10 / 188
今宵彼女の夢を見る
事件・下
しおりを挟む
休憩場所を兼ねているスペースに案内された二人が腰を下ろすと、森口がお茶を入れてくれた。そして、その正面に安井と並んで座る。
「曽根崎警察署ですよね。キタ管轄の事件じゃないのに、なんでミナミの事件を?」
安井の問いはもっともだ。警察は、縄張り意識が未だに高い。亀井まどかの事件が気にならなかったのは、篠原にもそれが染みついていたからかもしれない。配属されてから、キタの事件はニュースや新聞で自然と目にしていた。
知っている間柄でも、違う管轄が乗り込んでくるのをあまり良くは思わない。
「申し遅れました、私は警視としてこちらに赴任してきた折、刑事局長から大阪と兵庫で起きた事件全てに関与できる権限を与えていただいています。よろしければ、南署の署長辺りにでも確認していただいて結構です」
櫻子の言葉に安井たちは驚いた表情を見せた。長い警察官人生で、安井はそんな権限を聞いた事がない。篠原も初めて知った事実に、瞳を丸くする。初日に署長たちが驚いていたのは、この事だったのか。安井の目配せで、森口が慌てて電話へ向かう。
「失礼ですが――その若いお年で警視ですか。しかも、刑事局長と仲がよろしいとは」
「京大を出てすぐに警察庁に入り、有難い事に順調に役職を頂いています。刑事局長には、よくして頂いています」
櫻子はお茶を手にして一口飲むと、眉を寄せて小さく呟いた。
「十五点」
「あ、あの! 亀井さんの事件は捜査本部が南署にたてられたんですよね?」
櫻子の採点の意味を知られないように、慌てて篠原が口を挟んだ。安井は篠原に視線を向けて、黙ったまま頷いた。そこへ森口が戻ってきて「間違いありません」と安井に話しかけた。
「あの子は、今どきの子やったけど悪い子やない。あんな殺され方されるなんて、ホンマに可哀想や」
安井は湯飲みを手に、ため息をついた。
「彼女には恋人はいたんですか?」
櫻子の問いに、安井は首を振る。
「私が知る限り、居なかったと思います。あの子、金貯めてカフェを開くんが夢やったらしいから、ガールズバーで無茶な客引きしてまで、一生懸命働いてたんですわ」
「え? そうだったんですか? ヤスさん、そんな事よく知ってますね」
安井や篠原が指導していた若い子は、たくさんいた。亀井まどかは、たまたま覚えていただけと言っていいくらいの存在だったので、篠原が意外そうに安井にそう返した。
安井はあいまいに笑うと、ゆっくりお茶を一口飲んだ。
「あの子は、ずっとここで育ったからな。学生の頃やんちゃして、何度も補導した時によく話ししたんや。無茶な客引きも指名料貰うためやったと思う」
まどかを思い出すように宙を見ていた安井が、眉を寄せた。
「そう言えば、昨日店の黒服が一人飛んだって聞いたな」
「飛んだ?」
抽象的な言葉に、櫻子がその言葉を繰り返した。
「亀井が死んでから、二、三日経った頃から黒服の一人が店に来んようになったって、『セシリア』の他の女の子が言ってたような気がします。この業界では、従業員が突然消えることは珍しくはないんですけどね」
「なんという人ですか?」
櫻子の言葉に、安井は何とも困った顔になる。
「水商売の多くは、キタの高級な店と違って履歴書のいらん仕事ですわ。二週間前くらいに来てすぐに姿消した黒服らしくて、『コウキ』と呼ばれていたぐらいで」
櫻子は、瞳を閉じて何かを考えているようだ。
「あのマンションの一部は、『セシリア』で働く女の子の寮になってます。両隣も燃えたらしいですが、幸い出かけてて住んでた子は無事やったらしいです」
森口が南署から仕入れたらしい情報を教えてくれた。
「亀井さんは、何かのトラブルに遭っていたとか、そんな話はないんですか?」
「聞いてないなぁ……まあ、こればっかりは店の女の子に聞くしか分からんやろうけど。警察に相談、とかなんて事件には遭ってないみたいやったわ。死ぬ前日も、普通に店に来てたしな」
櫻子は瞳を開けると、篠原に視線を向けた。
「店の女の子達に話聞くのがよさそうね」
「南署には行かないんですか?」
「行くわよ、店が開くまでまだまだ時間あるし」
櫻子は唇の端を上げて笑いお茶を喉に流したが、再び眉根を寄せた。もう一度点数を口にしないように、篠原は「ごちそうさまでした!」と声を大きく礼を言った。
「曽根崎警察署ですよね。キタ管轄の事件じゃないのに、なんでミナミの事件を?」
安井の問いはもっともだ。警察は、縄張り意識が未だに高い。亀井まどかの事件が気にならなかったのは、篠原にもそれが染みついていたからかもしれない。配属されてから、キタの事件はニュースや新聞で自然と目にしていた。
知っている間柄でも、違う管轄が乗り込んでくるのをあまり良くは思わない。
「申し遅れました、私は警視としてこちらに赴任してきた折、刑事局長から大阪と兵庫で起きた事件全てに関与できる権限を与えていただいています。よろしければ、南署の署長辺りにでも確認していただいて結構です」
櫻子の言葉に安井たちは驚いた表情を見せた。長い警察官人生で、安井はそんな権限を聞いた事がない。篠原も初めて知った事実に、瞳を丸くする。初日に署長たちが驚いていたのは、この事だったのか。安井の目配せで、森口が慌てて電話へ向かう。
「失礼ですが――その若いお年で警視ですか。しかも、刑事局長と仲がよろしいとは」
「京大を出てすぐに警察庁に入り、有難い事に順調に役職を頂いています。刑事局長には、よくして頂いています」
櫻子はお茶を手にして一口飲むと、眉を寄せて小さく呟いた。
「十五点」
「あ、あの! 亀井さんの事件は捜査本部が南署にたてられたんですよね?」
櫻子の採点の意味を知られないように、慌てて篠原が口を挟んだ。安井は篠原に視線を向けて、黙ったまま頷いた。そこへ森口が戻ってきて「間違いありません」と安井に話しかけた。
「あの子は、今どきの子やったけど悪い子やない。あんな殺され方されるなんて、ホンマに可哀想や」
安井は湯飲みを手に、ため息をついた。
「彼女には恋人はいたんですか?」
櫻子の問いに、安井は首を振る。
「私が知る限り、居なかったと思います。あの子、金貯めてカフェを開くんが夢やったらしいから、ガールズバーで無茶な客引きしてまで、一生懸命働いてたんですわ」
「え? そうだったんですか? ヤスさん、そんな事よく知ってますね」
安井や篠原が指導していた若い子は、たくさんいた。亀井まどかは、たまたま覚えていただけと言っていいくらいの存在だったので、篠原が意外そうに安井にそう返した。
安井はあいまいに笑うと、ゆっくりお茶を一口飲んだ。
「あの子は、ずっとここで育ったからな。学生の頃やんちゃして、何度も補導した時によく話ししたんや。無茶な客引きも指名料貰うためやったと思う」
まどかを思い出すように宙を見ていた安井が、眉を寄せた。
「そう言えば、昨日店の黒服が一人飛んだって聞いたな」
「飛んだ?」
抽象的な言葉に、櫻子がその言葉を繰り返した。
「亀井が死んでから、二、三日経った頃から黒服の一人が店に来んようになったって、『セシリア』の他の女の子が言ってたような気がします。この業界では、従業員が突然消えることは珍しくはないんですけどね」
「なんという人ですか?」
櫻子の言葉に、安井は何とも困った顔になる。
「水商売の多くは、キタの高級な店と違って履歴書のいらん仕事ですわ。二週間前くらいに来てすぐに姿消した黒服らしくて、『コウキ』と呼ばれていたぐらいで」
櫻子は、瞳を閉じて何かを考えているようだ。
「あのマンションの一部は、『セシリア』で働く女の子の寮になってます。両隣も燃えたらしいですが、幸い出かけてて住んでた子は無事やったらしいです」
森口が南署から仕入れたらしい情報を教えてくれた。
「亀井さんは、何かのトラブルに遭っていたとか、そんな話はないんですか?」
「聞いてないなぁ……まあ、こればっかりは店の女の子に聞くしか分からんやろうけど。警察に相談、とかなんて事件には遭ってないみたいやったわ。死ぬ前日も、普通に店に来てたしな」
櫻子は瞳を開けると、篠原に視線を向けた。
「店の女の子達に話聞くのがよさそうね」
「南署には行かないんですか?」
「行くわよ、店が開くまでまだまだ時間あるし」
櫻子は唇の端を上げて笑いお茶を喉に流したが、再び眉根を寄せた。もう一度点数を口にしないように、篠原は「ごちそうさまでした!」と声を大きく礼を言った。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
蠍の舌─アル・ギーラ─
希彗まゆ
ミステリー
……三十九。三十八、三十七
結珂の通う高校で、人が殺された。
もしかしたら、自分の大事な友だちが関わっているかもしれない。
調べていくうちに、やがて結珂は哀しい真実を知ることになる──。
双子の因縁の物語。
きっと、勇者のいた会社
西野 うみれ
ミステリー
伝説のエクスカリバーを抜いたサラリーマン、津田沼。彼の正体とは??
冴えないサラリーマン津田沼とイマドキの部下吉岡。喫茶店で昼メシを食べていた時、お客様から納品クレームが発生。謝罪に行くその前に、引っこ抜いた1本の爪楊枝。それは伝説の聖剣エクスカリバーだった。運命が変わる津田沼。津田沼のことをバカにしていた吉岡も次第に態度が変わり…。現代ファンタジーを起点に、あくまでもリアルなオチでまとめた読後感スッキリのエンタメ短編です。転生モノではありません!
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
どんでん返し
あいうら
ミステリー
「1話完結」~最後の1行で衝撃が走る短編集~
ようやく子どもに恵まれた主人公は、家族でキャンプに来ていた。そこで偶然遭遇したのは、彼が閑職に追いやったかつての部下だった。なぜかファミリー用のテントに1人で宿泊する部下に違和感を覚えるが…
(「薪」より)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる