101 / 125
陰謀
謎の男とコンスタンティン
しおりを挟む
毎朝、ビルギットは市場に向かうようになった。あの時出会った男を探すためだ。しかし、全く会えない。二百年の眠りから覚めた彼女が、初めて見る龍の目の持ち主だからだ。もしかすると、コンスタンティンの生まれ変わりかもしれない。そうではなくても、彼の事を知っているかもしれない。そんな思いを抱えて、市場に顔を出す。その男には会えなかったが、東の物を売る店の店主とは顔見知りになり、短い挨拶をするくらいにはなった。
「どなたか探しているのですか?」
店の主は、四十代半ばくらいの女性だ。東の衣装を身に着けて、愛想がいい。
「いえ、あの……」
ビルギットは少し躊躇ったが、もしかして知っているかもしれないと聞いてみる事にした。
「背中半ば辺りまでの漆黒の髪の、赤い瞳を持つ高価な絹の東の服を着た二十台前後の男性です。ご存じありませんか?」
その言葉を聞いて、店主の女は少し驚いた顔になった。
「まあ、お嬢さんは東の国に行かれたのですか?」
「いいえ、私はこの国から出た事がありません」
正確には、東の国の近くの森で二年間暮らした事はある。しかし、食料や衣服はいつもコンスタンティンが用意をしてくれたり、住んでいた大木の家に運ばれていたのだ。
「そうですか……いえ、そのお姿はレーヴェニヒ王国の国王と似ています。王は今年十九になり、来年には幼馴染の方と婚約する予定だと聞きます。ああ、お姿を描いたものがあります。王になられた時に、国民に配られたんですよ」
そう言うと店主は、帳簿をぱらぱらとめくった。すると、絵師が描いただろう姿絵が現れた。
「王位に就かれたのは十七の時なので、少しお若い姿ですが」
「有難うございます」と礼を言って、ビルギットはその絵姿を見せて貰った。少し若いが、確かに先日見た男によく似ていた。
「よく似ています。ええと、王様の名前は――?」
「ラファエル様ですよ。これは、仮の名前ですが」
丁寧に姿絵を返したビルギットは、店主の不思議な言葉に首を傾げた。
「王族の方は、表の名と真名をお持ちです。名前は、その人を表すもの。大昔は権力争いで相手の名前で呪いをして、不幸な目に遭わせていた事があるそうです。その風習は無くなりましたが、王族は真名を今でもお持ちです」
ビルギットには聞いた事が無い東の話だ。物語を聞いているように、その話に聞き入った。魔法でもない呪い……龍が住んでいたり、薬草に詳しい。本当に不思議な国だ。
「折角だから、お菓子を頂こうかしら。不思議な話を聞かせて頂いたし」
「あら、私のこんな話で買い物して貰えるなんて嬉しいね。よけれは、東の国のお茶に合うお菓子はどうでしょう。毎朝私たち一家が手作りしているんです」
商売上手の店主に、ビルギットはアヴァッケラーほど強くはないが利尿作用がある、普段飲む緑のお茶のコラーレ。それと粉に砂糖を混ぜて丸く形を整えて蒸したものに、甘じょっぱいソースがかけられた串に刺さったモンソというお菓子を買った。店主はおまけだよと、串を一本サービスしてくれた。
「おねーちゃん、また来てくれたんだー!」
そこに、店主の息子が二人テントに入って来た。彼らとも、ビルギットは顔見知りになっていた。
「また泥だらけで遊んで! 手を洗ってきなさい」
店主に怒られて、少年達は再びビルギットの横を走っていく。しかし――どちらかは分からない。『あの男』の声が少年たちの口から聞こえた。
「私を探さない方がいい――私はコンスタンティンではないし、彼は甦らない。あの子は、新しい幸せを探した方がいいんだよ」
確かに、そう聞こえた。ビルギットは、驚いて体を震わせた。子供たちはテントから出て、笑い声を上げながら走っていく。
「はい、おつりと品物ね! 温かい内に食べると美味しいよ!」
店主には聞こえていないようだ。ビルギットは震える手でそれらを受け取った。
「おや? 寒いのかい? まだ残り夏だけどねぇ」
不思議そうな店主に頭を下げて、ビルギットは城に急いで戻った。コンスタンティンを知っている、間違いない。だが、先日より冷たく聞こえたその言葉に、ビルギットは驚くよりも悲しい顔になった。
ビルギットから見ても、幸せそうでお似合いの二人だった。だが、甦らない――そう言われると、彼を待ち続けるのはヴェンデルガルトにとって不幸にしかならない。しかし、この事を彼女には言えなかった。
そう。ヴェンデルガルトは、自由に恋をすればいいのだ。それが、彼女にとって幸せになるかもしれない――コンスタンティンが。この世にいないのなら。
楽しかった二年の生活。ヴェンデルガルトもコンスタンティンも、ビルギットに優しかった。ビルギットも、二人を愛していた。だが――もう、あの時の生活は返って来ない。流れる涙をハンカチで拭ってから、ビルギットはヴェンデルガルトの部屋に向かった。
「どなたか探しているのですか?」
店の主は、四十代半ばくらいの女性だ。東の衣装を身に着けて、愛想がいい。
「いえ、あの……」
ビルギットは少し躊躇ったが、もしかして知っているかもしれないと聞いてみる事にした。
「背中半ば辺りまでの漆黒の髪の、赤い瞳を持つ高価な絹の東の服を着た二十台前後の男性です。ご存じありませんか?」
その言葉を聞いて、店主の女は少し驚いた顔になった。
「まあ、お嬢さんは東の国に行かれたのですか?」
「いいえ、私はこの国から出た事がありません」
正確には、東の国の近くの森で二年間暮らした事はある。しかし、食料や衣服はいつもコンスタンティンが用意をしてくれたり、住んでいた大木の家に運ばれていたのだ。
「そうですか……いえ、そのお姿はレーヴェニヒ王国の国王と似ています。王は今年十九になり、来年には幼馴染の方と婚約する予定だと聞きます。ああ、お姿を描いたものがあります。王になられた時に、国民に配られたんですよ」
そう言うと店主は、帳簿をぱらぱらとめくった。すると、絵師が描いただろう姿絵が現れた。
「王位に就かれたのは十七の時なので、少しお若い姿ですが」
「有難うございます」と礼を言って、ビルギットはその絵姿を見せて貰った。少し若いが、確かに先日見た男によく似ていた。
「よく似ています。ええと、王様の名前は――?」
「ラファエル様ですよ。これは、仮の名前ですが」
丁寧に姿絵を返したビルギットは、店主の不思議な言葉に首を傾げた。
「王族の方は、表の名と真名をお持ちです。名前は、その人を表すもの。大昔は権力争いで相手の名前で呪いをして、不幸な目に遭わせていた事があるそうです。その風習は無くなりましたが、王族は真名を今でもお持ちです」
ビルギットには聞いた事が無い東の話だ。物語を聞いているように、その話に聞き入った。魔法でもない呪い……龍が住んでいたり、薬草に詳しい。本当に不思議な国だ。
「折角だから、お菓子を頂こうかしら。不思議な話を聞かせて頂いたし」
「あら、私のこんな話で買い物して貰えるなんて嬉しいね。よけれは、東の国のお茶に合うお菓子はどうでしょう。毎朝私たち一家が手作りしているんです」
商売上手の店主に、ビルギットはアヴァッケラーほど強くはないが利尿作用がある、普段飲む緑のお茶のコラーレ。それと粉に砂糖を混ぜて丸く形を整えて蒸したものに、甘じょっぱいソースがかけられた串に刺さったモンソというお菓子を買った。店主はおまけだよと、串を一本サービスしてくれた。
「おねーちゃん、また来てくれたんだー!」
そこに、店主の息子が二人テントに入って来た。彼らとも、ビルギットは顔見知りになっていた。
「また泥だらけで遊んで! 手を洗ってきなさい」
店主に怒られて、少年達は再びビルギットの横を走っていく。しかし――どちらかは分からない。『あの男』の声が少年たちの口から聞こえた。
「私を探さない方がいい――私はコンスタンティンではないし、彼は甦らない。あの子は、新しい幸せを探した方がいいんだよ」
確かに、そう聞こえた。ビルギットは、驚いて体を震わせた。子供たちはテントから出て、笑い声を上げながら走っていく。
「はい、おつりと品物ね! 温かい内に食べると美味しいよ!」
店主には聞こえていないようだ。ビルギットは震える手でそれらを受け取った。
「おや? 寒いのかい? まだ残り夏だけどねぇ」
不思議そうな店主に頭を下げて、ビルギットは城に急いで戻った。コンスタンティンを知っている、間違いない。だが、先日より冷たく聞こえたその言葉に、ビルギットは驚くよりも悲しい顔になった。
ビルギットから見ても、幸せそうでお似合いの二人だった。だが、甦らない――そう言われると、彼を待ち続けるのはヴェンデルガルトにとって不幸にしかならない。しかし、この事を彼女には言えなかった。
そう。ヴェンデルガルトは、自由に恋をすればいいのだ。それが、彼女にとって幸せになるかもしれない――コンスタンティンが。この世にいないのなら。
楽しかった二年の生活。ヴェンデルガルトもコンスタンティンも、ビルギットに優しかった。ビルギットも、二人を愛していた。だが――もう、あの時の生活は返って来ない。流れる涙をハンカチで拭ってから、ビルギットはヴェンデルガルトの部屋に向かった。
1
お気に入りに追加
947
あなたにおすすめの小説
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです
新条 カイ
恋愛
ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。
それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?
将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!?
婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。
■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…)
■■
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。
氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。
聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。
でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。
「婚約してほしい」
「いえ、責任を取らせるわけには」
守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。
元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。
小説家になろう様にも、投稿しています。
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?
rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、
飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、
気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、
まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、
推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、
思ってたらなぜか主人公を押し退け、
攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・
ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!


【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる