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夕暮れのこっくりさん
先代と昴
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マリアは一週間経っても見つからない。警察は事件としての捜査を始め、学校には保護者が送り迎えする事態にもなり、澄玲も祖母に送り迎えをして貰う事になった。
焼鳥屋で使う串打ちは、先代がほぼ一人で用意していた。だが澄玲を送り迎えする事になり、串打ちをする時間が削られて人手が足りなくなった。幸い今は昴の仕事がないので、環琉が二時間前から入って串打ちをする事で何とか店を開く準備が出来る。
「ごめんね、環琉くん。身体がきつかったら、休んでくれてもいいからね」
店長は申し訳なさそうに謝るが、単純作業なので環琉には難しくない。バイト代も多めにくれるので、「大丈夫ですよ」と笑っていた。
「けど、行方不明の子供が心配ですね」
仕込みをしている店長の横で、椅子に座って鶏肉を串に刺している環琉はそう呟いた。
「澄玲の友達だし、無事に帰って来て欲しいよ。もし澄玲だったらと思うと、怖くて仕方ない。ご両親が気の毒だ」
妻が入院している事もあり、店長は少し気弱になっていた。
「こっくりさん、したんですよね」
「……え?」
店長の腕が止まった。環琉には話すなと母に言われていたので、彼が知っているはずなかった。澄玲も話していない筈だ。
「昴さんから電話があって、『紫さんが、意地を張っている』と言っていました。頼って欲しいそうです」
先代を紫さん、と呼ぶのは昴だけだ。かつて彼の助手をしていた彼女とは、深い絆があった。店長は、それを子供の頃から聞いている。しかし話は「お前が後を継いでくれたら――」と、寂しそうな顔になり終わった。店長には、昴の助手になるほどの『力』がなかったからだ。
「はは、やっぱり昴さんはすごいね……そうだね、まずは昴さんを頼るべきだった」
店長は、再び腕を動かした。
「こっくりさんって、テーブル・ターニング……もっと近いのは、ウィジャボードかな? 一時期、海外でも国内でも流行ったものですよね」
「うん、僕が小学生の頃も流行っていたな。エンジェルさんって名前のバージョンもあったよ。おさげ髪の知らない女の子に、澄玲が誘われたんだ。でも澄玲はその約束を忘れて、代わりにマリアちゃんが参加したらしい。一緒に参加していたアキちゃんとナギサちゃんは、何故か記憶がなかったそうだよ。二人は怖いのか、その事を誰にも話していない。澄玲にも黙っていて欲しい、とお願いしたそうだ」
先代が弾いたあの霊か、と環琉は先週の事を思い出した。それで、澄玲は霊と約束した事を忘れたのだろう。
「昴さんに話しておきます。先代には、店長から話しておいてください。俺、先代に怒られるの怖いんで」
「それは、僕もだよ」と店長が笑った。そこへ、話し声が聞こえてきて先代と澄玲が入って来た。店長と環琉の話はそこで終わった。
「こんにちは、環琉くん」
環琉を見つけると、澄玲は嬉しそうに駆け寄ってきた。そんな澄玲に「手洗いとうがいしてきなさい」と、先代が声をかけた。
「ごめんね、環琉くん。今から私もするから」
先に手を洗ってきた先代が、すまなそうにそう言って環琉の横に座った。そして、環琉が串打ちしたものを見て笑顔になる。
「上手になったわね。手際もいいし、早く終わりそうね」
「有難うございます」
褒められた環琉は、嬉しそうだ。人間らしい事で褒められるのは、素直に嬉しかった。
「今日、昴さん店に来ますよ」
環琉の言葉に、先代は僅かに顔を強張らせた。しかし、諦めたように深く息を吐いた。
「分かったわ」
「環琉くん、今日のご飯はウインナー玉子丼だよ! 澄玲がご飯いれるから、目玉焼き上手に作ってね!」
手洗いを終えた澄玲が、今日の晩御飯を報告する。白米の上に半熟の目玉焼きと焼いたウインナーを乗せた、最近環琉がハマっているものだ。半熟は少し難しいが、環琉にも作れるのでほぼ毎日家で作って食べている。
「澄玲ちゃんの分は、上手に作れるように頑張るよ」
澄玲は喜んで、全員分のオレンジ味の炭酸ジュースをコップに入れた。
店が開店すると、客が落ち着いた頃に闇が溶けたような不思議な美しい男が来店した。彼の為に、カウンターの端の席は『永久指定席』となっている。
「ようこそ、若神子様」
先代が、おしぼりを彼に渡す。美しい男がそれを受け取ると、この店に相応しくない高級ブランデーの瓶が出された。
「何でも自分で抱え込む癖は、直っていないようだね」
声まで美しい。それに慣れている先代は、小さく頭を下げた。
「昴さんのお手を煩わせるほどのものではないかと思って……」
カラン、とグラスに氷が音を立てて入れられた。昴と話している時、先代は少し雰囲気が変わる。まるで少女のような――何処か眩しくて幼く見える。
「君の家族が関わった事件だ。僕が解決する。君を護ると、昔約束したのを忘れたかな?」
「いえ……覚えています。有難うございます。澄玲、こっちにおいで」
奥の休憩室でゲームをしていた澄玲を、先代が呼んだ。
「まだ、孫には名残りがあると思います。どうぞ視て下さい」
不思議そうな顔の澄玲は、祖母と昴を交互に見た。
焼鳥屋で使う串打ちは、先代がほぼ一人で用意していた。だが澄玲を送り迎えする事になり、串打ちをする時間が削られて人手が足りなくなった。幸い今は昴の仕事がないので、環琉が二時間前から入って串打ちをする事で何とか店を開く準備が出来る。
「ごめんね、環琉くん。身体がきつかったら、休んでくれてもいいからね」
店長は申し訳なさそうに謝るが、単純作業なので環琉には難しくない。バイト代も多めにくれるので、「大丈夫ですよ」と笑っていた。
「けど、行方不明の子供が心配ですね」
仕込みをしている店長の横で、椅子に座って鶏肉を串に刺している環琉はそう呟いた。
「澄玲の友達だし、無事に帰って来て欲しいよ。もし澄玲だったらと思うと、怖くて仕方ない。ご両親が気の毒だ」
妻が入院している事もあり、店長は少し気弱になっていた。
「こっくりさん、したんですよね」
「……え?」
店長の腕が止まった。環琉には話すなと母に言われていたので、彼が知っているはずなかった。澄玲も話していない筈だ。
「昴さんから電話があって、『紫さんが、意地を張っている』と言っていました。頼って欲しいそうです」
先代を紫さん、と呼ぶのは昴だけだ。かつて彼の助手をしていた彼女とは、深い絆があった。店長は、それを子供の頃から聞いている。しかし話は「お前が後を継いでくれたら――」と、寂しそうな顔になり終わった。店長には、昴の助手になるほどの『力』がなかったからだ。
「はは、やっぱり昴さんはすごいね……そうだね、まずは昴さんを頼るべきだった」
店長は、再び腕を動かした。
「こっくりさんって、テーブル・ターニング……もっと近いのは、ウィジャボードかな? 一時期、海外でも国内でも流行ったものですよね」
「うん、僕が小学生の頃も流行っていたな。エンジェルさんって名前のバージョンもあったよ。おさげ髪の知らない女の子に、澄玲が誘われたんだ。でも澄玲はその約束を忘れて、代わりにマリアちゃんが参加したらしい。一緒に参加していたアキちゃんとナギサちゃんは、何故か記憶がなかったそうだよ。二人は怖いのか、その事を誰にも話していない。澄玲にも黙っていて欲しい、とお願いしたそうだ」
先代が弾いたあの霊か、と環琉は先週の事を思い出した。それで、澄玲は霊と約束した事を忘れたのだろう。
「昴さんに話しておきます。先代には、店長から話しておいてください。俺、先代に怒られるの怖いんで」
「それは、僕もだよ」と店長が笑った。そこへ、話し声が聞こえてきて先代と澄玲が入って来た。店長と環琉の話はそこで終わった。
「こんにちは、環琉くん」
環琉を見つけると、澄玲は嬉しそうに駆け寄ってきた。そんな澄玲に「手洗いとうがいしてきなさい」と、先代が声をかけた。
「ごめんね、環琉くん。今から私もするから」
先に手を洗ってきた先代が、すまなそうにそう言って環琉の横に座った。そして、環琉が串打ちしたものを見て笑顔になる。
「上手になったわね。手際もいいし、早く終わりそうね」
「有難うございます」
褒められた環琉は、嬉しそうだ。人間らしい事で褒められるのは、素直に嬉しかった。
「今日、昴さん店に来ますよ」
環琉の言葉に、先代は僅かに顔を強張らせた。しかし、諦めたように深く息を吐いた。
「分かったわ」
「環琉くん、今日のご飯はウインナー玉子丼だよ! 澄玲がご飯いれるから、目玉焼き上手に作ってね!」
手洗いを終えた澄玲が、今日の晩御飯を報告する。白米の上に半熟の目玉焼きと焼いたウインナーを乗せた、最近環琉がハマっているものだ。半熟は少し難しいが、環琉にも作れるのでほぼ毎日家で作って食べている。
「澄玲ちゃんの分は、上手に作れるように頑張るよ」
澄玲は喜んで、全員分のオレンジ味の炭酸ジュースをコップに入れた。
店が開店すると、客が落ち着いた頃に闇が溶けたような不思議な美しい男が来店した。彼の為に、カウンターの端の席は『永久指定席』となっている。
「ようこそ、若神子様」
先代が、おしぼりを彼に渡す。美しい男がそれを受け取ると、この店に相応しくない高級ブランデーの瓶が出された。
「何でも自分で抱え込む癖は、直っていないようだね」
声まで美しい。それに慣れている先代は、小さく頭を下げた。
「昴さんのお手を煩わせるほどのものではないかと思って……」
カラン、とグラスに氷が音を立てて入れられた。昴と話している時、先代は少し雰囲気が変わる。まるで少女のような――何処か眩しくて幼く見える。
「君の家族が関わった事件だ。僕が解決する。君を護ると、昔約束したのを忘れたかな?」
「いえ……覚えています。有難うございます。澄玲、こっちにおいで」
奥の休憩室でゲームをしていた澄玲を、先代が呼んだ。
「まだ、孫には名残りがあると思います。どうぞ視て下さい」
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