アナグラム

七海美桜

文字の大きさ
上 下
8 / 188
今宵彼女の夢を見る

事件・上

しおりを挟む
 天ぷらと海鮮の店のランチの中から海鮮定食を選び食べ終えると、三人は真っすぐに曽根崎警察署に戻ってくる。気前よく櫻子が二人の分も奢ってくれた。篠原が貰ったばかりの鍵を使い部屋を開けて中に入ると、櫻子は自分の席にゆったりと座った。

「じゃあ、笹部君。お願い」
 笹部と篠原が席に着くと、笹部は二人にパソコンを開けるように指示する。自分もパソコンの電源を入れて、表示される画面に目を走らせながら彼は話し始める。
「先ず、二週間前――僕たちがここに集まる前ですね。北エリアの新地しんち? にあるキャバクラ『レジェンド』で、接客嬢の篠木彩しのぎあや二十四歳がアナフィラキシーショックで亡くなりました。これは偶然かもしれませんが、店の黒服が心肺蘇生して一時は蘇生しました。ですが数時間後急変して、搬送された病院で亡くなってしまったそうです。死亡経過が似ているので、一応カウントしました」
 大阪の土地勘がないようで、笹部は新地という土地の名を呟きながらも僅かに首を傾げた。笹部が話し出すと、パソコンの画面に店の外観の写真と死亡した女性の写真が映し出された。どうやら彼のパソコン経由で、櫻子と篠原のパソコン画面に表示させているようだ。

「東京でいう銀座エリアみたいなところよ。アレルギーね、何のアレルギーだったの?」
蕎麦そばだったらしく、客が近くの蕎麦屋店に出前して貰ったうどんを食べたようです。蕎麦と一緒の鍋でうどんも加熱していたらしいですね。泥酔してしまって、本人のアレルギーに対する危機管理が散漫さんまんになっていたようです」
「店側もそれ把握しておかないといけないんじゃないの? ショック死するほどなんて、重度なんでしょ? 怖いわね」
 櫻子は眉を寄せてぼやくと、「私には、アレルギーはないから」と軽く手を振った。
「そして、一週間前」
 続いて、パソコンにはどこかのマンションと女性の写真、クラブらしい外観の写真が映し出される。
「ミナミの道頓堀のガールズバー『セシリア』の店員、亀井まどか二十一歳が自宅マンションで天ぷら火災により焼死体として発見されました」
「火災?」
 火災では、二度以上死んでいない。櫻子が怪訝そうな表情を浮かべた。
「ろくに家事をしない彼女が天ぷらなんてするはずない、と両親と同僚たちから申し立てがあった様です。確かに鍋は真新しいものだったようだし、天ぷらをする食材の準備そのものの用意がされていなかった。『ただ鍋に油を注いで、火をかけたまま放置した』状態だったと見るのが正解みたいですね」
「あれ、この子……」
 篠原が写真をじっと見ていて、驚いたような顔になる。
「知り合いかしら?」
「いえ、自分が以前いた道頓堀駐在所で、よく声かけてた子です……客引きの注意をしていたんですが」
 篠原が記憶するまどかは今風の子で明るく快活だったが、「部屋、汚部屋おべやでヤバい。彼氏作っても呼べないよ」と言っていた。確かに、女性らしさはあったが家庭的な感じはなかった。
 強引な客引きをする彼女が、追いかける自分のような警官から楽し気に逃げる姿を思い出す……親しかった訳ではないが、そのような死に方をしていたのを知ると何故か悲しくなる。

「体の表面は七十六パーセント焼けていたので外見所見は分かりません。ですが検死解剖の結果、舌骨や甲状軟骨が骨折していました。また、肋骨も火災とは関係なく左の肋骨を骨折していたようです。肺や喉から、火災の煙を吸った跡もありません。検死後ミナミで、殺人放火事件として捜査本部が作られているようです」
 遺体の状況から考えると、今回と同じ心肺蘇生された上殺された可能性がある。
「そう……最初の事件は何とも言えないけれど、この二件は調べてみる価値ありそうね」
 櫻子は腕を組んで、篠原に視線を向けた。
「明日、ミナミに行きましょうか。篠原君、案内よろしくね」
「え? 一条課長が現場に行かれるんですか?――その、笹部さんは……?」
 篠原は驚いて、パソコン画面に向かったままの笹部に視線を移した。
「僕、現場苦手なんです。ここで報告お待ちしますね」
「篠原君の相棒は、私よ。頑張りましょうね」
 櫻子の笑顔に、篠原はゴクリと喉を鳴らして頷いた――警視と相棒になるとは、ここに来るまで想像もしなかった状況だ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~

紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。 行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。 ※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。 二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。 彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。 信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。 歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。 幻想、幻影、エンケージ。 魂魄、領域、人類の進化。 802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。 さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。 私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。

処理中です...