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陰謀
謎の男とコンスタンティン
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毎朝、ビルギットは市場に向かうようになった。あの時出会った男を探すためだ。しかし、全く会えない。二百年の眠りから覚めた彼女が、初めて見る龍の目の持ち主だからだ。もしかすると、コンスタンティンの生まれ変わりかもしれない。そうではなくても、彼の事を知っているかもしれない。そんな思いを抱えて、市場に顔を出す。その男には会えなかったが、東の物を売る店の店主とは顔見知りになり、短い挨拶をするくらいにはなった。
「どなたか探しているのですか?」
店の主は、四十代半ばくらいの女性だ。東の衣装を身に着けて、愛想がいい。
「いえ、あの……」
ビルギットは少し躊躇ったが、もしかして知っているかもしれないと聞いてみる事にした。
「背中半ば辺りまでの漆黒の髪の、赤い瞳を持つ高価な絹の東の服を着た二十台前後の男性です。ご存じありませんか?」
その言葉を聞いて、店主の女は少し驚いた顔になった。
「まあ、お嬢さんは東の国に行かれたのですか?」
「いいえ、私はこの国から出た事がありません」
正確には、東の国の近くの森で二年間暮らした事はある。しかし、食料や衣服はいつもコンスタンティンが用意をしてくれたり、住んでいた大木の家に運ばれていたのだ。
「そうですか……いえ、そのお姿はレーヴェニヒ王国の国王と似ています。王は今年十九になり、来年には幼馴染の方と婚約する予定だと聞きます。ああ、お姿を描いたものがあります。王になられた時に、国民に配られたんですよ」
そう言うと店主は、帳簿をぱらぱらとめくった。すると、絵師が描いただろう姿絵が現れた。
「王位に就かれたのは十七の時なので、少しお若い姿ですが」
「有難うございます」と礼を言って、ビルギットはその絵姿を見せて貰った。少し若いが、確かに先日見た男によく似ていた。
「よく似ています。ええと、王様の名前は――?」
「ラファエル様ですよ。これは、仮の名前ですが」
丁寧に姿絵を返したビルギットは、店主の不思議な言葉に首を傾げた。
「王族の方は、表の名と真名をお持ちです。名前は、その人を表すもの。大昔は権力争いで相手の名前で呪いをして、不幸な目に遭わせていた事があるそうです。その風習は無くなりましたが、王族は真名を今でもお持ちです」
ビルギットには聞いた事が無い東の話だ。物語を聞いているように、その話に聞き入った。魔法でもない呪い……龍が住んでいたり、薬草に詳しい。本当に不思議な国だ。
「折角だから、お菓子を頂こうかしら。不思議な話を聞かせて頂いたし」
「あら、私のこんな話で買い物して貰えるなんて嬉しいね。よけれは、東の国のお茶に合うお菓子はどうでしょう。毎朝私たち一家が手作りしているんです」
商売上手の店主に、ビルギットはアヴァッケラーほど強くはないが利尿作用がある、普段飲む緑のお茶のコラーレ。それと粉に砂糖を混ぜて丸く形を整えて蒸したものに、甘じょっぱいソースがかけられた串に刺さったモンソというお菓子を買った。店主はおまけだよと、串を一本サービスしてくれた。
「おねーちゃん、また来てくれたんだー!」
そこに、店主の息子が二人テントに入って来た。彼らとも、ビルギットは顔見知りになっていた。
「また泥だらけで遊んで! 手を洗ってきなさい」
店主に怒られて、少年達は再びビルギットの横を走っていく。しかし――どちらかは分からない。『あの男』の声が少年たちの口から聞こえた。
「私を探さない方がいい――私はコンスタンティンではないし、彼は甦らない。あの子は、新しい幸せを探した方がいいんだよ」
確かに、そう聞こえた。ビルギットは、驚いて体を震わせた。子供たちはテントから出て、笑い声を上げながら走っていく。
「はい、おつりと品物ね! 温かい内に食べると美味しいよ!」
店主には聞こえていないようだ。ビルギットは震える手でそれらを受け取った。
「おや? 寒いのかい? まだ残り夏だけどねぇ」
不思議そうな店主に頭を下げて、ビルギットは城に急いで戻った。コンスタンティンを知っている、間違いない。だが、先日より冷たく聞こえたその言葉に、ビルギットは驚くよりも悲しい顔になった。
ビルギットから見ても、幸せそうでお似合いの二人だった。だが、甦らない――そう言われると、彼を待ち続けるのはヴェンデルガルトにとって不幸にしかならない。しかし、この事を彼女には言えなかった。
そう。ヴェンデルガルトは、自由に恋をすればいいのだ。それが、彼女にとって幸せになるかもしれない――コンスタンティンが。この世にいないのなら。
楽しかった二年の生活。ヴェンデルガルトもコンスタンティンも、ビルギットに優しかった。ビルギットも、二人を愛していた。だが――もう、あの時の生活は返って来ない。流れる涙をハンカチで拭ってから、ビルギットはヴェンデルガルトの部屋に向かった。
「どなたか探しているのですか?」
店の主は、四十代半ばくらいの女性だ。東の衣装を身に着けて、愛想がいい。
「いえ、あの……」
ビルギットは少し躊躇ったが、もしかして知っているかもしれないと聞いてみる事にした。
「背中半ば辺りまでの漆黒の髪の、赤い瞳を持つ高価な絹の東の服を着た二十台前後の男性です。ご存じありませんか?」
その言葉を聞いて、店主の女は少し驚いた顔になった。
「まあ、お嬢さんは東の国に行かれたのですか?」
「いいえ、私はこの国から出た事がありません」
正確には、東の国の近くの森で二年間暮らした事はある。しかし、食料や衣服はいつもコンスタンティンが用意をしてくれたり、住んでいた大木の家に運ばれていたのだ。
「そうですか……いえ、そのお姿はレーヴェニヒ王国の国王と似ています。王は今年十九になり、来年には幼馴染の方と婚約する予定だと聞きます。ああ、お姿を描いたものがあります。王になられた時に、国民に配られたんですよ」
そう言うと店主は、帳簿をぱらぱらとめくった。すると、絵師が描いただろう姿絵が現れた。
「王位に就かれたのは十七の時なので、少しお若い姿ですが」
「有難うございます」と礼を言って、ビルギットはその絵姿を見せて貰った。少し若いが、確かに先日見た男によく似ていた。
「よく似ています。ええと、王様の名前は――?」
「ラファエル様ですよ。これは、仮の名前ですが」
丁寧に姿絵を返したビルギットは、店主の不思議な言葉に首を傾げた。
「王族の方は、表の名と真名をお持ちです。名前は、その人を表すもの。大昔は権力争いで相手の名前で呪いをして、不幸な目に遭わせていた事があるそうです。その風習は無くなりましたが、王族は真名を今でもお持ちです」
ビルギットには聞いた事が無い東の話だ。物語を聞いているように、その話に聞き入った。魔法でもない呪い……龍が住んでいたり、薬草に詳しい。本当に不思議な国だ。
「折角だから、お菓子を頂こうかしら。不思議な話を聞かせて頂いたし」
「あら、私のこんな話で買い物して貰えるなんて嬉しいね。よけれは、東の国のお茶に合うお菓子はどうでしょう。毎朝私たち一家が手作りしているんです」
商売上手の店主に、ビルギットはアヴァッケラーほど強くはないが利尿作用がある、普段飲む緑のお茶のコラーレ。それと粉に砂糖を混ぜて丸く形を整えて蒸したものに、甘じょっぱいソースがかけられた串に刺さったモンソというお菓子を買った。店主はおまけだよと、串を一本サービスしてくれた。
「おねーちゃん、また来てくれたんだー!」
そこに、店主の息子が二人テントに入って来た。彼らとも、ビルギットは顔見知りになっていた。
「また泥だらけで遊んで! 手を洗ってきなさい」
店主に怒られて、少年達は再びビルギットの横を走っていく。しかし――どちらかは分からない。『あの男』の声が少年たちの口から聞こえた。
「私を探さない方がいい――私はコンスタンティンではないし、彼は甦らない。あの子は、新しい幸せを探した方がいいんだよ」
確かに、そう聞こえた。ビルギットは、驚いて体を震わせた。子供たちはテントから出て、笑い声を上げながら走っていく。
「はい、おつりと品物ね! 温かい内に食べると美味しいよ!」
店主には聞こえていないようだ。ビルギットは震える手でそれらを受け取った。
「おや? 寒いのかい? まだ残り夏だけどねぇ」
不思議そうな店主に頭を下げて、ビルギットは城に急いで戻った。コンスタンティンを知っている、間違いない。だが、先日より冷たく聞こえたその言葉に、ビルギットは驚くよりも悲しい顔になった。
ビルギットから見ても、幸せそうでお似合いの二人だった。だが、甦らない――そう言われると、彼を待ち続けるのはヴェンデルガルトにとって不幸にしかならない。しかし、この事を彼女には言えなかった。
そう。ヴェンデルガルトは、自由に恋をすればいいのだ。それが、彼女にとって幸せになるかもしれない――コンスタンティンが。この世にいないのなら。
楽しかった二年の生活。ヴェンデルガルトもコンスタンティンも、ビルギットに優しかった。ビルギットも、二人を愛していた。だが――もう、あの時の生活は返って来ない。流れる涙をハンカチで拭ってから、ビルギットはヴェンデルガルトの部屋に向かった。
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