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待っている女
眠りから覚める
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「人の生まれ変わりのサイクルは、僕にも分からない。子供を失った親の元に、三年後再び子供として生まれ変わって帰って来た例もある。これは、生まれ変わりの者達が同じ過ちを繰り返す物語なのだろうか?」
昴はそう口にしたが、誰かに問いかけた訳ではない。事実、環琉は何も答えなかった。途中コンビニで買ったコーラを飲んでいた。まだ冷たいが、缶には滴がまとわりついていた。
二人は、例の山の廃病院跡に来ていた。
「百万円」という法外な金額を、学生の三人は次の日の今日焼鳥屋に持って来た。トオルの見舞いに行ったと言っていたので、あの姿にならずに済んだ事を安心しているのかもしれない。この百万円は、彼女たちが惜しむ金額ではなかった。
「ケンちゃんには言わないで欲しいんです。私は――この子たちも、トオルのお金が欲しかっただけで本気じゃなかった。私は、ケンちゃんの事が好きで……」
「それ、俺に関係ありますか?」
銀行の帯封が付いていたので、環琉は敢えて札を数えなかった。焼鳥屋が開店する準備をしている最中に訪れた彼女達は、環琉を店の裏に呼び出して封筒ごと差し出した。それを、環琉は受け取り中身を確認してエプロンのポケットに無造作に入れた。
「え……?」
あの優しい光を放っていた環琉の言葉とは思えなかった。あの光を見た彼女たちは、環琉を「優しい人」だと思い込んでいた。
「俺、そういうの興味ないんで。ケンジさんには、依頼されているんで事実をそのまま伝えます。あなたがどうして欲しいかじゃない。真実しか言わない。あなたは、ケンジさんに直接謝罪すればいいんじゃないですか? じゃあ、俺忙しいんで」
そう言うと、環琉は空のビールケースを持って店内に入っていく。唖然とした三人の女子大生の首には、見える人には見える痣がまるで首を吊ったかのように残っていた。環琉に縋ろうとしたが、他の二人に諭された様にアカリは焼鳥屋から姿を消した。
「あ、領収証必要か聞くの忘れてた」
「君は、本当にそういう所気を付けるべきだよ。今回はケンジくんに渡すといい」
コーラを飲み干した環琉は、忘れないようにスマホを取り出して「ケンジさんに百万の領収書」と、メモに書いておいた。空いた缶は、前側に肩から斜めに下げたカバンに入れた。以前飲み残しのままカバンに入れて濡れてしまったので、気を付ける様にしている。今回カバンには、百万も入っているので、濡れると昴に怒られる。
「そのお金は明日、梓さんに何時ものように渡しておいてくれ」
そう言いながら、昴はケンジから貰った動画を見ていた。もう二度ほど見ているので、何かを探しているのだろうと環琉は指示されるのを待っていた。
「診察室の、壁だ」
そう言うと、昴はスマホをポケットに入れて歩き出した。環琉は黙ったまま、その綺麗な闇が溶けたような男の後ろに付いて行った。空き缶を入れた時に取り出した、懐中電灯を手にしている。
「ここ――僅かだが、色が違う。壊してくれ」
昴はそう言うと、コートのポケットに入れていた金槌を取り出す。そうして、それを環琉に差し出した。環琉は大人しくそれを受け取ると、懐中電灯を代わりに昴に渡した。
「勝手に壊していいんですか?」
「もう、半壊している。ここを壊したぐらいで、どうにもならないよ」
埃や土に環琉は咳き込みながら、出窓の下の木の板を叩き割る。当時はモダンな作りだったのだろう。所々木も腐っていたが、ここに使われた木の板は二重になっていた。
「――居ました」
半分ほど叩き割った環琉は、一度手を止めると出窓の下の空間に隠されていたものを確認した。
「ようやく、彼女も解放されるだろう」
昴は静かにそう言った。環琉に確認しなくても、それが殺された当時の寝間着姿の――白地に藍染めの模様が入った浴衣姿の骸が隠されていると、見えていた。
「アカリさんの前世だったスズコさんに殺された、古い方のリョウコさん。ここで、ずっと眠っていたのに――トシノリさんの生まれ変わりの、トオルさんに起こされた。いや、もしかして待っていたのかな? 生まれ変わっても、同じ男に弄ばれた女の末路だ。まあ、スズコさんもトシノリさんも、ろくな死に方じゃなかっただろう」
「神様なんて、いないよ。同じ魂がこんなに不幸な目に遭わされるなんて――不公平だ。人間にとって神の試練は、死すら不幸だ」
「君が神の存在を口にするなんてね。いいや、環琉くん。死は平等だ。人間だけじゃない、生きているものに平等に与えられた、唯一の神の情けだ。まだ君は、それを受け入れられないのかい?」
黙ったまま、環琉は板を破壊する。そうして、白骨化したリョウコだった骸がポタリと診察室の床に落ちた。
トシノリの情けなのか赦しなのか――その骨は、リョウコの母の形見らしい柘植の櫛を手にしていた。
「次こそ、トシノリとスズコの生まれ変わりに出会わず……幸せになって欲しい」
「さて、警察に連絡をしよう――あ、善積警部に連絡してくれよ? 他の人だと、説明が面倒だ」
二人は、リョウコの骸に手を合わせた。
昴はそう口にしたが、誰かに問いかけた訳ではない。事実、環琉は何も答えなかった。途中コンビニで買ったコーラを飲んでいた。まだ冷たいが、缶には滴がまとわりついていた。
二人は、例の山の廃病院跡に来ていた。
「百万円」という法外な金額を、学生の三人は次の日の今日焼鳥屋に持って来た。トオルの見舞いに行ったと言っていたので、あの姿にならずに済んだ事を安心しているのかもしれない。この百万円は、彼女たちが惜しむ金額ではなかった。
「ケンちゃんには言わないで欲しいんです。私は――この子たちも、トオルのお金が欲しかっただけで本気じゃなかった。私は、ケンちゃんの事が好きで……」
「それ、俺に関係ありますか?」
銀行の帯封が付いていたので、環琉は敢えて札を数えなかった。焼鳥屋が開店する準備をしている最中に訪れた彼女達は、環琉を店の裏に呼び出して封筒ごと差し出した。それを、環琉は受け取り中身を確認してエプロンのポケットに無造作に入れた。
「え……?」
あの優しい光を放っていた環琉の言葉とは思えなかった。あの光を見た彼女たちは、環琉を「優しい人」だと思い込んでいた。
「俺、そういうの興味ないんで。ケンジさんには、依頼されているんで事実をそのまま伝えます。あなたがどうして欲しいかじゃない。真実しか言わない。あなたは、ケンジさんに直接謝罪すればいいんじゃないですか? じゃあ、俺忙しいんで」
そう言うと、環琉は空のビールケースを持って店内に入っていく。唖然とした三人の女子大生の首には、見える人には見える痣がまるで首を吊ったかのように残っていた。環琉に縋ろうとしたが、他の二人に諭された様にアカリは焼鳥屋から姿を消した。
「あ、領収証必要か聞くの忘れてた」
「君は、本当にそういう所気を付けるべきだよ。今回はケンジくんに渡すといい」
コーラを飲み干した環琉は、忘れないようにスマホを取り出して「ケンジさんに百万の領収書」と、メモに書いておいた。空いた缶は、前側に肩から斜めに下げたカバンに入れた。以前飲み残しのままカバンに入れて濡れてしまったので、気を付ける様にしている。今回カバンには、百万も入っているので、濡れると昴に怒られる。
「そのお金は明日、梓さんに何時ものように渡しておいてくれ」
そう言いながら、昴はケンジから貰った動画を見ていた。もう二度ほど見ているので、何かを探しているのだろうと環琉は指示されるのを待っていた。
「診察室の、壁だ」
そう言うと、昴はスマホをポケットに入れて歩き出した。環琉は黙ったまま、その綺麗な闇が溶けたような男の後ろに付いて行った。空き缶を入れた時に取り出した、懐中電灯を手にしている。
「ここ――僅かだが、色が違う。壊してくれ」
昴はそう言うと、コートのポケットに入れていた金槌を取り出す。そうして、それを環琉に差し出した。環琉は大人しくそれを受け取ると、懐中電灯を代わりに昴に渡した。
「勝手に壊していいんですか?」
「もう、半壊している。ここを壊したぐらいで、どうにもならないよ」
埃や土に環琉は咳き込みながら、出窓の下の木の板を叩き割る。当時はモダンな作りだったのだろう。所々木も腐っていたが、ここに使われた木の板は二重になっていた。
「――居ました」
半分ほど叩き割った環琉は、一度手を止めると出窓の下の空間に隠されていたものを確認した。
「ようやく、彼女も解放されるだろう」
昴は静かにそう言った。環琉に確認しなくても、それが殺された当時の寝間着姿の――白地に藍染めの模様が入った浴衣姿の骸が隠されていると、見えていた。
「アカリさんの前世だったスズコさんに殺された、古い方のリョウコさん。ここで、ずっと眠っていたのに――トシノリさんの生まれ変わりの、トオルさんに起こされた。いや、もしかして待っていたのかな? 生まれ変わっても、同じ男に弄ばれた女の末路だ。まあ、スズコさんもトシノリさんも、ろくな死に方じゃなかっただろう」
「神様なんて、いないよ。同じ魂がこんなに不幸な目に遭わされるなんて――不公平だ。人間にとって神の試練は、死すら不幸だ」
「君が神の存在を口にするなんてね。いいや、環琉くん。死は平等だ。人間だけじゃない、生きているものに平等に与えられた、唯一の神の情けだ。まだ君は、それを受け入れられないのかい?」
黙ったまま、環琉は板を破壊する。そうして、白骨化したリョウコだった骸がポタリと診察室の床に落ちた。
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「次こそ、トシノリとスズコの生まれ変わりに出会わず……幸せになって欲しい」
「さて、警察に連絡をしよう――あ、善積警部に連絡してくれよ? 他の人だと、説明が面倒だ」
二人は、リョウコの骸に手を合わせた。
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