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蛇神の生贄
その後の姉弟
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「店長、娘さん可愛くて仕方ないでしょう? 今幾つでした?」
「はは、可愛いって言葉では足りませんよ。もうすぐ四歳になります」
今日は、ホールは人が多くて店長も出ないと対応が出来ない。まだ不慣れな環琉には、注文を聞くのと食べ終わった食器を下げて洗うので精一杯だった。これほど食洗器に感謝したことはない。
「すみません、二名です」
ようやく店が落ち着いた頃、若い男女が入って来た。環琉が視線を向けると、それはミキとフユキだった。
「どうぞ、こちらへ」
先代が、店長の代わりに焼いていた串を持つ手を止めて、カウンターに呼んだ。ミキは笑顔を見せて、フユキは頭を下げた。
「フユキ、ここの焼鳥美味しいんやで。好きなだけ食べ――あの、若神子さん紹介してくれて、ホンマに有難うございました。環琉さんにも、お世話になりました」
関西弁に戻ったミキは、好んでいたスカート姿ではなかった。ジーパンに、白いシャツ。長い髪はポニーテールにしていて、化粧っ気がなかった。フユキは環琉に頭を下げて、姉弟で並んでカウンターに座った。
「生ビールと、焼鳥の盛り合わせ。唐揚げとポテトフライ。枝豆も」
「私は、ウーロンハイお願いします」
「有難うございます」
先代は微笑んで、それから言葉を続けた。
「すっかり綺麗になりましたね。それに、そんなに力ありました?」
「あったみたいです。今日、私のマンションの荷物片付けてキャバクラ辞めて来ました。弟と、修行に奈良まで行くんですよ。ここにはお世話になったんで、挨拶に来ました」
「奈良と言えば――慈空さんね。そう、沢山食べて行ってください。『仲間』が増えるのは、嬉しい事ね」
環琉はおしぼりを二人に渡した。今日のお通しは、鳥皮ポン酢と茄子の揚げびたしだ。さっそくフユキが割りばしを割り、美味しそうにお通しを食べ始めた。
「なんか、こっちに帰ってきたら――ここでの暮らしが、何も意味ないって思えたんです」
ウーロンハイを口にしたミキは、ぽつりとそう呟いた。
「楽しかったし、仕事も頑張ってたけど――目標がなかったからやろうか? いや、違う。多分、昴さんと環琉さんに会って変わったんやわ」
「どういう事ですか?」
不思議そうに、環琉が尋ねた。
「ホンマに恐ろしいもんは、ひっそり黙って近付いて来る。キャバクラの友達にも、生霊や――水子抱えてる子が見えた。街を歩いていても、霊背負って平気に歩いてる人もおる。それがいつ牙をむくか、誰にも分からん。それを祓うもんは、多いほど助かる。それが、分かった。うちらの一族みたいに怯えて生きてる人間も、他に沢山おる。それを助けられるなら、頑張りたいって」
「修行って、厳しいねんで。姉貴、途中で挫折すんなよ?」
「せえへん! 絶対に、私も『祓い人』になるんや!」
先代と環琉が、小さく笑った。今は憧れが強いだろうが――祓い人の悲しく辛い現実が、この先この姉弟に待っているだろう。それに負けないで欲しい、と先代は祈った。かつて『自分が昴の手伝いをしていた』あの頃のような――。
「おふくろ、任せっぱなしでごめん! 環琉くん、座敷の食器片づけてくれる?」
店長が、ホールから慌てて戻ってきた。座敷にいた客が帰り、店長がレジをしていたのだ。
「はい」
環琉が慌てて座敷に向かう。その姿を見送りながら、ミキは声音を落として先代に訊ねた。
「あの、昴さんがすごい人だとは分かりました。でも――私、環琉さんも実はすごい人なんじゃないかって思うんです。何者なんですか?」
力のある人には、分かる。先代は、たまに聞かれるその問いにどこか切ない顔をした。
「環琉くんは――光の子よ。光で護られた、昴さんが闇に堕ちない為の存在。この世界の祈りなの」
先代の言葉は、抽象的だった。しかし、『闇』を抱える昴と対照的な存在である事は、ミキもフユキにも分かった。
「――光……」
二人が実家に来た時に『淀んでいる空気を消しておく』と、朝早くに環琉はフユキを連れて山の上に向かった。昴は同行しなかった。あとで聞けば「光が強すぎる」からだと、昴はそれだけ言った。フユキは山で環琉が何をしたかは言わなかった。ただ、泣いていた。悲しみや悔しさの涙ではない。「綺麗だった」と、フユキもそれだけしか言わなかった。
「俺たちはあの二人にはなれないけど、俺たちが出来るだけの事しようや」
店自慢のねぎまを食べ終えたフユキの言葉に、ミキは頷いてウーロンハイを飲み干した。
「すみません、お代わりお願いします」
「はーい!」
沢山の食器を抱えて戻ってきた環琉が、元気よく答えた。
昴と環琉が帰った後、ミキの祖母は疲れたのかまた少し床に臥せった。しかし、帰る前に環琉に抱き締められたお陰か、今は元気になって三世代仲良く暮らしている。
かつての蛇の怨霊の事を民俗学の関係者などが聞きに訪れる事もあるが、祖母は決まってこう話した。
「もう、昔の事です。この山にあったという蛇の祟りは、今は鎮められて桜が綺麗なただの山ですよ」
と。
「はは、可愛いって言葉では足りませんよ。もうすぐ四歳になります」
今日は、ホールは人が多くて店長も出ないと対応が出来ない。まだ不慣れな環琉には、注文を聞くのと食べ終わった食器を下げて洗うので精一杯だった。これほど食洗器に感謝したことはない。
「すみません、二名です」
ようやく店が落ち着いた頃、若い男女が入って来た。環琉が視線を向けると、それはミキとフユキだった。
「どうぞ、こちらへ」
先代が、店長の代わりに焼いていた串を持つ手を止めて、カウンターに呼んだ。ミキは笑顔を見せて、フユキは頭を下げた。
「フユキ、ここの焼鳥美味しいんやで。好きなだけ食べ――あの、若神子さん紹介してくれて、ホンマに有難うございました。環琉さんにも、お世話になりました」
関西弁に戻ったミキは、好んでいたスカート姿ではなかった。ジーパンに、白いシャツ。長い髪はポニーテールにしていて、化粧っ気がなかった。フユキは環琉に頭を下げて、姉弟で並んでカウンターに座った。
「生ビールと、焼鳥の盛り合わせ。唐揚げとポテトフライ。枝豆も」
「私は、ウーロンハイお願いします」
「有難うございます」
先代は微笑んで、それから言葉を続けた。
「すっかり綺麗になりましたね。それに、そんなに力ありました?」
「あったみたいです。今日、私のマンションの荷物片付けてキャバクラ辞めて来ました。弟と、修行に奈良まで行くんですよ。ここにはお世話になったんで、挨拶に来ました」
「奈良と言えば――慈空さんね。そう、沢山食べて行ってください。『仲間』が増えるのは、嬉しい事ね」
環琉はおしぼりを二人に渡した。今日のお通しは、鳥皮ポン酢と茄子の揚げびたしだ。さっそくフユキが割りばしを割り、美味しそうにお通しを食べ始めた。
「なんか、こっちに帰ってきたら――ここでの暮らしが、何も意味ないって思えたんです」
ウーロンハイを口にしたミキは、ぽつりとそう呟いた。
「楽しかったし、仕事も頑張ってたけど――目標がなかったからやろうか? いや、違う。多分、昴さんと環琉さんに会って変わったんやわ」
「どういう事ですか?」
不思議そうに、環琉が尋ねた。
「ホンマに恐ろしいもんは、ひっそり黙って近付いて来る。キャバクラの友達にも、生霊や――水子抱えてる子が見えた。街を歩いていても、霊背負って平気に歩いてる人もおる。それがいつ牙をむくか、誰にも分からん。それを祓うもんは、多いほど助かる。それが、分かった。うちらの一族みたいに怯えて生きてる人間も、他に沢山おる。それを助けられるなら、頑張りたいって」
「修行って、厳しいねんで。姉貴、途中で挫折すんなよ?」
「せえへん! 絶対に、私も『祓い人』になるんや!」
先代と環琉が、小さく笑った。今は憧れが強いだろうが――祓い人の悲しく辛い現実が、この先この姉弟に待っているだろう。それに負けないで欲しい、と先代は祈った。かつて『自分が昴の手伝いをしていた』あの頃のような――。
「おふくろ、任せっぱなしでごめん! 環琉くん、座敷の食器片づけてくれる?」
店長が、ホールから慌てて戻ってきた。座敷にいた客が帰り、店長がレジをしていたのだ。
「はい」
環琉が慌てて座敷に向かう。その姿を見送りながら、ミキは声音を落として先代に訊ねた。
「あの、昴さんがすごい人だとは分かりました。でも――私、環琉さんも実はすごい人なんじゃないかって思うんです。何者なんですか?」
力のある人には、分かる。先代は、たまに聞かれるその問いにどこか切ない顔をした。
「環琉くんは――光の子よ。光で護られた、昴さんが闇に堕ちない為の存在。この世界の祈りなの」
先代の言葉は、抽象的だった。しかし、『闇』を抱える昴と対照的な存在である事は、ミキもフユキにも分かった。
「――光……」
二人が実家に来た時に『淀んでいる空気を消しておく』と、朝早くに環琉はフユキを連れて山の上に向かった。昴は同行しなかった。あとで聞けば「光が強すぎる」からだと、昴はそれだけ言った。フユキは山で環琉が何をしたかは言わなかった。ただ、泣いていた。悲しみや悔しさの涙ではない。「綺麗だった」と、フユキもそれだけしか言わなかった。
「俺たちはあの二人にはなれないけど、俺たちが出来るだけの事しようや」
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「はーい!」
沢山の食器を抱えて戻ってきた環琉が、元気よく答えた。
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「もう、昔の事です。この山にあったという蛇の祟りは、今は鎮められて桜が綺麗なただの山ですよ」
と。
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