上 下
24 / 24
ギルベルト編

愛しています

しおりを挟む
「ギルベルト様」
 ようやく、ヴェンデルガルトがギルベルトに優しく声をかけた。ハンカチを手にするギルベルトの手を握って、椅子から立ち上がる。それに促されるように、ギルベルトも立ち上がる。
 ギルベルトの視線の先には、小さくて華奢な少女がいる。まだあどけなさも少し残る、可愛らしい人だ。しかしそんな少女は、戦争に巻き込まれても臆することなくたくさんの騎士たちを己の治癒魔法で治し、バルシュミーデ皇国を滅ぼそうとした貴族たちの裏切りを見抜き救ってくれた。この小さな少女に、どれほどの勇気と知恵があったのか。

 龍の魔法により、二百年という時間眠らされていて、目が覚めればメイド一人しか知らぬ地でたった一人。普通の少女なら耐えられぬ状況を、ヴェンデルガルトは笑顔でこの国に馴染んだ。国民に愛され――たくさんの騎士や王子、龍に愛された尊い女性。

 ギルベルトが、唯一――生涯をかけて愛し守りたいと思った女性だ。親友と呼べるジークハルトやランドルフ、他の薔薇騎士団団長、そして彼女を眠らせた龍にも渡したくないほど愛している。再び光を取り戻した瞳で、ずっとその姿を見ていたいただ一人の存在だ。

「私……公園でギルベルト様がゾフィーア様とキスをしている姿を見て、本当に悲しくて悲しくて……胸が苦しかったです」
 ヴェンデルガルトが少し震えた声でそう言うと、ギルベルトは僅かに息を飲んだ。
「ヴェンデル、それは……妬いてくれた、という事でしょうか? 私が誰かとキスをするのが嫌だと、そう思ってくださったのですか?」
 ギルベルトが、普段の彼らしからぬ上ずった声でそう尋ねた。ヴェンデルガルトがギルベルトに好意を抱いていなければ、そんな事は思わないはずだ。思いがけないヴェンデルガルトの告白に、期待を込めた言葉を口にしてギルベルトはじっと彼女を見つめた。ヴェンデルガルトは自分の言葉の意味に気がついて、瞬時に頬を赤くした。そうして、恥ずかしくて慌てて小さな手で自分の顔を隠そうとする。
「隠さないでください――ヴェンデル、愛しい人……」
 ギルベルトは、顔を隠そうとするヴェンデルガルトの手を、そっと握る。赤くなった顔を隠せなくなったヴェンデルガルトは、せめても、と、そっと瞳を伏せた。
「愛しています、ヴェンデル……信じて下さい。私は、貴女しか愛せません。貴女は、どうなのでしょう? 少しでも、このギルベルトを想って下さってくれていると……自惚れても、良いのでしょうか……?」
「……い……」
 瞳を閉じたまま、赤い顔のヴェンデルガルトが微かに口を開けた。
「はい……ギルベルト様が、他の誰かとキスをするのは辛いです……」
 ようやく、小さな声だがヴェンデルガルトがそう自分の想いを口にした。ギルベルトは、いつも優しく自分の傍に寄り添ってくれて、執務の合間の許された時間の中ずっと自分を守ってくれていた。穏やかな静かな愛情で、ギルベルトはヴェンデルガルトを愛してくれていた。
 それを改めて知ったヴェンデルガルトは、ギルベルトが自分ではなく他の女性を同じような想いで愛するかもしれない未来が、怖くなった。ゆっくり瞼を開くと、もう見慣れたギルベルトの灰色の瞳を見返した。
「ああ、ヴェンデル……!」
 ギルベルトはその言葉を聞いて、思わずヴェンデルガルトを抱きしめた。ずっと、ギルベルトが願っていた言葉だ。
「愛しています、ヴェンデル。もう、貴女以外の女性に私の唇を触れさせることは絶対にしません」
「……わ、私も……愛しています。ギルベルト様」
 慣れない愛の言葉を、ヴェンデルガルトは囁くように紡いだ。その言葉に、ギルベルトがヴェンデルガルトをより強く抱きしめた――ようやく、愛しい人が自分だけのものになった喜びが、ギルベルトの胸を熱くさせていた。

 閉ざされた世界にいたギルベルトを救ってくれた、唯一の存在。自分は誰かを愛することなく、皇国の為にだけ生きるのだろうと思っていた未来を変えた、かけがえのない愛しい人。

「ヴェンデル、もう一度お聞きします――私と結婚してください。これからずっと私だけに、貴女の笑顔を見せてくれませんか? 生涯、ずっと……」
 抱きしめていた腕を緩めると、屈んでヴェンデルガルトの顔を覗き込んだギルベルトは二度目の求婚の言葉を口にした。一度目の返事を貰っていない。あの日から、色々な事が起こりすぎた。だからこそ、改めてギルベルトはヴェンデルガルトに生涯の愛を申し込んだ。

 ヴェンデルガルトは、じっとギルベルトを見つめていた。金色の瞳はいつ見ても美しいと、ギルベルトは少し微笑んだ。すると、それにつられたかのようにヴェンデルガルトも優しく微笑んだ。
「はい。私を、ギルベルト様の花嫁にしてください――そうして、ずっと傍にいて下さい。ずっと、愛してください」
「勿論です! 貴女にしか、私の愛は捧げません。ずっと傍にいます、貴女を絶対に一人にしません――ああ、夢のようです……」

 ギルベルトは、優しく幼さの残るヴェンデルガルトの柔らかな頬に手を添えた。そうして、ゆっくりと唇をヴェンデルガルトの唇に触れさせた。ヴェンデルガルトは一瞬びくりと体を震わせたが、ギルベルトの細くも鍛えられた背中に腕を回して瞳を閉じた。
 雲がかかっていた夜の空に、ようやく満月が姿を見せた。キラキラと、何度もキスを重ねる二人を祝うかのように。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

ナッチャン姫

待っとりましたぞ!

七海美桜
2023.04.02 七海美桜

ナッチャン姫様

お待たせしました!楽しんで下さると嬉しいです!(*´ω`)

七海美桜

解除

あなたにおすすめの小説

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

【R18】王子様白雪姫を回収してください!白雪姫の"小人"の私は執着王子から逃げたい 姫と王子の恋を応援します

ペーパーナイフ
恋愛
主人公キイロは森に住む小人である。ある日ここが絵本の白雪姫の世界だと気づいた。 原作とは違い、7色の小人の家に突如やってきた白雪姫はとても傲慢でワガママだった。 はやく王子様この姫を回収しにきてくれ!そう思っていたところ王子が森に迷い込んできて… あれ?この王子どっかで見覚えが…。 【注意】 睡姦、無理やり表現あり 王子はあまり性格良くない ガッツリ本番ありR18 王子以外との本番あり 気をつけてください

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)

夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。 ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。  って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!  せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。  新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。  なんだかお兄様の様子がおかしい……? ※小説になろうさまでも掲載しています ※以前連載していたやつの長編版です

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

ヤンデレお兄様から、逃げられません!

夕立悠理
恋愛
──あなたも、私を愛していなかったくせに。 エルシーは、10歳のとき、木から落ちて前世の記憶を思い出した。どうやら、今世のエルシーは家族に全く愛されていないらしい。 それならそれで、魔法も剣もあるのだし、好きに生きよう。それなのに、エルシーが記憶を取り戻してから、義兄のクロードの様子がおかしい……?  ヤンデレな兄×少しだけ活発な妹

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。