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ギルベルト編
ギルベルトの様子
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「最近、ギルベルト様のご様子がおかしいんですよ」
ヴェンデルガルトも参加することになっている、春の成人の儀式まであと少しという日。ランドルフから贈られた花を花瓶に生けながら、カリーナがそう話し出した。ヴェンデルガルトの髪に結ぶリボンを選んでいた、ビルギットの手が止まった。
「ギルベルト様が?」
「どうおかしいの? カリーナ」
ビルギットとヴェンデルガルトの尋ねる声に、花を生け終わったカリーナは二人の元に歩み寄った。
「街に行くのを、とても嫌がっているそうです。執務室でも、ため息ばかりで書類が溜まる一方らしいですよ。副団長のエルマー様がとても困っているそうです」
白薔薇騎士のエルマーは、ラムブレヒト公爵の謀反の件以来時折お茶菓子を届けてもらえる関係だ。彼の知り合いのクラーラを助けたことを、とても感謝していた。
「それは……心配ね。私、理由を聞いてみようかしら?」
成人の儀式では、いよいよヴェンデルガルトの婚約者が決まると噂になっている。本人であるヴェンデルガルトには何も話されていないが、その噂は国民の最大の関心になっていた。そのためヴェンデルガルトの成人の儀式のドレスは、誰が贈るかで五薔薇騎士団長が毎日ケンカをしている。
「それがいいですよ。五薔薇騎士の皆様は、皆様等しくライバルです。ギルベルト様が出遅れると、お可哀想ですからね」
カリーナが笑うと、ビルギットも「そうね」と頷いた。
「今日の夕方のお茶に、お誘いしましょう。ビルギット、お願いしてもいい?」
「はい、わかりました。お誘いに行ってきますね」
ヴェンデルガルトの髪に結ぶリボンを、ビルギットは白に変えた。そうして優雅にお辞儀をすると部屋を出て、白薔薇騎士の執務室に向かった。
「お茶菓子は、何にしましょう。お茶の葉は、ギルベルト様が好きなベナを用意してね」
ヴェンデルガルトは、メイドたちと同じく五薔薇騎士の好物をちゃんと覚えている。カリーナと話していると、何かを手にしたロルフが部屋に入ってきた。
「にぎやかにお話しされていますね。お土産ですよ」
ロルフは、手にしていたものをテーブルに置いた。それはテオに似た犬を毛糸で編んだものだ。テオがジークハルトに連れてこられた時より小さいが、ヴェンデルガルトが抱えるほどの大きさだ。
「どうしたの? これ」
長い白い毛は、編んだ毛糸に解いて梳いた毛糸を縫い付けているようだ。柔らかな抱き心地に、ヴェンデルガルトが喜んでそれを抱き締めた。その犬からは、西で使われる香辛料の香りがした。
「西から、踊り子や見世物芸人の旅団が来たそうです。露店も出ているみたいで、そこで見つけたので思わず買ってしまいました。もう、テオはこんな大きさではないですからね」
「そうね、私が休憩時間に乗って遊んでるくらいだし……」
ロルフの言葉に、カリーナが頷いた。テオは今、馬より少し小柄な大きさに育った。それでも護衛を兼ねて、ヴェンデルガルトの部屋にいた。今は、赤薔薇騎士と散歩に行っている。
「久しぶりにお祭りが始まるのね。西の人は踊りが上手だから、見てみたいわ!」
カリーナが興奮したようにそう言うと、ヴェンデルガルトは不思議そうな顔をした。二百年前から、西の国とは交流がなかったのであまり知らないのだ。目覚めた今も、お菓子などでしか西の文化は知らなかった。
「ヴェンデルガルト様は、あまりご存じないのでしょうか? 騎士の何方かに頼んで、ぜひ見に行ってください! 情熱的で素晴らしいダンスに、面白い芸を見せてくれますよ。この季節になると、何年かに一度は西の祭りが開かれます。賑やかですよ」
カリーナの言葉に、ヴェンデルガルトは躊躇いながらも頷いた。すると、ロルフが自分の両手を合わせて叩いた。
「さっき、ギルベルト団長の話してなかった? それなら、気分転換にギルベルト様と一緒に行かれてはいかがでしょう?」
「まあ、それはいい考えだわ! お茶の席で、ぜひお誘いになってみてはいかがですか?」
ロルフの提案に、カリーナが明るい顔になって即座に「賛成!」と手を挙げた。
「でも、ギルベルト様はそんな気分ではないかもしれないわよ?」
ヴェンデルガルトはそう言うが、二人は首を横に振った。
「ギルベルト様が、ヴェンデルガルト様のお誘いを断るなんてこと、あるはずがないですよ」
「お祭りに行けるように、少し裾の短いドレスを用意いたしますね。どれにしましょう、楽しみだわ」
ロルフとカリーナは、すっかり祭りで頭がいっぱいのようだ。そこに、ビルギットが帰ってきた。
「ヴェンデルガルト様。ギルベルト様が、喜んでお伺いします。お会いできるのが待ち遠しい。と、仰っていました」
「そう、良かった」
ヴェンデルガルトは、少しほっとした顔になった。もしかして、自分の事で悩んでいるのではないかと心配していたのだ。
ヴェンデルガルトも参加することになっている、春の成人の儀式まであと少しという日。ランドルフから贈られた花を花瓶に生けながら、カリーナがそう話し出した。ヴェンデルガルトの髪に結ぶリボンを選んでいた、ビルギットの手が止まった。
「ギルベルト様が?」
「どうおかしいの? カリーナ」
ビルギットとヴェンデルガルトの尋ねる声に、花を生け終わったカリーナは二人の元に歩み寄った。
「街に行くのを、とても嫌がっているそうです。執務室でも、ため息ばかりで書類が溜まる一方らしいですよ。副団長のエルマー様がとても困っているそうです」
白薔薇騎士のエルマーは、ラムブレヒト公爵の謀反の件以来時折お茶菓子を届けてもらえる関係だ。彼の知り合いのクラーラを助けたことを、とても感謝していた。
「それは……心配ね。私、理由を聞いてみようかしら?」
成人の儀式では、いよいよヴェンデルガルトの婚約者が決まると噂になっている。本人であるヴェンデルガルトには何も話されていないが、その噂は国民の最大の関心になっていた。そのためヴェンデルガルトの成人の儀式のドレスは、誰が贈るかで五薔薇騎士団長が毎日ケンカをしている。
「それがいいですよ。五薔薇騎士の皆様は、皆様等しくライバルです。ギルベルト様が出遅れると、お可哀想ですからね」
カリーナが笑うと、ビルギットも「そうね」と頷いた。
「今日の夕方のお茶に、お誘いしましょう。ビルギット、お願いしてもいい?」
「はい、わかりました。お誘いに行ってきますね」
ヴェンデルガルトの髪に結ぶリボンを、ビルギットは白に変えた。そうして優雅にお辞儀をすると部屋を出て、白薔薇騎士の執務室に向かった。
「お茶菓子は、何にしましょう。お茶の葉は、ギルベルト様が好きなベナを用意してね」
ヴェンデルガルトは、メイドたちと同じく五薔薇騎士の好物をちゃんと覚えている。カリーナと話していると、何かを手にしたロルフが部屋に入ってきた。
「にぎやかにお話しされていますね。お土産ですよ」
ロルフは、手にしていたものをテーブルに置いた。それはテオに似た犬を毛糸で編んだものだ。テオがジークハルトに連れてこられた時より小さいが、ヴェンデルガルトが抱えるほどの大きさだ。
「どうしたの? これ」
長い白い毛は、編んだ毛糸に解いて梳いた毛糸を縫い付けているようだ。柔らかな抱き心地に、ヴェンデルガルトが喜んでそれを抱き締めた。その犬からは、西で使われる香辛料の香りがした。
「西から、踊り子や見世物芸人の旅団が来たそうです。露店も出ているみたいで、そこで見つけたので思わず買ってしまいました。もう、テオはこんな大きさではないですからね」
「そうね、私が休憩時間に乗って遊んでるくらいだし……」
ロルフの言葉に、カリーナが頷いた。テオは今、馬より少し小柄な大きさに育った。それでも護衛を兼ねて、ヴェンデルガルトの部屋にいた。今は、赤薔薇騎士と散歩に行っている。
「久しぶりにお祭りが始まるのね。西の人は踊りが上手だから、見てみたいわ!」
カリーナが興奮したようにそう言うと、ヴェンデルガルトは不思議そうな顔をした。二百年前から、西の国とは交流がなかったのであまり知らないのだ。目覚めた今も、お菓子などでしか西の文化は知らなかった。
「ヴェンデルガルト様は、あまりご存じないのでしょうか? 騎士の何方かに頼んで、ぜひ見に行ってください! 情熱的で素晴らしいダンスに、面白い芸を見せてくれますよ。この季節になると、何年かに一度は西の祭りが開かれます。賑やかですよ」
カリーナの言葉に、ヴェンデルガルトは躊躇いながらも頷いた。すると、ロルフが自分の両手を合わせて叩いた。
「さっき、ギルベルト団長の話してなかった? それなら、気分転換にギルベルト様と一緒に行かれてはいかがでしょう?」
「まあ、それはいい考えだわ! お茶の席で、ぜひお誘いになってみてはいかがですか?」
ロルフの提案に、カリーナが明るい顔になって即座に「賛成!」と手を挙げた。
「でも、ギルベルト様はそんな気分ではないかもしれないわよ?」
ヴェンデルガルトはそう言うが、二人は首を横に振った。
「ギルベルト様が、ヴェンデルガルト様のお誘いを断るなんてこと、あるはずがないですよ」
「お祭りに行けるように、少し裾の短いドレスを用意いたしますね。どれにしましょう、楽しみだわ」
ロルフとカリーナは、すっかり祭りで頭がいっぱいのようだ。そこに、ビルギットが帰ってきた。
「ヴェンデルガルト様。ギルベルト様が、喜んでお伺いします。お会いできるのが待ち遠しい。と、仰っていました」
「そう、良かった」
ヴェンデルガルトは、少しほっとした顔になった。もしかして、自分の事で悩んでいるのではないかと心配していたのだ。
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