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今宵彼女の夢を見る
事件・下
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休憩場所を兼ねているスペースに案内された二人が腰を下ろすと、森口がお茶を入れてくれた。そして、その正面に安井と並んで座る。
「曽根崎警察署ですよね。キタ管轄の事件じゃないのに、なんでミナミの事件を?」
安井の問いはもっともだ。警察は、縄張り意識が未だに高い。亀井まどかの事件が気にならなかったのは、篠原にもそれが染みついていたからかもしれない。配属されてから、キタの事件はニュースや新聞で自然と目にしていた。
知っている間柄でも、違う管轄が乗り込んでくるのをあまり良くは思わない。
「申し遅れました、私は警視としてこちらに赴任してきた折、刑事局長から大阪と兵庫で起きた事件全てに関与できる権限を与えていただいています。よろしければ、南署の署長辺りにでも確認していただいて結構です」
櫻子の言葉に安井たちは驚いた表情を見せた。長い警察官人生で、安井はそんな権限を聞いた事がない。篠原も初めて知った事実に、瞳を丸くする。初日に署長たちが驚いていたのは、この事だったのか。安井の目配せで、森口が慌てて電話へ向かう。
「失礼ですが――その若いお年で警視ですか。しかも、刑事局長と仲がよろしいとは」
「京大を出てすぐに警察庁に入り、有難い事に順調に役職を頂いています。刑事局長には、よくして頂いています」
櫻子はお茶を手にして一口飲むと、眉を寄せて小さく呟いた。
「十五点」
「あ、あの! 亀井さんの事件は捜査本部が南署にたてられたんですよね?」
櫻子の採点の意味を知られないように、慌てて篠原が口を挟んだ。安井は篠原に視線を向けて、黙ったまま頷いた。そこへ森口が戻ってきて「間違いありません」と安井に話しかけた。
「あの子は、今どきの子やったけど悪い子やない。あんな殺され方されるなんて、ホンマに可哀想や」
安井は湯飲みを手に、ため息をついた。
「彼女には恋人はいたんですか?」
櫻子の問いに、安井は首を振る。
「私が知る限り、居なかったと思います。あの子、金貯めてカフェを開くんが夢やったらしいから、ガールズバーで無茶な客引きしてまで、一生懸命働いてたんですわ」
「え? そうだったんですか? ヤスさん、そんな事よく知ってますね」
安井や篠原が指導していた若い子は、たくさんいた。亀井まどかは、たまたま覚えていただけと言っていいくらいの存在だったので、篠原が意外そうに安井にそう返した。
安井はあいまいに笑うと、ゆっくりお茶を一口飲んだ。
「あの子は、ずっとここで育ったからな。学生の頃やんちゃして、何度も補導した時によく話ししたんや。無茶な客引きも指名料貰うためやったと思う」
まどかを思い出すように宙を見ていた安井が、眉を寄せた。
「そう言えば、昨日店の黒服が一人飛んだって聞いたな」
「飛んだ?」
抽象的な言葉に、櫻子がその言葉を繰り返した。
「亀井が死んでから、二、三日経った頃から黒服の一人が店に来んようになったって、『セシリア』の他の女の子が言ってたような気がします。この業界では、従業員が突然消えることは珍しくはないんですけどね」
「なんという人ですか?」
櫻子の言葉に、安井は何とも困った顔になる。
「水商売の多くは、キタの高級な店と違って履歴書のいらん仕事ですわ。二週間前くらいに来てすぐに姿消した黒服らしくて、『コウキ』と呼ばれていたぐらいで」
櫻子は、瞳を閉じて何かを考えているようだ。
「あのマンションの一部は、『セシリア』で働く女の子の寮になってます。両隣も燃えたらしいですが、幸い出かけてて住んでた子は無事やったらしいです」
森口が南署から仕入れたらしい情報を教えてくれた。
「亀井さんは、何かのトラブルに遭っていたとか、そんな話はないんですか?」
「聞いてないなぁ……まあ、こればっかりは店の女の子に聞くしか分からんやろうけど。警察に相談、とかなんて事件には遭ってないみたいやったわ。死ぬ前日も、普通に店に来てたしな」
櫻子は瞳を開けると、篠原に視線を向けた。
「店の女の子達に話聞くのがよさそうね」
「南署には行かないんですか?」
「行くわよ、店が開くまでまだまだ時間あるし」
櫻子は唇の端を上げて笑いお茶を喉に流したが、再び眉根を寄せた。もう一度点数を口にしないように、篠原は「ごちそうさまでした!」と声を大きく礼を言った。
「曽根崎警察署ですよね。キタ管轄の事件じゃないのに、なんでミナミの事件を?」
安井の問いはもっともだ。警察は、縄張り意識が未だに高い。亀井まどかの事件が気にならなかったのは、篠原にもそれが染みついていたからかもしれない。配属されてから、キタの事件はニュースや新聞で自然と目にしていた。
知っている間柄でも、違う管轄が乗り込んでくるのをあまり良くは思わない。
「申し遅れました、私は警視としてこちらに赴任してきた折、刑事局長から大阪と兵庫で起きた事件全てに関与できる権限を与えていただいています。よろしければ、南署の署長辺りにでも確認していただいて結構です」
櫻子の言葉に安井たちは驚いた表情を見せた。長い警察官人生で、安井はそんな権限を聞いた事がない。篠原も初めて知った事実に、瞳を丸くする。初日に署長たちが驚いていたのは、この事だったのか。安井の目配せで、森口が慌てて電話へ向かう。
「失礼ですが――その若いお年で警視ですか。しかも、刑事局長と仲がよろしいとは」
「京大を出てすぐに警察庁に入り、有難い事に順調に役職を頂いています。刑事局長には、よくして頂いています」
櫻子はお茶を手にして一口飲むと、眉を寄せて小さく呟いた。
「十五点」
「あ、あの! 亀井さんの事件は捜査本部が南署にたてられたんですよね?」
櫻子の採点の意味を知られないように、慌てて篠原が口を挟んだ。安井は篠原に視線を向けて、黙ったまま頷いた。そこへ森口が戻ってきて「間違いありません」と安井に話しかけた。
「あの子は、今どきの子やったけど悪い子やない。あんな殺され方されるなんて、ホンマに可哀想や」
安井は湯飲みを手に、ため息をついた。
「彼女には恋人はいたんですか?」
櫻子の問いに、安井は首を振る。
「私が知る限り、居なかったと思います。あの子、金貯めてカフェを開くんが夢やったらしいから、ガールズバーで無茶な客引きしてまで、一生懸命働いてたんですわ」
「え? そうだったんですか? ヤスさん、そんな事よく知ってますね」
安井や篠原が指導していた若い子は、たくさんいた。亀井まどかは、たまたま覚えていただけと言っていいくらいの存在だったので、篠原が意外そうに安井にそう返した。
安井はあいまいに笑うと、ゆっくりお茶を一口飲んだ。
「あの子は、ずっとここで育ったからな。学生の頃やんちゃして、何度も補導した時によく話ししたんや。無茶な客引きも指名料貰うためやったと思う」
まどかを思い出すように宙を見ていた安井が、眉を寄せた。
「そう言えば、昨日店の黒服が一人飛んだって聞いたな」
「飛んだ?」
抽象的な言葉に、櫻子がその言葉を繰り返した。
「亀井が死んでから、二、三日経った頃から黒服の一人が店に来んようになったって、『セシリア』の他の女の子が言ってたような気がします。この業界では、従業員が突然消えることは珍しくはないんですけどね」
「なんという人ですか?」
櫻子の言葉に、安井は何とも困った顔になる。
「水商売の多くは、キタの高級な店と違って履歴書のいらん仕事ですわ。二週間前くらいに来てすぐに姿消した黒服らしくて、『コウキ』と呼ばれていたぐらいで」
櫻子は、瞳を閉じて何かを考えているようだ。
「あのマンションの一部は、『セシリア』で働く女の子の寮になってます。両隣も燃えたらしいですが、幸い出かけてて住んでた子は無事やったらしいです」
森口が南署から仕入れたらしい情報を教えてくれた。
「亀井さんは、何かのトラブルに遭っていたとか、そんな話はないんですか?」
「聞いてないなぁ……まあ、こればっかりは店の女の子に聞くしか分からんやろうけど。警察に相談、とかなんて事件には遭ってないみたいやったわ。死ぬ前日も、普通に店に来てたしな」
櫻子は瞳を開けると、篠原に視線を向けた。
「店の女の子達に話聞くのがよさそうね」
「南署には行かないんですか?」
「行くわよ、店が開くまでまだまだ時間あるし」
櫻子は唇の端を上げて笑いお茶を喉に流したが、再び眉根を寄せた。もう一度点数を口にしないように、篠原は「ごちそうさまでした!」と声を大きく礼を言った。
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