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蛇神の生贄
蛇神の社
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「おばあちゃんが臥せってからは、私が朝夕のお供えを社に運んでいます。それと、お念仏も」
兄嫁のメグミさんが、炊き立ての白米と鳥の卵、塩、酒を乗せた盆を持ち二人の前を歩きながらそう教えてくれた。気を失ったミキは、とりあえず祖母の横に布団を敷いて寝かせている。お供えを持っていくメグミさんが、一緒に行かないかと声をかけてくれて二人は付いて来た。社は、家の裏側にあるという。
「失礼ですが、ここにお嫁に来る時怖くはなかったのですか?」
昴の言葉に、メグミさんは首を横に傾げた。メグミさんの肩には、不思議な光が小さく見えた。
「私は大学でナツキ――ああ、ミキちゃんのお兄さんです。旦那と知り合って、結婚の話が出た時に教えて貰いました。その時は、信じてなかったんですよ。ほら、田舎によくある昔話って『教訓じみたお話』って多くないですか? そんな感じだと思っていたんです。でも、結婚の挨拶に来た時に『あ、これは本当だわ』って思いました。でも、おばあちゃんがいると安心するんです。だから、結婚しました」
もう、随分陽が傾いている。裏庭も広く、大きな木が何本も植えられていた。蕾が付いている桜の木もあった。裏庭には草が多いのか、清涼感がある香りが漂っていた。すっきりとした気持ちになる。
ヨウコさんは社の横にある小さな灯篭にマッチで火を点けると、お供え物のお盆を社に供えて念仏を唱える。
ガサガサと木が揺れて、風が吹き抜ける。昴のコートが風にあおられて、大きく波打つ。
「本当なら、ミキちゃんがおばあちゃんの跡を継ぐはずなんだけど、ミキちゃんは力が大きすぎて蛇神様と合わないらしいの。憑りつかれるって、おばあちゃんが傍に寄らせないのよ。幸いと言うか、私は少しは蛇神様を鎮められる力があるそうなんで、おばあちゃんに教えて貰って代わりをしています」
「蛇神様、ですか」
環琉がその言葉を口にすると、また強い風が吹いた。ヨウコさんは髪を押さえる。
「ここから、首は覗けないんです。この社の下に埋められているそうで」
何度か試したんです、とヨウコさんは笑った。
「村人や寺の者がいなくなって、その間誰が鎮めていたんですか?」
「この家の誰かが、若い内に市内の寺に数年修行に行って、社を護っていたそうですよ。それまでは、この家も何人か子供が亡くなっているみたいです。辛かったでしょうね。写真を見せて貰いましたが、昔は子どもは五人程産んでいたそうです。いつ子供が蛇神様に食われるか分からなかったので。そうして生き残って社を継がなかった人たちは、少し下の所で住んでいます。私達の分家――親戚ですね。本家に何かあれば何時でも変われるそうに、だそうです」
もう何百年経つというのに、呪いの力は衰えていないようだ。
「おばあちゃんが倒れた時――私、妊娠していたんです」
昴と環琉が、ヨウコさんを見た。灯篭の明かりに移るヨウコさんの顔は、少し悲しげだった。
「家族の誰にも話していません――子供は、産まれてくることはありませんでした」
「――その子が力になって、あなたを助けていますよ。あなたの肩に、光るものが見えるんです。そのお話を聞いて、分かりました」
昴がそう話すと環琉が携帯電話を取り出して、メグミさんを撮った。そして、それをメグミさんに見せた。
「これ……」
夕日でも灯篭の光でもない事が分かる。キラキラと温かい小さな光がメグミさんの肩に寄り添っていた。
「男の子みたいですね。この子の力もあって、おばあさまの代わりが出来るようになったと思います。優しい子ですね」
「――この写真……私に送って貰えませんか?」
ヨウコさんの瞳に、涙が浮かんだ。環琉の携帯電話を持つ手が、震えている。
「勿論構いません、供養してあげてください。この子が、またこの世に生を受ける為に」
ヨウコさんは、片手で口を押えて声を押し殺して泣いた。
「ごめんね……守れなくて……」
また、大きな風が吹いた。昴は、暗い空を見上げた。闇のようで、闇よりも深く美しい顔が空を睨んでいた。
蛇の魂は、この社にはいない。
「ヨウコさん、家に戻りましょう。外は護りの力が弱い」
環琉がヨウコさんの手から携帯電話を受け取り、彼女を支えて家の裏口に向かう。
「あ、お供えは戻すんですか?」
「いえ、朝取りに来ます――夜の間に無くなっています。多分、猿が食べに来ているのかもしれません」
「猿なら――いいのですが」
灯篭の灯を消した昴は、環琉たちの後に続いた。何かがおかしい、そう感じていた。ようやく落ち着いたメグミさんは、涙を手の甲で拭って先ほどまでのように明るく笑った。
「おばあちゃんが、あなた達が来てくれたらもう安心だと言っていました。信じています。今日は、美味しいご飯を用意しています。ゆっくりして下さい」
「わあ、楽しみだな」
環琉が、嬉しそうに微笑んだ。昴は、感情がない顔で黙って後を歩いていた。
兄嫁のメグミさんが、炊き立ての白米と鳥の卵、塩、酒を乗せた盆を持ち二人の前を歩きながらそう教えてくれた。気を失ったミキは、とりあえず祖母の横に布団を敷いて寝かせている。お供えを持っていくメグミさんが、一緒に行かないかと声をかけてくれて二人は付いて来た。社は、家の裏側にあるという。
「失礼ですが、ここにお嫁に来る時怖くはなかったのですか?」
昴の言葉に、メグミさんは首を横に傾げた。メグミさんの肩には、不思議な光が小さく見えた。
「私は大学でナツキ――ああ、ミキちゃんのお兄さんです。旦那と知り合って、結婚の話が出た時に教えて貰いました。その時は、信じてなかったんですよ。ほら、田舎によくある昔話って『教訓じみたお話』って多くないですか? そんな感じだと思っていたんです。でも、結婚の挨拶に来た時に『あ、これは本当だわ』って思いました。でも、おばあちゃんがいると安心するんです。だから、結婚しました」
もう、随分陽が傾いている。裏庭も広く、大きな木が何本も植えられていた。蕾が付いている桜の木もあった。裏庭には草が多いのか、清涼感がある香りが漂っていた。すっきりとした気持ちになる。
ヨウコさんは社の横にある小さな灯篭にマッチで火を点けると、お供え物のお盆を社に供えて念仏を唱える。
ガサガサと木が揺れて、風が吹き抜ける。昴のコートが風にあおられて、大きく波打つ。
「本当なら、ミキちゃんがおばあちゃんの跡を継ぐはずなんだけど、ミキちゃんは力が大きすぎて蛇神様と合わないらしいの。憑りつかれるって、おばあちゃんが傍に寄らせないのよ。幸いと言うか、私は少しは蛇神様を鎮められる力があるそうなんで、おばあちゃんに教えて貰って代わりをしています」
「蛇神様、ですか」
環琉がその言葉を口にすると、また強い風が吹いた。ヨウコさんは髪を押さえる。
「ここから、首は覗けないんです。この社の下に埋められているそうで」
何度か試したんです、とヨウコさんは笑った。
「村人や寺の者がいなくなって、その間誰が鎮めていたんですか?」
「この家の誰かが、若い内に市内の寺に数年修行に行って、社を護っていたそうですよ。それまでは、この家も何人か子供が亡くなっているみたいです。辛かったでしょうね。写真を見せて貰いましたが、昔は子どもは五人程産んでいたそうです。いつ子供が蛇神様に食われるか分からなかったので。そうして生き残って社を継がなかった人たちは、少し下の所で住んでいます。私達の分家――親戚ですね。本家に何かあれば何時でも変われるそうに、だそうです」
もう何百年経つというのに、呪いの力は衰えていないようだ。
「おばあちゃんが倒れた時――私、妊娠していたんです」
昴と環琉が、ヨウコさんを見た。灯篭の明かりに移るヨウコさんの顔は、少し悲しげだった。
「家族の誰にも話していません――子供は、産まれてくることはありませんでした」
「――その子が力になって、あなたを助けていますよ。あなたの肩に、光るものが見えるんです。そのお話を聞いて、分かりました」
昴がそう話すと環琉が携帯電話を取り出して、メグミさんを撮った。そして、それをメグミさんに見せた。
「これ……」
夕日でも灯篭の光でもない事が分かる。キラキラと温かい小さな光がメグミさんの肩に寄り添っていた。
「男の子みたいですね。この子の力もあって、おばあさまの代わりが出来るようになったと思います。優しい子ですね」
「――この写真……私に送って貰えませんか?」
ヨウコさんの瞳に、涙が浮かんだ。環琉の携帯電話を持つ手が、震えている。
「勿論構いません、供養してあげてください。この子が、またこの世に生を受ける為に」
ヨウコさんは、片手で口を押えて声を押し殺して泣いた。
「ごめんね……守れなくて……」
また、大きな風が吹いた。昴は、暗い空を見上げた。闇のようで、闇よりも深く美しい顔が空を睨んでいた。
蛇の魂は、この社にはいない。
「ヨウコさん、家に戻りましょう。外は護りの力が弱い」
環琉がヨウコさんの手から携帯電話を受け取り、彼女を支えて家の裏口に向かう。
「あ、お供えは戻すんですか?」
「いえ、朝取りに来ます――夜の間に無くなっています。多分、猿が食べに来ているのかもしれません」
「猿なら――いいのですが」
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「おばあちゃんが、あなた達が来てくれたらもう安心だと言っていました。信じています。今日は、美味しいご飯を用意しています。ゆっくりして下さい」
「わあ、楽しみだな」
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