堕ちた神のなれの果てと氷の微笑みの美しい男

七海美桜

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待っている女

雨の日の契約

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「それから近くの寺や神社にお祓いに行ったんだけど、何でかトオルの首を絞めてる手は俺たちしか見えないみたいで、『気のせいでは?』って追い返されて……」
 ケンジはそこまで話すと、疲れたように肩を落とした。話しの間に、環琉はナポリタンを食べ終えた。紙ナプキンで、ケチャップの汚れを拭いていた。
「どうして、トオルさんを連れて来なかったんですか?」
 拭き終わると、昴が何かを言う前に彼がそう聞いた。その手を祓うなら、サトルがここに来なければならない。しかしケンジは、力なく首を横に振った。
「何かアイツ、ぼんやりしたままになって食事もしないし時々悲鳴上げたり笑い出したり、おかしくなって……あいつのお父さんが、精神病院に連れて行って今入院してるんです。昨日見舞いに行ったんすけど、やっぱり左右の腕が二対首絞めてました……赤くなってた所が少し紫色になってました」
 昴は、最後の珈琲一口を飲み干した。

「君たちが行った廃病院の場所と、撮影していた動画、トオル君の入院している病院の場所を助手に送って貰えますか? 話は分かりました、もう帰って頂いて結構です。一週間以内に片付けておきます」
「え……?」
 ケンジは、それだけでいいのか? というような顔になった。
「あの、お祓いのお金とか――他に、俺たちに何か出来る事ないんですか?」
 ケンジは動揺した顔で、綺麗な顔で何処か遠くを見ている昴に訊ねる。そんな彼に、昴は紫にも見える黒い瞳でケンジを見つめた。その美しさに、ケンジは思わず見惚れてしまった。

「報酬は、成功報酬で――詳しくは、喫茶店ここの女店主に聞いてくれますか。渡すのも、彼女に頼みます」
「はい……分かりました」
「大丈夫ですよ、普通の霊っぽいんで料金は安いと思います」
 ケンジの顔は『払えるだろうか?』という少し不安を滲ませた顔になっていた。そんな彼に、環琉は小さく笑いながら小さな声で教えて上げた。
「あの――本当に、幽霊なんでしょうか? あの時、俺たち本当に怖くて異常な空間にいた気分になって……誰も信じてくれないのに、若神子さんは信じてくれるんですか!?」

「信じますよ。君の足元にがいますから」
「え?」
 昴の言葉に、ケンジは自分の足元を見た。チノパンにサマーサンダル。コンクリートの喫茶店の床。何も見えない。

 パチン

 昴が、指を鳴らした。すると、ケンジの足に巻き付くように煙が上がった。
「わぁ!」
 驚いたケンジが飛び上がって、椅子から落ちた。その煙は彼の肌を焼くことはなく、ゆっくりと上に登って行って消えた。転んだ姿のまま、ケンジはそれを茫然として見上げた。
「君は無関係だけど、近しい人が関与しているからほんの少し憑かれていたようだね。軽く結界を張っておいたよ。心配なら、リキヤ君の知り合いのおばあさんに塩を貰っておくといい。ないよりはマシだ」
「――ただのバーさんが念仏唱えた塩って、幽霊に効くんですか?」

 高価な塩を売りつけない昴に、ケンジは彼が『本物』だと感じたようだ。だが坊主や神主ではない年寄りがただ念仏を唱えた塩が、女の幽霊を退けた事が未だに信じられなかった。どうせなら、昴が念を込めた塩なりお守りが欲しかった。
「信仰より強いものを、君は知っているかな?」
 窓の外が次第に暗くなり、ポツポツと雨が降り始めて来た。窓に雫が落ちていく。

「見えないものを信じる心だよ。目に見えないものを、うやまうこと。それによって、『力』が宿る。そのおばあさんは霊能力ではないかもしれないけれど、神や仏を敬っている。敬われた存在は、感謝を力にする――その力のお陰だよ、塩を貰えたことを感謝しておくといい」


 ケンジは二人に頭を下げてから梓に自分の連絡先を伝え、三人分の会計をして雨の降る外に出て行った。
今時いまどきの子も、肝試しなんてするんですね」
 クリームソーダを飲みながら、環琉は雨の中走っていくケンジの姿を眺めていた。
「君だって。人間は見えないもの、知らないものに興味を抱くものさ――それが、滅びの道だとしてもね」
 そう言うと、昴は立ち上がった。慌てて環琉がクリームソーダを飲み干した。

「まずは、トオル君の面会に行こう。女の幽霊とコンタクトを取りたい」
 環琉のスマホが、ピコンと音を鳴らした。先ほどケンジに連絡先を教えていたので、昴の質問の答えを送ってきたのだろう。

 確認すると、確かにトオルの入院している病院、廃病院の位置情報、動画が添付されていた。
「ご馳走様、梓さん。今回の事、よろしくね」
 昴はドアに向かいながら、厨房にいる梓に声をかけた。
「いつもの事でしょう、任せておいて。あなた達、気を抜かず頑張りなさいね」
 梓の言葉に、昴は頷いた。環琉も「はい!」と挨拶をして、外に出た。暑い空気が雨によって抑えられているが、湿度が高くて嫌な空気感だった。

「――誰かの、涙雨かな」
 昴はそう呟くと、傘スタンドに立てていた自分の黒い傘を手にした。その姿も美しいが、環琉には見慣れた光景だった。

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