堕ちた神のなれの果てと氷の微笑みの美しい男

七海美桜

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待っている女

ケンジの話・下

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 四人揃って診療所を出ると、何故か肌が粟立つ感覚がした。キーンと耳鳴りもして、ここにいる事が酷く怖く思えた。

「おい、あれ……」

 サトルが、スマホを撮影したまま女子大生が首をくくったという大きな木を指差した。他の三人が、その言葉につられる様に視線を向ける。

 赤い色が闇の中に見えた。ぼんやりとした懐中電灯の向こうに、長い黒髪の女がいた。赤いワンピース姿だ。顔は下を向いているので、表情も人相も見えない。足は裸足だった。裸足で歩き回ったのか、足は泥や砂で汚れている。

 生気のない様子に、四人は凍り付いた。特にトオルは、「ひぃ」と小さな声を上げて、ケンジの後ろに隠れた。
 連れがいる様に見えず、こんな姿の女が零時過ぎに山奥に居るのがとても奇妙だ。

 四人と女は、暫く見つめ合った――動いたのは、女だった。

「……裏切り……許さない……許さなぁい……」

 低い地の底からのような言葉に、四人は飛び上がって車がある方の通りに逃げ出した。女は、ぎこちない動きで後を付いて来る。ケンジたちは走るが、足がもつれて何度も転びそうになる。

「ひぃ! 前!」

 リキヤが叫んだ。前方の二股の道にある藪の前に、別の女がいた。こちらの女も長い黒髪だったが、白地に藍染め模様の着物らしきものを着ていた。赤いワンピース姿の女と、同じように顔は下を向いていた。
 前と後ろ、塞がれて彼らは逃げられなかった。

 着物姿の女は『邪悪』そのものの気配だった。後ろの女以上の恐怖が、四人に襲い掛かる。サトルは身体が動かせないのかスマホで撮影したままで、トオルはケンジの腕に縋りつく様に抱き着く。

「……」
 着物の女が、ゆっくり腕を上げてケンジの方を指差した。「ぎゃ!」とトオルは叫び、ケンジは恐怖で身体が動かなかった。

「また……お前は……地獄を作るのか……」
 枯れた声音で、女はそう声を絞り出した。後ろから、赤いワンピース姿の女もゆっくり近づいて来る。

「ひぃ!」
 赤いワンピース姿の女が、トオルのシャツを掴んだ。もう片方の手が、這うようにトオルの背中を伝い首まで伸びた。それから逃げようと、トオルはケンジの身体を引っ張りめちゃくちゃに暴れた。
「トオル、落ち着け! トオル!」
 リキヤが叫ぶが、トオルは仲間の声も分からないようだ。ケンジはトオルの爪で腕を傷付けられて顔をしかめた。

「許さない……」
 着物の女がそう呟いた。
「……許さない……」
 赤いワンピース姿の女がそう呟いた。
 ――シャツを握れるなら、実体があるのか?
 そう思ったリキヤが赤いワンピース姿の女に飛び掛かろうとした時に、シャツのポケットから何か落ちた――新聞紙に包まれた、小さな何かだ。

「!」
 リキヤはハッとして、それを拾うと慌てて中を破り開けた。白い粉――塩が入っていた。

「消えろ!」
 赤いワンピース姿の女に半分を投げつけると、塩が当たったその女の姿はすぅと消えた。そのままリキヤは、着物の女にも塩を投げつけた。

「……見つけたからには……今度は許さない……」
 塩が当たった着物の女も消えたが、その声だけがまるで呪いの様に四人の耳に残った。

「早く車に行くぞ! トオル、しっかりしろ!」
 ケンジは、まだ錯乱状態のトオルの頬を殴った。ケンジから離れたトオルは、ポカンとした顔で尻もちをついた。
 女に触られた首が、まるで握り締められた跡のように赤くなっていた。

「急げ! 早く!」
 ケンジはトオルを抱えて、リキヤの後に続いた。サトルもそれに続く。車に乗り込んだが、トオルはガクガクと震えて運転が出来そうにない。慌ててリキヤが運転席に座り、車を走らせた。そうして、逃げる様に山から降りた。

「明るくなるまでは、賑やかな所に居よう」
 四人は、二十四時間営業のファミレスで夜を明かすことにした。

「リキヤ、あれ塩か? なんでそんなもん持ってたんだ?」
 サトルの言葉に、リキヤは引きちぎったまま無意識にポケットに入れていた新聞紙を取り出した。
「向かいのバーさんに話聞いてた時に、肝試しに行くって言ったら『持っていけ』って渡されたんだよ。用心の為ってな」
「塩って、すげぇんだな」
 感心したようなケンジの言葉に、リキヤは肩を竦めた。
「一応、バーさんが毎日仏壇で唱えてる所で清めてある塩だってさ。聖水みたいな感じじゃねぇ? 台所に置いてる塩じゃ、効かなかったかもな」

「……痛い……」
 クーラーが効いているとはいえ、トオルは温かいものが欲しいとスープを頼んでいた。まだガクガクと震えている。
「痛いのは俺だっていうの……って、おい、トオル……」
 腕に残るトオルが引っ掻いた跡を見せようとして、ケンジはトオルを見てぎょっとした。その様子を見たリキヤとサトルも、トオルを見て言葉を失った。

 女の手が四本、うっすらと彼の首を絞める様に絡みついていたのだ。
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