堕ちた神のなれの果てと氷の微笑みの美しい男

七海美桜

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待っている女

浄化した魂

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「めぐちゃん」
 注文の唐揚げを油の中から取り上げながら、店長は少し青い顔をしながら小さく声をかけた。
「急に、女の子が増えたよね……が、だよね?」
 店長には少し霊感がある。先代はもっとある。その霊感ゆえの、昴との付き合いだ。環琉が「そうですよ」と言うと、店長は少し困った様に笑った。
「昴さんの助手になれなかったのに、未だに見えるんだよね。見えなくていいのに」
 カラッと揚がった唐揚げは、とても美味しそうだ。そろそろお腹が空いてきた環琉は、いい香りに腹が鳴るのを我慢しながらそれをテーブル席へと運ぶ。

 他の席は、未だに座敷の一角の違和感に気が付かない。いや、昴が結界を張っているのだ。

「!」

 途端、三人の女子大生と昴と環琉、店長の脳裏に幾つかの場面が強制的に浮かんだ。赤いワンピースの女――リョウコが見せたのだろう。

 ベッドで抱き合う、トオルと三人の女子大生。札束。泣き叫んでいるだろうリョウコの頬を殴るアカリ。笑う二人とトオル。アカリのスマホに表示される、リョウコと口元しか映っていないトオルが裸で抱き合う姿の画像。トオルの運転で山へ向かう三人の女とリョウコ。山頂でリョウコを無理やり降ろす女達。真っ暗な山の中に、一人降ろされたリョウコ。折れたヒールを捨て裸足で必死に降りると、中腹で見つけた病院跡。その木にまるで首を吊れと言わんばかりに下げられた縄。縄に届くように置かれた椅子は、病院跡から持ち出されたものだろうか。その木に何かが張り付けられている――行為中のリョウコの写真だ。リョウコはそれを剥がして、泣きながら破り捨てた。その破片が、風に乗り山に飛んでいく。そうして、全てを諦めたようにリョウコは縄に首を入れた。蹴とばされて、転がる椅子。木の枝からぶら下がったリョウコ。

『馬鹿にして……私は、純粋に好きだった……あんた達は、私を馬鹿にして笑った……トオルくんにお金を貰って、あんた達は彼と寝ていた……知らない間に撮った私の写真をばら撒くって……嫌なら奴隷になれって……アカリはケンジくんがいるのに平気で裏切って……憎い憎い憎い憎い憎い!』

 頭の中で、リョウコが怒鳴る声が響く。二人の女子大生は「違うの!」やら「ごめんなさい!」やら呟いていたが、アカリは隣のリョウコを睨んでいる。
「……馬鹿じゃないの、自分で首吊ったんでしょ? あれは冗談だったのに。優しいトオルは、つまんないあんたの相手をしてくれたじゃない。本当はね、トオルは私達みたいな女が好きなのよ。背伸びしてそんな赤いワンピース着て……馬鹿みたい」
 清楚系なアカリとは思えない言葉だ。ひどく意地悪そうな顔で、リョウコを睨みながらそう言った。リョウコが纏う空気が、どす黒く冷たくなった。

「店長―。なんか、クーラー効き過ぎじゃない?」
 他の客が、そうほろ酔いで声を上げた。店長は「すみません、温度上げますね」と返す。だが、クーラーの温度は変わっていない。だから、店長も調節はしない。

「君、怖くないの?」
 昴の言葉に、アカリははっと我に返ったようだ。何も言わず、黙り込んだ。

「リョウコさん、恨んで呪いを溜め込まなくていい。君が闇に落ちなくてもいいんだよ。呪えば呪うほど、君に光は届かなくなる。彼女達には、いずれ罰が下される」
 昴の言葉に、リョウコが初めて顔を上げた。まだ幼い、あどけない顔だった。赤いワンピースではなく、アカリの様な清楚な服が似合う――いや、アカリより似合うはずの優しい顔だった。

「その呪い――僕がしずめます」

 白い昴の指が、リョウコの額に添えられた。昴を包んでいた黒い影のようなものが現れて、大きく吸い込む。すると、リョウコを包んでいたどす黒い空気が『影』に吸われて消えた。すると、周りの雑音が大きく聞こえるようになった。

「今なら、まだに行けるよ。さあ、今度はこんな汚れた人たちと関わらずに、幸せになるんだ――環琉くん」
 呼ばれた環琉がリョウコの前に立つと、環琉はにこりと笑ってリョウコの頭を優しく撫でた。環琉の身体から、温かな空気が溢れてリョウコを包んだ。
人に訪れる死を忘ることなかれメメント・モリ。死を受け入れて、新しい道を君に」

「――ありが、とう……」
 リョウコは、泣きながら笑った。その涙が頬を伝い落ちそうな時――温かな光に包まれてリョウコの身体は上に登って行き、キラキラと眩しさの中消えた。

「なんで……?」
 その様子を見ていたアカリが、思わず環琉に声をかける。
「あなた、祓えないって……」

「俺は、祓えませんよ。でも、事は出来ますので」

 環琉はそう言うと、空いたグラスを持って厨房に戻った。二人の女子大生は、ぐすぐすと泣いていた。

 厨房に戻ると、店長も目頭を押さえていた。
「久し振りに見たよ――やっぱり、環琉くんは『温かい』ね」
 その言葉に不思議そうな顔になりながら、環琉は洗い物をまとめて業務用の食洗器へと入れていく。環琉が纏っていた温かな光も、次第に薄くなっていく。

「君たち三人分で、百万だ――後日、環琉くんに渡してくれ。では、失礼する」
 昴は冷たくそう言って、焼鳥屋を後にした。
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