堕ちた神のなれの果てと氷の微笑みの美しい男

七海美桜

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蛇神の生贄

かつて村があった山奥

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「うちは、鎌倉幕府の頃から続く家系です。代々農業に従事してまして、昔はこの辺りには大きな村があったんです。江戸時代の終わりには村は無くなり、この山もうちが買い取って変わらず住んでおります――うちの家系の者は、この山を出る事がわ」
 ミキの祖母は、布団に横になったままなのを詫びてから、そう話し始めた。ミキが祖母の枕元に座り、少し離れて昴と環琉が座っていた。

「村があった頃、この村には白い大蛇が移り住んでいたと聞きます。白蛇は神の使いと聞きましたが――その蛇は、人間を食べて何百年も生きて来たそうです。そこで、村人は毎年餌となる人間を生贄として差し出しておりました。白蛇は、特に女や子供を好みました。ですが村人は、公平にするようにくじ引きで生贄を決めておりました」

 小さな頃、祖父から聞いた話だ。ミキは、もう十年ほど前に亡くなった祖父を思い出していた。
「ある時、修行僧と侍が村を訪れました。奈良から、京都の寺へ向かっている旅の途中だったそうです。村の事情を聴いたお二人は、白蛇を退治してくれると申し出てくれたそうです。かなりの戦いだったようで、侍は片目を失い修行僧は腹を裂かれて瀕死で村に帰って来られました。侍の手には、討ち取った白蛇の首があったそうです」

「まさか――白蛇の祟りを、この家が受けたのですか?」
 昴の言葉に、ミキの祖母は瞳を閉じた。
「その通りです――白蛇の首は、村に着くと呪いを吐きました。『この村の家系、末代まで祟る。子が産まれれば、その魂を奪い続ける。最後に神より祝福を受けた女を喰えば、我の望みは叶い復活する』と。京都の寺に行く事を辞めて、修行僧はこの村に寺を建てました。呪いを遮る為に、白蛇の首をやしろまつり首を斬った刀はこの家の『開かずの間』に封印しております」

「そんなものがあったの?」
 呪われた刀が、実家にあるとは知らなかった。弟はその刀を見て、を見たのだろうか。

「修行僧はこの村の女と子を生し、代々白蛇の呪いを薄める為に祈りました。侍は、村長だったこの家の娘の婿になりました――ですが、時代が進むにつれて村から人は出て行く。きっかけは、能力がない者が寺を継いだ事です。毎日祈っても、村で産まれる子が次々と死んでいく。自分の子供が産まれると、その住職は妻と子を連れて村から逃げた。あとを追う様に、村人たちは妻の腹に子が宿ると、呪われた村を去って行く――そうして、白蛇の呪いを我が家に残して、皆去りました。今は、白蛇の呪いを薄める祈りをする者が私しかおりません」

「ミキさんが――神に祝福された女、だと?」
 昴の問いに、ミキの祖母は瞳を開いて孫にその視線を向けた。申し訳ない、という泣きそうな顔だった。

「ミキが産まれた時、白蛇を祭っている社から声が聞こえました。『これで我は甦る』と。ミキは、私以上に能力がある。それを封印していますが、悪い者がミキにすり寄って来る――それらを祓うのも大変でした」
 ミキ本人ですら、初めて聞く言葉ばかりだ。まさか、男運が悪いと思っていたがそれが『悪い者』だったのだろうか。彼女は、唖然と祖母を見つめていた。

「フユキが『開かずの間』を開けた時、お前もいたんだよ――覚えていないのかい? 刀は、お前を斬ろうとした。そこに私が来て、お前のを与えて閉めた。それまで長かったお前の髪が、短くなったのはそれだよ」

 まるで映画を観ているかのように、古い記憶を思い出した。フユキが、開けようとした襖の後ろに自分はいた。笑いながら、フユキは襖を開けた――瞬間、彼の後ろに居たはずの自分が部屋の中に引きずり込まれた。驚いた顔になるフユキ。倒れ込んで埃っぽい部屋に入ったミキ。内側から、破れたお札が襖に張り付いているのを見た。はさみを手に自分に向かってくる祖母の姿。小さな頃から伸ばせと言われていた背中まであった髪を、祖母が鋏で切った。そうして、ミキを連れて部屋を出た。

 記憶が一気に流れ込んできて、パニックを起こしたミキが祖母の布団に倒れ込んだ。
「しっかりしなさい、ミキ!」
 祖母が声を上げて、環琉が立ち上がって彼女を抱き起した。
「髪は、身代わりになる――あなたは、よく知識を得て学ばれていらっしゃいますね。お札にも力を感じる。破らない限り、あれは出てこないでしょう」
「若い頃に、尼僧寺に修行に行きました。良い師匠に会い、短い期間に沢山の事を教えていただきました。ですが、私も歳を取りました――ここから離せば呪いは届かないと思いましたが、白蛇の呪いは強い……あなたが来て、安心しました。孫を、護ってください」

「約束しましょう。白蛇の呪いは、僕が鎮めます」
「おばあちゃんの具合も、良くなりますよ」
 環琉の言葉に、ミキの祖母は小さく笑った。
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