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陰謀

ビルギットとイザーク

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 泣き疲れて寝てしまったヴェンデルガルトをベッドに寝かせると、ビルギットはランドルフの為に新しいお茶を用意する。
「龍の伴侶って、生まれ変わっても同じなのか?」
 ヴェンデルガルトを見つめながら、ランドルフはビルギットに訊ねた。ビルギットは新しいカップにいつものお茶を淹れながら首を横に振った。
「分かりません――少なくとも、私は知りません。相手が人間である事があるのも、ヴェンデルガルト様で初めて知りました。でも、ヴェンデルガルト様に嫌な言葉を言った人は分かりました」
「誰だ?」
 ビルギットはティーポットをテーブルに置くと、少し怖い顔をした。
「レーヴェニヒ王国の国王、ラファエル様――不思議な能力をお持ちの方です。市場で解毒の薬を下さった方です」
 意外な言葉に、ランドルフは不思議そうにビルギットを見た。
「レーヴェニヒ王国の国王が来ているなんて、聞いてないぞ? それに、ビルギット、お前会ったのか? ヴェンデルは、どうやって会ったんだ?」
「あ、それで高価な薬を……」
 カリーナが小さく呟いた。ロルフが『王族専用の高価な薬』と言っていたのを思い出したらしい。
「市場で会いました。名を名乗られませんでしたが、東から来た方から絵姿を見せて頂きましたが、間違いなくラファエル様でした。どうやってお会いしたかは分かりません――私と会った時も、突然消えました。誰かの口を借りて『ヴェンデルガルト様には新しい出会いを』と言っていました。もしかしたら、昨夜会いに来たと言われても、もう驚きません」
 まるで、魔法使いだ。ランドルフもカリーナも驚いて言葉が出なかった。

 そこに、ドアがノックされた。「イザークだ、ビルギットに用事がある」と珍しい事を言っていた。カリーナが開けたドアから中に入ると、ランドルフが居るのを見て「まだ居たんだね、丁度いい」と頷く。手には、洋服らしいものを持っていた。そうして、彼自身はいつもの騎士服ではなく、あまり高価そうではない下級貴族のような服装だった。
「ビルギット、少し調べたい店があるんだ。すまないが、連れの女性の振りをして欲しい。ランドルフは、ビルギットが戻るまでヴェーを護っててよ」
 ロルフがいるが、ビルギットはヴェンデルガルトを護る『盾』の魔法が使える。つまり二重の守りがある。昼間にビルギットを連れ出すので、その二重の守りを崩したくなかったのだ。
「よろしいのでしょうか?」
 ビルギットは、ランドルフに許可を得る為話しかける。ランドルフは、小さく頷く。
「すまないが、イザークを助けてくれ。戻るまで、俺はヴェンデルを護る」
 イザークが調べ物をしている事は、ランドルフも知っている。ビルギットを連れて行くという事は、口が堅い連れが欲しいという事だろう。五人の騎士団たちは、ビルギットのヴェンデルガルトへの忠誠心には驚かされている。それほど彼女は、優秀なメイドだった。
「これに着替えてくれ」
 そう言って、手にしていたものをビルギットに渡した。よく見れば、下級貴族の娘らしい洋服だった。
「分かりました」
 何故とも聞かず、素直にその服を受け取り隣のヴェンデルガルトの衣裳部屋に入って行った。手早く着替えて、部屋に戻って来た。
「南の花屋に行く。僕と君は婚約中。名前は――面倒だからロルフでいいや。君はデリア。騎士に憧れている男爵家の次男って設定でよろしく」
「かしこまりました」
「じゃあ、ビルギットを借りていくよ。後をよろしく」
 頭を下げるビルギットを連れて、イザークは素早く部屋を出て行った。

「どうして、私ではなかったんでしょう」
 カリーナが残念そうに言うと、お茶を一口飲んだランドルフが首を竦めた。
「お前だと、探偵ごっこが楽しくてはしゃぎすぎるからだろう。ビルギットは大人しく言いつけを守るからな」
「残念です――傷付いた私の心を慰める為に、ケーキ頂いてもいいですか?」
「はいはい、好きなだけ食べろ――あぁ、ロルフも呼んでやれ」
 ランドルフが来るので、ロルフは部屋の前で待機していたのだ。ランドルフは、メイドや護衛の彼の分もケーキを買ってきていた。
「分かりました!」
 ケーキを早く食べたいカリーナは、ロルフを呼びにドアを開けた。

 ランドルフは、静かに寝ている少し目が赤いヴェンデルガルトを見つめた――新しい恋をしろ。そう言われたという事は、彼女は古龍のものではない。自由に彼女が伴侶を選べるのだ。

 南の国で怪我を負いもう死ぬかもしれないと半ば諦めそうになった時――彼女が助けに来てくれた。本当に、神がいると信じた瞬間だった。
 そうして、小さくて柔らかな口で水を飲ませてくれた。本当に、自分が生涯をかけて愛するのは彼女しかいないと、改めて心に誓った。だから、傷付いた彼女を支えたいとランドルフは温かな視線で彼女を見ていた。

「この店を調べるんですね」
 馬に乗った二人は、南の方にある小さな花屋の前にいた。四十代半ばの、妙に色っぽい店主の女が花を並べていた。
「そうだ。会話をふられた時だけ適当に返事して、後はニコニコしてくれていればいい」
「分かったわ、ロルフ。綺麗な花屋さんね、私花を見たいわ」
 すぐ役を演じ始めたビルギットに、イザークはホッとした顔になる。
「分かったよ、寄っていこう」

 二人は、花屋へと足を踏み入れた。

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