堕ちた神のなれの果てと氷の微笑みの美しい男

七海美桜

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蛇神の生贄

生霊

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 少し道に迷ってしまった。迷いながら辿り着いた喫茶店『来夢』の中に入ると、珈琲の香りと優しいミルクの香りに何処かホッとした息を零した。
「いらっしゃいませ」
 上品な、着物に割烹着姿の女店主がにっこり笑った。その顔を見て、やはり祖母を思い出す。

「あの、人と待ち合わせしていまして」
「若神子様でしょうか?」
 慣れたように、女店主はそう返した。ミキは、大きく頷いた。今日は、白地にオレンジの花が印刷されたワンピース姿だった。薄い緑色のカーディガンを羽織っている。

「では、奥のお席へどうぞ」
 手で指示されたのは、道が見える大きな一枚ガラスが並ぶテーブル席だった。ミキは店主に頭を下げてから、一番奥の席に座った。

 女店主は、二人分のおしぼりと水を持ってくる。自分は一人なのに誰かいるのだろうかと、ミキは少し青い顔をした時。入り口の扉が開いて「こんにちは」と誰かが入って来た。
「いらっしゃい、環琉くん。丁度いらしてますよ」
 女店主は、その声で誰か分かっているようだった。そう話しながらミキの正面に、おしぼりと水を置いた。
「あれ? おねーさん、会った事ありますよね」
 女店主越しに顔を見せたのは、紹介して貰った焼鳥屋の店員だった。
「あなた、焼鳥屋の……?」
 そう言われて、ミキは直ぐに思い出した。優しい光を感じた青年だったから、覚えている。
「ああ、やっぱり。ミキさんですよね」
「あなたが、若神子さんなの? 私は、電話で依頼したミキです」
 青年はミキの前に座ると、女店主に顔を向けた。
「梓さん、俺モーニングセット。珈琲はいらないから、コーラで」
「相変わらず、珈琲が好きじゃないのね。分かりました――お嬢さんは?」
 孫を見るかのような優しい視線を彼に向けてから、梓と呼ばれた女店主はミキに視線を移した。そう言えば、ここは喫茶店だった。ミキは慌ててドリンクのメニューを見た。
「私は、ロイヤルミルクティーのホットをお願いします」
「分かりました」
 軽く頭を下げて、梓は厨房へと姿を消した。
「俺は、永久環琉です。若神子さんの、助手みたいなのです。五分前には、来ますからもう少し待ってくださいね」
 おしぼりで手を拭いてから、環琉と名乗った青年はにこりと笑った。
「おねー……ミキさん、男運悪いですね」
「え?」
 そう言われて、ドキリとした。確かに歴代の彼氏はクズばかりだったし、客も変な男が多い。やはり、それらの誰かが、自分にいるのだろうか。しかし焼鳥屋で名刺をくれた女性は、が見えると言っていた。

「お待たせしました」
 厨房から、梓が出て来た。温かそうなロイヤルミルクティーをミキの前に置き、いちごジャムが塗られている大切りのトーストとサラダ、ゆで卵、コーラが置かれた。
「ごゆっくり」
 そう言って再び姿を消した梓だが、豆を削る音が聞こえて店内に珈琲のいい香りが強く漂い始めた。

「来ましたよ」
 環琉がそう言って、トーストを齧った。不思議そうな顔になったミキだったが、彼女の耳に再び扉が開く音が聞こえた。

 闇が溶けたような、綺麗な顔の男が見える。ミキとは正反対に、黒尽くしの恰好をしている。このスタイルは人を選ぶが、この男にはよく似合っていた。白く整った顔を引き立たせていて、神秘的な美しさをより強く人に魅せていた。芸能人を見た時よりも興奮したように、ミキはその美しい男に見惚れていた。

「若神子昴です、よろしくお願いします」
 声まで、美しかった。その言葉にミキははっと我に返り、慌てて頭を下げた。
「あの、今日はよろしくお願いします」
 まるでお見合いのような変な挨拶をしてしまい、ミキは赤くなった。しかし昴と名乗った男は気にしていないようで、梓に軽く頷いた。そうして、環琉の横に座る。

「――関係なさそうなものまでいますね。邪魔なので、祓っても構いませんか?」
「え?」
 昴は一応断りを入れた。理解出来ていないミキが不思議そうな声を上げる。環琉が携帯電話を取り出して、不意にミキの写真を撮った。それに意識が向きそうになるミキに、昴が続けた。
「男の生霊が三体、憑いています。残しておきますか?」
「い、生霊!? い、いりません!」
 昴は、その言葉を聞くと瞼を伏せた。その瞬間、昴を包んでいたがミキの背中に潜り込んだ気がした。音が聞こえなくなる。ただ、昴の横に座っている環琉だけがキラキラとして見えて、ミキは眩しくて瞳を閉じた。

「大丈夫です、祓いましたよ」
 その言葉に目を開けると、日常の音が元に戻っていた。思わず、汗が一筋ミキの額に流れた。
「この人たちです」
 環琉が、さっき撮影した写真を見せた。不思議そうな顔をしているミキの背後――ぐにゃりと歪んだ男の顔が三人並んでいた。それを見て「ひぃ」とミキが声を上げた。見覚えがある、店を出禁になった男達だ。彼らがこの男達を知っているとは思えない。それに、撮影してすぐにこんな加工は出来ない。

 本物だ、とミキは息を飲んだ。

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