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ギルベルト編
あの日の薔薇
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夕食の時間になると、ヴェンデルガルトは大切なメイドと護衛を部屋に入れてくれた。ビルギットが予想した通り、可愛らしいドレスは皴だらけになっていた。涙のせいで赤くなってしまった目元に、カリーナは優しくクォーターツという薬草で作られた肌に優しいオイルを塗ってやる。
「ドレスを着替えて下さい。皴だらけのドレスは、レディの着る服ではありませんよ」
ビルギットがヴェンデルガルトの着替えを手伝っている間、カリーナとロルフは夕食の用意を手早くしていた。まだ、ギルベルトからは何も連絡がない。もしかして、ギルベルトはやはり美しい婚約者だったあの女性を選ぶのか、とヴェンデルガルトの胸は壊れそうに苦しくなって新しい涙を再び浮かべる。
夕食はヴェンデルガルトの好きなものばかりだったが、美味しそうなのに食べても味がしなかった。それでも残すのは料理人に失礼だと思っていたので、無理をして食べた。
ヴェンデルガルトの食事が終わると、ビルギットとカリーナは手早く皿を片付けた。そうして、食後のお茶と軽めのデザートを持ってくる――二人分を。不思議に思ったヴェンデルガルトがその意味を聞こうとしたその時だ。
「ヴェンデル、ギルベルトです」
ドアがノックされ名乗った声に、ヴェンデルガルトは聞こうとした二人分のデザートの意味が分かった。ヴェンデルガルトは縋るようにメイドや護衛に視線を向けるが、ビルギットが素早くドアを開けに行った。
「夜分遅くに、申し訳ありません――ヴェンデル、お茶をご一緒してもいいですか?」
部屋に入ってきたギルベルトは、いつものように優しい微笑みを浮かべている。断る理由もなく、またこれからも彼と城で会うことになると分かっていたので、ヴェンデルガルトは小さな声で「勿論です」と、答えるしかなかった。
「では、失礼します」
メイドたちがいるなら――と言う、ヴェンデルガルトの淡い期待は消えた。ビルギットとカリーナ、ロルフは軽く頭を下げて部屋から出ていく。カリーナは、ヴェンデルガルトに笑顔を見せていた。「大丈夫です!」と、励ますような明るい笑顔を。
「あの――どうぞ」
まだ椅子に腰を落とさずに立っていたギルベルトに、ヴェンデルガルトは先ほどと同じような小さな声で、そう促した。
「貴女のもとに来るのが遅くなってしまい、本当に申し訳ありません。色々とやらなければいけない事があって――いえ、これは言い訳ですね。本当に申し訳ありません」
困ったような表情を浮かべて、ギルベルトは椅子に腰かけているヴェンデルガルトの前に立ち、片膝を床について腰を落とした。そうして、白くて綺麗なヴェンデルガルトの右手を取った。
「ヴェンデルガルト・クリスタ・ブリュンヒルト・ケーニヒスペルガー王女。私は、生涯の愛を、貴女一人だけに誓います。何度でも、変わらない言葉を貴女が信じて下さるまで。貴方に出逢った時から、私が死ぬまで――私の愛は、貴女だけに」
ギルベルトはヴェンデルガルトの顔を見上げ、真剣な顔で真っすぐに彼女を見つめてそう誓った。しかしその言葉を聞いたヴェンデルガルトの脳裏には、かつての婚約者とキスをしていた姿が浮かぶ。ぽろり、と真珠のような涙が零れる。
「でも――ゾフィーア様は、美しくて――情熱的にギルベルト様を愛してらっしゃいます。ダンスもお上手だと聞いています。回復魔法しか使えないだけの私なんて、ギルベルト様には――」
「愛しくて大切な私のヴェンデルを悪く言う人は、たとえ本人でも許しませんよ? 確かに、貴女の回復魔法が、貴女と私を結び付けて下さいました。しかし、それのお礼で貴女を愛しているわけではありません。明るくて優しく、慈悲深く――賢くて、そんな貴女だから、私は貴女を愛しているのです。貴女の優しさが、少しでも私に多く。貴女のその金の瞳に多く映るのが私であるように――と、願ってしまうほど」
自分を卑下しそうな言葉を口にするヴェンデルガルトの言葉を遮り、ギルベルトはそうはっきりと自分の思いを言った。ヴェンデルガルトは、真摯な面差しの端正な顔の青年を見つめ返した。
「これを、見ていただけますか?」
ヴェンデルガルトの手を優しく彼女の膝に戻すと、ギルベルトは白薔薇騎士団の制服の胸ポケットから何かを取り出して彼女に差し出した。
「これは――白薔薇の刺繍のハンカチ……?」
「はい。薔薇は押し花には向いておらず、寒いバルシュミーデ皇国では押し花やドライフラワーを作るのも向いていません。私の目が見えた時に貴女が見せて下さったあの薔薇を忘れたくなく、画家に枯れる前にたくさん描いて貰いました。ですが、やはりいつでも傍に持っていたくて、ハンカチに刺繍をさせました」
ヴェンデルガルトは、その言葉に少し驚いた。彼と一緒に薔薇を見た日の事は、確かに彼女も覚えている。しかし、あの薔薇をギルベルトがこんなにも特別に感じている事を、思いもしなかった。
「ヴェンデル。あの薔薇は、また今年も咲くでしょう。また、あの日と同じように私と見て下さらないでしょうか? あの特別な白薔薇を貴方と見ることが、私の少ない希望なのです」
ギルベルトは、切ない吐息と共にそうヴェンデルガルトにささやかな願いを口にした。それは彼の心からの言葉で、なによりそうして――その言葉が、ヴェンデルガルトを笑顔にした。それは、ヴェンデルガルトがギルベルトを愛しているという、彼女の心を知る言葉だった。
「ドレスを着替えて下さい。皴だらけのドレスは、レディの着る服ではありませんよ」
ビルギットがヴェンデルガルトの着替えを手伝っている間、カリーナとロルフは夕食の用意を手早くしていた。まだ、ギルベルトからは何も連絡がない。もしかして、ギルベルトはやはり美しい婚約者だったあの女性を選ぶのか、とヴェンデルガルトの胸は壊れそうに苦しくなって新しい涙を再び浮かべる。
夕食はヴェンデルガルトの好きなものばかりだったが、美味しそうなのに食べても味がしなかった。それでも残すのは料理人に失礼だと思っていたので、無理をして食べた。
ヴェンデルガルトの食事が終わると、ビルギットとカリーナは手早く皿を片付けた。そうして、食後のお茶と軽めのデザートを持ってくる――二人分を。不思議に思ったヴェンデルガルトがその意味を聞こうとしたその時だ。
「ヴェンデル、ギルベルトです」
ドアがノックされ名乗った声に、ヴェンデルガルトは聞こうとした二人分のデザートの意味が分かった。ヴェンデルガルトは縋るようにメイドや護衛に視線を向けるが、ビルギットが素早くドアを開けに行った。
「夜分遅くに、申し訳ありません――ヴェンデル、お茶をご一緒してもいいですか?」
部屋に入ってきたギルベルトは、いつものように優しい微笑みを浮かべている。断る理由もなく、またこれからも彼と城で会うことになると分かっていたので、ヴェンデルガルトは小さな声で「勿論です」と、答えるしかなかった。
「では、失礼します」
メイドたちがいるなら――と言う、ヴェンデルガルトの淡い期待は消えた。ビルギットとカリーナ、ロルフは軽く頭を下げて部屋から出ていく。カリーナは、ヴェンデルガルトに笑顔を見せていた。「大丈夫です!」と、励ますような明るい笑顔を。
「あの――どうぞ」
まだ椅子に腰を落とさずに立っていたギルベルトに、ヴェンデルガルトは先ほどと同じような小さな声で、そう促した。
「貴女のもとに来るのが遅くなってしまい、本当に申し訳ありません。色々とやらなければいけない事があって――いえ、これは言い訳ですね。本当に申し訳ありません」
困ったような表情を浮かべて、ギルベルトは椅子に腰かけているヴェンデルガルトの前に立ち、片膝を床について腰を落とした。そうして、白くて綺麗なヴェンデルガルトの右手を取った。
「ヴェンデルガルト・クリスタ・ブリュンヒルト・ケーニヒスペルガー王女。私は、生涯の愛を、貴女一人だけに誓います。何度でも、変わらない言葉を貴女が信じて下さるまで。貴方に出逢った時から、私が死ぬまで――私の愛は、貴女だけに」
ギルベルトはヴェンデルガルトの顔を見上げ、真剣な顔で真っすぐに彼女を見つめてそう誓った。しかしその言葉を聞いたヴェンデルガルトの脳裏には、かつての婚約者とキスをしていた姿が浮かぶ。ぽろり、と真珠のような涙が零れる。
「でも――ゾフィーア様は、美しくて――情熱的にギルベルト様を愛してらっしゃいます。ダンスもお上手だと聞いています。回復魔法しか使えないだけの私なんて、ギルベルト様には――」
「愛しくて大切な私のヴェンデルを悪く言う人は、たとえ本人でも許しませんよ? 確かに、貴女の回復魔法が、貴女と私を結び付けて下さいました。しかし、それのお礼で貴女を愛しているわけではありません。明るくて優しく、慈悲深く――賢くて、そんな貴女だから、私は貴女を愛しているのです。貴女の優しさが、少しでも私に多く。貴女のその金の瞳に多く映るのが私であるように――と、願ってしまうほど」
自分を卑下しそうな言葉を口にするヴェンデルガルトの言葉を遮り、ギルベルトはそうはっきりと自分の思いを言った。ヴェンデルガルトは、真摯な面差しの端正な顔の青年を見つめ返した。
「これを、見ていただけますか?」
ヴェンデルガルトの手を優しく彼女の膝に戻すと、ギルベルトは白薔薇騎士団の制服の胸ポケットから何かを取り出して彼女に差し出した。
「これは――白薔薇の刺繍のハンカチ……?」
「はい。薔薇は押し花には向いておらず、寒いバルシュミーデ皇国では押し花やドライフラワーを作るのも向いていません。私の目が見えた時に貴女が見せて下さったあの薔薇を忘れたくなく、画家に枯れる前にたくさん描いて貰いました。ですが、やはりいつでも傍に持っていたくて、ハンカチに刺繍をさせました」
ヴェンデルガルトは、その言葉に少し驚いた。彼と一緒に薔薇を見た日の事は、確かに彼女も覚えている。しかし、あの薔薇をギルベルトがこんなにも特別に感じている事を、思いもしなかった。
「ヴェンデル。あの薔薇は、また今年も咲くでしょう。また、あの日と同じように私と見て下さらないでしょうか? あの特別な白薔薇を貴方と見ることが、私の少ない希望なのです」
ギルベルトは、切ない吐息と共にそうヴェンデルガルトにささやかな願いを口にした。それは彼の心からの言葉で、なによりそうして――その言葉が、ヴェンデルガルトを笑顔にした。それは、ヴェンデルガルトがギルベルトを愛しているという、彼女の心を知る言葉だった。
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