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反乱軍との戦い

24 魔力の石

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 梵天が戻るまで統星は仕事に戻り、蛍はその統星に命じられて城に滞在する六星の部屋を用意する事になった。
「少し時間が出来たな。蒼玉、何かしたい事はあるか?」
 殆ど誰も居ない食堂に残された二人は顔を見合わせ、ふと朝の口付けを思い出したのか六星が僅かに照れたような表情を浮かべると視線を逸らして、蒼玉に尋ねた。
「そう言えば…」
 五曜と北斗王女を助けた時に、沢山の賞金を貰った。そして先日梵天の非礼に対する見舞い、と妙見王女に貰った手付かずの金を思い出した。武器に魔力の込められた宝石を埋めれば、より術の威力が上がる。魔力のこもった宝石がどれほどの価値なのか分からず、蒼玉はそれを見に行く事が出来なかった。だが、戦いに慣れている六星なら詳しいかもしれない。
「私の杖に合う魔力の宝石があるか、見てみたいです」
「そうか。なら、城を出て少し歩くか。体調も良さそうだしな」
 六星は蒼玉の顔を覗き込むと、にっと笑って絹の様な濡羽ぬれば色の髪を撫でた。六星は、本当に心配していたのだろう。食堂でみんなと会話をしていた時も、時折蒼玉の様子を見ていた彼と目が合った。
「はい…有難うございます」
 蒼玉は嬉しさで少し頬を染め恥ずかしげに笑うと、杖とお金を取りに部屋に行きすぐに待っている六星の許に帰って来た。城内では、訓練生や兵士の大半は武器を手にしていない。見張りや一部の者にしか武器を身に着ける事は許されていないのだ。それは反逆者がいるかもしれないという懸念の為に決められた事で、城内の者も仕方がないと理解していた。
「前から思っていたが、蒼玉の杖は奇抜な造形だよな。これに見合うのは、多分お前だけだろう」
 濡羽色の薔薇そうびの花と荊が絡む杖は、確かに他では見ない。大抵術師の杖は己の加護の神が使われている。守護の花の武器もあるかもしれないが、蒼玉の杖はあるじに良く似合っている。
 蒼玉が育った村で、一緒に魔獣退治に行った武器屋の店主の息子が初めて作った武器だった。その経緯いきさつを話しながら、二人は魔法石の店にまでゆっくりと歩いた。
「腕がいいんだろうなぁ。いつか、俺もその武器屋で頼んでみるか」
 自分の村の者が六星に褒められると、蒼玉は自分が褒められたようで嬉しかった。
「しかし、『黄泉の目』持ちだったとはな…お前は、余程闇の加護に恵まれてるんだな」
 長老も父も、「素晴らしい事だ」と褒めていた。蒼玉は成人の儀式を受けてから意識した事が無かったから、もしかして知らず亡くなっていた人を見ていたのかもしれない。闇の加護を嫌う人も多いが、蒼玉は力を与えてくれている神に感謝していた。それに、この力は六星の力にもなるかもしれない。それが、何より嬉しい。
「『黄泉の目』を持つ者は、この世を去る時――何かに姿を変えて恋しい人に会いに来る。と言う古い話を聞いた事がある」
 六星は雲が少ない空を見上げて、どこか遠くを見るように呟いた。
「何かに…ですか?自分の姿ではなく?」
「ああ、詳しくは知らないが。ただ、空を飛べるものだけらしい――鳥や虫…蝶とか?生前の加護の色で、恋しい人にはそれが会いたい人だと分かるそうだ。最後に姿を見せて、冥府へ羽ばたくそうだ」
「なら、もし私が先に死んでしまったら――濡羽色の蝶の姿で、会いに来ますね」
 色とりどりのひらひらと空を舞う蝶が、蒼玉は好きだった。畑仕事の合間、花の蜜を吸いに来るその可憐な姿を見ると、穏やかな気分になっていた。しかし蒼玉のその言葉に、六星は足を止めてしまった。
「――縁起でもない、この話は終わりだ。ほら、店に着いたぞ」
 六星はどこか、怖い程真剣な顔になっていた。蒼玉は不思議そうに隣の六星を見てから、正面にある少し先の彼が指差す建物に視線を移した。「魔力石」と看板が出ている。
「ここは俺も仕事に来てるから、多少勉強してくれるはずだ。さ、入ろうぜ」
 店の前に来て引き戸を開けると、店主が並べられた宝石を綺麗に拭いていた。中年の中頃の、体躯の良い男だった。
「よお、六星!あれ、何か頼んでたか?」
 店主は手を止めると、入って来た六星に笑いかけた。店内には、他に四人ほどいて熱心に魔力の石を眺めていた。
「違うよ。今日は、付き添いだ。この子に合う石を探しに来た」
「ほお、えらい別嬪さんだな!どこでこんな可愛い子を見つけてきたんだ」
 店主は体躯に見合わず、随分と気さくな性格の様だ。にこにこと、蒼玉を見ていた。蒼玉は容姿を褒められることに未だ慣れず、赤くなり軽く頭を下げた。
「呪術師かい?闇、ねぇ…」
 店主は後ろに重ねられた箱を色々と探し出した。
 魔力の石は、元は微力な力が宿っている宝石の欠片だ。それを武器に埋め込むと、主の魔力を吸い成長するのだ。
「鉱石じゃねぇが…これはどうだい?」
 店主が出したのは、漆黒の丸い真珠らしい。海で採れる母貝というものの中で成長した石のようなものだ。その種類の幾つかを、店主は二人の前に並べた。
黒蝶こくちょう真珠だ。こいつは色が良い、こっちは形が良い――これは、大きいな」
 偶然にも、先ほど話していた蝶の名が入ったものだ。真珠は白が多く、色付きのものもたまに獲れて魔力を帯びているものがあるらしい。
「――これは、素敵ですね」
 蒼玉は並べられたものの中から、少し大きめの光の当たり具合で僅かに淡い青色にも見える黒蝶真珠の箱を手にした。どこか六星を感じるその真珠を、一目で気に入ったのだ。
「ん?色が混じったそんな石でいいのか?蒼玉なら、色が良いこっちの方が良くないか?」
 六星は、不思議そうに隣にあった黒玉くろだまと呼ばれる古い樹木が硬化して出来たものを指差した。確かに色が濃く、闇の加護に向いている気がした。だが、蒼玉は首を横に振った。
「これがいいです、おいくらですか?」
 店主もそれを選んだ事が不思議だったのか、瞳を丸くした。
「これは、色合いも微妙だから安くしておくよ。けど、本当にこれでいいのかい?」
「はい、これが良いです」
 石も武器と同じく、主との相性が大事だ。蒼玉が気に入ったのなら店主も六星も口を挟まなかった。店主が提示した金額に、六星がもう少し安くしろと口を出す。元々の金額でも払えるだけは持っていたが、ずいぶん安い金額で買う事が出来た。
「六星は、武器に埋めないのですか?」
 魔力の石を買い店を出ると、それを大事そうに抱えて蒼玉は六星を見上げた。彼の大剣は透き通るほど綺麗な薄花色だ。その刀身に、石は埋め込まれていない。
「相性がいい石が、中々見つからなくてな。たまに仕事で運ぶ石の中にもないか見てるんだが、見当たらない」
 六星の腕前なら、確かに石を埋め込まなくても余程の事が無い限り負ける事はないだろう。そんな彼が石を手にしたら、どれだけ強くなるのか――蒼玉は、思わず心臓が高鳴った。下の子の藍玉あいぎょくの幼馴染の、剣士に憧れる琥珀こはくの気持ちが分かったような気がした。
「早速つけてみないか?付け方、分かるか?」
 城の外門の近く、腰を掛けるように置かれた石に並んで座ると、六星がそう声をかけた。蒼玉は小さく頷くと、大事に握り締めていた石を改めて見つめた。
「ええと…石に話しかけるんですよね。私が主だと。そして――」
「石を、武器に押し当ててみろ」
 六星は蒼玉の手に自分の手を添えると、薔薇の花を彫った花の中心に黒蝶真珠を押し当てた。蒼玉は自分の手を握る様な六星の行動に顔を赤くしたが、心の中で石に語りかけた。

(――黒蝶真珠、私は貴方の主です。どうか、私に力を貸してください…)

 そう願うと、石が黒い光を放ち杖に吸い込まれる様に花弁の真ん中に黒蝶真珠が収まった。
「お、成功したようだな。へぇ、余程この石はお前を気に入ったんだな。綺麗に輝いているぜ?」
 六星は蒼玉の手を握ったまま、その手を杖から離した。確かに、先ほどより力強い光で輝いていた。
「綺麗ですね!」
 嬉しそうに笑顔を見せた蒼玉に、六星も満足したような表情を見せた。そして、握ったままの蒼玉の手の甲に唇を添えた。
「開門、かいもーん!!」
 赤くなる蒼玉の後ろで、外門の見張りの兵士が大きな声を上げた。門がきしむ大きな音を立てて、それが開いた。二人はそのままの態勢で、自然と門に視線を向けた。

「――蒼玉…」
 馬に乗った、檸檬れもん色の瞳が動揺したように蒼玉と仲睦まじい様子の六星に向けられた。
「梵天様…」
 偵察に出ていた梵天が、城に戻って来た。心なしか六星に寄り添う蒼玉の体を抱き締めて、六星は黙って梵天を見つめた。その視線に気づいた梵天は唇を噛んで視線を逸らすと、連れていた兵士たちを指揮して城へそのまま進んだ。
「光と闇は惹かれあう事が多いが――」
 ぽつりと、六星はそう呟いた。
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