上 下
21 / 24
ギルベルト編

あなたは私のものよ

しおりを挟む
「婚約破棄をされて社交界を追い出されたゾフィーア様は、家からも勘当されてから西に向かったらしいです。バルシュミーデ皇国の貴族の中では彼女の醜聞が広がり、プライドの高さから知らない地で生きようと思われたのでしょう。普通であれば女性が知らぬ土地を訪れるのは危険ですが、西は植民地ばかりの国です。バルシュミーデ皇国から来た、という身元であればそう危険な立場には遭いにくいでしょうね」
 何人かの従者がいても、知らぬ土地で女一人では、確かに危険が多いだろう。南や東ではなく、西を選んだのは賢い、とロルフは付け加えた。
「もしかして、ゾフィーア様はこの旅団に参加しているのかしら?」
 ヴェンデルガルトの言葉に、ロルフは頷いた。
「多分そうでしょう。ゾフィーア様は、ダンスが上手な方でしたからね。西のダンスを覚えて、この旅団に参加していると思います。勘当された身でお金を稼ぐには、得意な分野での方がいいでしょうし。祭りに参加した誰かが、ゾフィーア様を見かけてギルベルト様に報告したのかもしれませんね」
「呑気にお話してないで、ギルベルト様を助けに行きましょう!」
 ブーケを手にしたビルギットが、慌てたような声を上げた。その言葉に、ヴェンデルガルト達ははっとなりカリーナに視線を向けた。
「そうですね、こちらです!」
 カリーナが、ヴェンデルガルトのヒールを気にしながら急ぎ足で向かった。ロルフが、ヴェンデルガルトの腕を支えてカリーナの後に続いた。

「確か、ここの公園に入られたはずなんです」
 西の旅団のテント脇に、城の庭師も手入れをしている花であふれる公園がある。露店で買い物をしたものを、ここの公園のベンチで飲食している人々がいる。彼らはヴェンデルガルトに気が付くと、笑顔で手を振った。彼女は今、皇国の大切な聖女だ。みんなが慕っている。ヴェンデルガルトはそれに同じように手を振り返しながら、ギルベルトの姿を探した。
「いい加減にしてください、ゾフィー!」
 その時、公園の端に植えられている木の陰から聞きなれた声が聞こえた。ヴェンデルガルト達は顔を見合わせる。間違いなく、ギルベルトの声だ。少し怒りを滲ませ苛立ったギルベルトの声を聞くのは、ヴェンデルガルトは初めてだった。ロルフ達に向かって視線を送り、その声の方に向かって進んだ。
「あなたのあの小汚い包帯を解くまで、こんなに綺麗な顔を隠していたなんて知らなかったわ。この美しい顔と薔薇騎士団団長である今のあなたなら、私にこそ妻に相応しいわ。愛人を作るなんて言わない、私たちやり直しましょう」
 少し酒焼けした、ハスキーボイスが聞こえた。聞いたことのない声は、ギルベルトを攫ったゾフィーアのものだろうか。
「ギルベルト様!」
 ロルフ達を連れたヴェンデルガルトが声のする木陰に姿を現すと、胸元がきわどく開かれて豊満な胸を強調した西の国のドレス姿の女性に迫られている、困惑した顔のギルベルトを見つけた。女性に追いつめられるのは、ギルベルトにとっても初めての出来事だろう。
「ヴェンデル!」
「……へぇ、あなたが噂のヴェンデルガルト王女様?」
 黒く波打つ長い髪に、青い瞳。きつい顔立ちは、従姉妹だからかフロレンツィアに少し似ていた。かつては貴族だった名残はあるように見えるが、ジークハルトに婚約破棄をされたときのフロレンツィアのようなみすぼらしさがあった。憐みの目で見られることへの反発のため、きつい面立ちになってしまったのだろうか、とヴェンデルガルトは思った。
「ギルベルトは、私の婚約者なの。邪魔しないでね」
「ゾフィー! 私たちの婚約は破棄されています! 私は今、ヴェンデルに求婚しています。あなたと結婚するつもりはありません」
 木に押し付けられたまま、ギルベルトは諭すようにゾフィーアに言う。目が見えなかったギルベルトは、彼女の姿を初めて見て困惑しているのだろう。かつては婚約者だった彼女を、どう扱っていいのか分からないようだ。手荒な真似も、騎士としては出来ない。
「あなたは、薔薇騎士団団長たちをはべらして優雅に生活しているんでしょう? だったら、ギルベルト白薔薇くらいは私に頂戴。薔薇たちが全部あなたのものなんて、強欲すぎるわよ。私の従姉妹にも、随分な仕打ちをしてくれたみたいだし」
 ラムブレヒト公爵事件は、彼女の耳にも入っているようだ。憎むような鋭い視線で、ゾフィーアはヴェンデルガルトをきつく睨んでいる。
「あれは……ラムブレヒト公爵一族が悪いのです。皇帝を欺き謀反を考えるなんて、してはいけないことです!」
 ヴェンデルガルトはそう言ったが、言ってから少し後悔した。バルシュミーデ皇国も、謀反から出来た国だったからだ。しかしゾフィーアは黙ってヴェンデルガルトを見つめていたが、視線を逸らすと自分が木に押し付けているギルベルトに視線を向けた。
「あなたは、私のものよ」
 そう言うと彼に顔を寄せて、深く口づけをした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

人質王女の恋

小ろく
恋愛
先の戦争で傷を負った王女ミシェルは顔に大きな痣が残ってしまい、ベールで隠し人目から隠れて過ごしていた。 数年後、隣国の裏切りで亡国の危機が訪れる。 それを救ったのは、今まで国交のなかった強大国ヒューブレイン。 両国の国交正常化まで、ミシェルを人質としてヒューブレインで預かることになる。 聡明で清楚なミシェルに、国王アスランは惹かれていく。ミシェルも誠実で美しいアスランに惹かれていくが、顔の痣がアスランへの想いを止める。 傷を持つ王女と一途な国王の恋の話。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

不貞の末路《完結》

アーエル
恋愛
不思議です 公爵家で婚約者がいる男に侍る女たち 公爵家だったら不貞にならないとお思いですか?

処理中です...