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蛇神の生贄
ミキの実家
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仕事の休みは、「困るなぁ」と言いながらもなんとか貰えた。それは、店の売り上げに多くミキが貢献しているお陰だ。他所に移られると困るので、店長は渋りながらも了承するしかない。報酬の支払いも、貯金があるから大丈夫だ。何にお金が必要になるか分からなかったので、多めに財布に入れておいた。あとは、クレジットカードもある。
新幹線のチケットを買い、簡単に荷物を用意したミキは昴に連絡した。
新幹線は、一時間と少し。京都の山奥に向かうには、ここから電車とバスを乗り継いだ。ミキの実家に着く頃には、夕方近くになっていた。
「綺麗な光景ですね」
ミキの実家は、山の上にある。まだ蕾の桜が、夕日に照らされていた。それを見た環琉は、瞳を細めてそう言った。
「有難うございます、花や風景だけが取り柄の田舎ですが」
環琉は、その光景が気に入ったようだ。珍しく、携帯電話で風景の写真を撮っていた。
「遠い所、ようこそ――まあ、俳優さん!?」
出迎えてくれたのは、ミキの母だった。ふくよかな体形の人の良さそうな顔が、昴を見て驚いたようなものに変わる。環琉も整った顔をしているが、昴といるとどうしても目立たない。環琉本人は、気にした事はない。
「違うよ、お母さん。電話で話した、お祓いをしてくれる若神子さん。こちらは、助手の永久さん」
「若神子です。今回は急に、申し訳ありません」
昴が丁寧にお辞儀をすると、ミキの母も慌てて頭を下げた。
「そうなんですね、娘がお世話になります。あまりにもお綺麗なんで、つい有名な方かと思いました。さあ、どうぞ中に」
ミキの家は、両親が京野菜を育てる農家だった。先祖代々農家で、今はブランド野菜として有名だ。大きな平屋の家だった。今は兄夫婦も手伝っていて、町に出ているのはミキと弟だけらしい。
「――すみません、少し失礼します」
案内されている最中、昴がふと足を止めた。廊下から見える仏間の奥の部屋が、気になったようだ。さっとそちらに足を向けた。
その部屋は、「開かずの間」だった。襖に、お札が貼られていたのだ。そう古くはないお札を見て、昴はミキの母を振り返った。
「この部屋は?」
「母から、この部屋は開けないように言われています。この子の弟が部屋を一度開けた事があって、それからお札を張る様になりました」
ミキの母は、困った様な顔をしている。
「あれ? 昔から、お札貼ってなかった?」
ミキの記憶には、小さな頃からこの部屋の襖にはお札が貼ってあった――いや、違う。部屋の中に貼ってあったのかもしれない。
いや、おかしい。自分は、この部屋に入った事はない。中学生の頃、弟のフユキがこの部屋を開けてから、外を怖がって自分の部屋に引きこもるようになった。そう親と祖母から聞いた気がする。食事も、母や自分が彼の部屋に運んでいた。そうして不登校が続いたので、フユキは親戚の家に預かられた。そこでは、普通に外に出られるようになったらしい。
部屋の中を見たのは、フユキだけだ。自分は見ていない。なのに、何故部屋の中にあるお札の存在を知っているのだろう。
「――不思議な二人を連れて来たなぁ」
聞こえた声に、ミキははっと我に返った。それは、衰弱して布団に寝たきりのはずの祖母の声だった。
「おばあちゃん!」
「若神子と、こちらは永久です」
昴は、丁寧に挨拶をした。ミキの母が、慌てて支える為に傍に寄る。
廊下の向こうには、小さな老女がいた。顔色が良くない上に、身体がふらついている。随分衰弱しているようだ。ミキの母に支えられると、苦しそうに息を吐いた。
「お話が出来るようなら、横になってください――お孫さんは、僕たちが助けます」
「六十年読経して修行をした僧侶が祓えなかったあれを、あんたは祓えるんか?」
「六十年以上の能力を持っておりますので」
昴は、真面目な顔をしてそう答えた。老女はその答えに満足したのか、ゆっくりとした足取りで奥へと歩き出した。
「お茶を飲んでゆっくりしてから、私の部屋に来てください。古い話をします」
「ミキ、おばあちゃん部屋に連れて行くからお二人にお茶を用意してあげて」
ミキの母が、そう言って祖母の身体を支えながら奥の部屋へと消えた。
「あの……こちらへどうぞ」
母の言葉に従い、ミキは二人を居間に案内した。
「おばあさん、焼鳥屋の先代くらいの能力があるね。すごい精神力だよ、よく今まで耐えて来たね」
「え……?」
環琉の感心したような言葉に、お茶を用意していたミキは怪訝そうな顔になった。
「ずっと、おねーさんを護っていたみたい。早く片付けて、おばあさんを楽にさせてあげないと。知らなかった? おねーさんは、ずっとおばあさんに護られていたんだよ」
環琉の言葉に、ミキは祖母の部屋のある方に視線を向けた。
新幹線のチケットを買い、簡単に荷物を用意したミキは昴に連絡した。
新幹線は、一時間と少し。京都の山奥に向かうには、ここから電車とバスを乗り継いだ。ミキの実家に着く頃には、夕方近くになっていた。
「綺麗な光景ですね」
ミキの実家は、山の上にある。まだ蕾の桜が、夕日に照らされていた。それを見た環琉は、瞳を細めてそう言った。
「有難うございます、花や風景だけが取り柄の田舎ですが」
環琉は、その光景が気に入ったようだ。珍しく、携帯電話で風景の写真を撮っていた。
「遠い所、ようこそ――まあ、俳優さん!?」
出迎えてくれたのは、ミキの母だった。ふくよかな体形の人の良さそうな顔が、昴を見て驚いたようなものに変わる。環琉も整った顔をしているが、昴といるとどうしても目立たない。環琉本人は、気にした事はない。
「違うよ、お母さん。電話で話した、お祓いをしてくれる若神子さん。こちらは、助手の永久さん」
「若神子です。今回は急に、申し訳ありません」
昴が丁寧にお辞儀をすると、ミキの母も慌てて頭を下げた。
「そうなんですね、娘がお世話になります。あまりにもお綺麗なんで、つい有名な方かと思いました。さあ、どうぞ中に」
ミキの家は、両親が京野菜を育てる農家だった。先祖代々農家で、今はブランド野菜として有名だ。大きな平屋の家だった。今は兄夫婦も手伝っていて、町に出ているのはミキと弟だけらしい。
「――すみません、少し失礼します」
案内されている最中、昴がふと足を止めた。廊下から見える仏間の奥の部屋が、気になったようだ。さっとそちらに足を向けた。
その部屋は、「開かずの間」だった。襖に、お札が貼られていたのだ。そう古くはないお札を見て、昴はミキの母を振り返った。
「この部屋は?」
「母から、この部屋は開けないように言われています。この子の弟が部屋を一度開けた事があって、それからお札を張る様になりました」
ミキの母は、困った様な顔をしている。
「あれ? 昔から、お札貼ってなかった?」
ミキの記憶には、小さな頃からこの部屋の襖にはお札が貼ってあった――いや、違う。部屋の中に貼ってあったのかもしれない。
いや、おかしい。自分は、この部屋に入った事はない。中学生の頃、弟のフユキがこの部屋を開けてから、外を怖がって自分の部屋に引きこもるようになった。そう親と祖母から聞いた気がする。食事も、母や自分が彼の部屋に運んでいた。そうして不登校が続いたので、フユキは親戚の家に預かられた。そこでは、普通に外に出られるようになったらしい。
部屋の中を見たのは、フユキだけだ。自分は見ていない。なのに、何故部屋の中にあるお札の存在を知っているのだろう。
「――不思議な二人を連れて来たなぁ」
聞こえた声に、ミキははっと我に返った。それは、衰弱して布団に寝たきりのはずの祖母の声だった。
「おばあちゃん!」
「若神子と、こちらは永久です」
昴は、丁寧に挨拶をした。ミキの母が、慌てて支える為に傍に寄る。
廊下の向こうには、小さな老女がいた。顔色が良くない上に、身体がふらついている。随分衰弱しているようだ。ミキの母に支えられると、苦しそうに息を吐いた。
「お話が出来るようなら、横になってください――お孫さんは、僕たちが助けます」
「六十年読経して修行をした僧侶が祓えなかったあれを、あんたは祓えるんか?」
「六十年以上の能力を持っておりますので」
昴は、真面目な顔をしてそう答えた。老女はその答えに満足したのか、ゆっくりとした足取りで奥へと歩き出した。
「お茶を飲んでゆっくりしてから、私の部屋に来てください。古い話をします」
「ミキ、おばあちゃん部屋に連れて行くからお二人にお茶を用意してあげて」
ミキの母が、そう言って祖母の身体を支えながら奥の部屋へと消えた。
「あの……こちらへどうぞ」
母の言葉に従い、ミキは二人を居間に案内した。
「おばあさん、焼鳥屋の先代くらいの能力があるね。すごい精神力だよ、よく今まで耐えて来たね」
「え……?」
環琉の感心したような言葉に、お茶を用意していたミキは怪訝そうな顔になった。
「ずっと、おねーさんを護っていたみたい。早く片付けて、おばあさんを楽にさせてあげないと。知らなかった? おねーさんは、ずっとおばあさんに護られていたんだよ」
環琉の言葉に、ミキは祖母の部屋のある方に視線を向けた。
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