻衣の所属するアイドルグループの人気メンバー。
麻衣の様子に怪しさを感じ、事件へと首を突っ込んでいく・・・
※刑事の西田〇〇は、読者のあなたが演じている気分で読んで頂ければ幸いです。
どうしても浮かばなければ、下記を参照してください。
物語の登場人物のイメージ的なのは
麻衣=白石麻衣さん
西野=西野七瀬さん
村尾宏太=石黒英雄さん
西田〇〇=安田顕さん
管理官=緋田康人さん(半沢直樹で机バンバン叩く人)
名前の後ろに来るアルファベットの意味は以下の通りです。
M=モノローグ (心の声など)
N=ナレーション
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる