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陰謀
毒婦の計算
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「ねえ、少しおかしいと思ったんだけど――串がない」
ギルベルトと共にラムブレヒト公爵邸に来たジークハルトに、何かの本を持つイザークが突然そう言った。
「串? 串と言うと――ズックを焼いた串の事か?」
「そう、それ。肉とか野菜は残っていたのに肝心の串がない。新しいものも食べ終わった後のものも」
「新しいものは知らないが――確か、食べ終わった後の串は木なので焚火に入れて燃やしてくれと言われた……」
ジークハルトは、その時の事を思い出した。彼以外の――神父やフロレンツィア、他の皆も食べ終わると串を焚火の中に入れていた。
「まて……」
ジークハルトが意識を失おうとしたとき、焚火が大きく燃え上がった気がした。
「もしかして、串か?」
あの時、使用していない新しい串も焚火の中に全部投げ込まれたのか? そうイザークに視線を向けると、彼は黙って頷いた。
「どんな木だったの?」
「どうと聞かれても――普通の木だった。だから、おかしいと思わなかったんだ」
イザークはわざとらしく大きなため息を零すと、手にしていた本を開いた。それは植物に関しての本のようだ。
「キョウチクトウって、花だよ。この花の毒で、パーティーの皆は倒れたしヴェーまで毒に身体を蝕まれている」
ジークハルトとギルベルトは驚いた顔をした。
「串に毒が塗られていたのか? それに、ヴェンデルガルト嬢はパーティーに参加していないぞ?」
「まあ、聞いてよ。この花は、東と南の間の部族が住む所で多く咲いているみたいだ。花に毒はある。これを口に入れても、死に至る事もある。でもね、怖いのは『枝』にも毒があるって事なんだ。更に、木を炙ると広範囲にも毒素を流せるし毒性が強くなる」
イザークのその説明だけで、二人は理解した。
「毒のある枝で肉を食べ、その木を炙った事で食べていない人にも毒が作用した。そうして燃やしてしまえば、証拠は残らない。事実、残った肉を普通に焼いて食べた私は、無事だった。そうして――ヴェンデルの場合は、誰かが『ヴェンデルの部屋のテラスに忍び込み切った枝を炙っていた』という事ですね……」
やはり、城の中にラムブレヒト公爵家に手を貸している者がいる。ジークハルトは、南の国でヴェンデルガルトの使用人の振りをしていたアンゲラー国の王女を思い出した。
「しかし、もうこの屋敷にはキョウチクトウはない。この毒は我が皇国でまだ知られていないから、絶対にどこかに隠しているはずだよ。別宅にはないと思うし――どこかに、隠れ家があるのかもしれない。それに、この花は夏に咲く。フロレンツィアが持っていたのは綺麗に咲いている花だった。どこかの温室で栽培しているはずだ」
アンゲラー王国は暑い国だったから、綺麗に咲いていたのだろう。毒の事件が続いていると、アンゲラー王国の祟りのような気分になる。
「でも、いい事がある」
「いい事?」
「あのパーティーで倒れた人たち。庭から遠くにいて食べてない人は比較的症状が軽かった。でも、ジークハルトとフロレンツィアも症状が軽かったんだ」
意味深に、イザークは笑った。それに気が付いたのは、ギルベルトだ。
「フロレンツィアは、普段から毒素を身体に取り入れていたという事ですね? 普段から毒を摂取していると、毒に身体が慣れる――フロレンツィアは、ジークハルトのお茶や食事にも少量の毒を忍ばせて慣れさせていたのでしょう。毒が身体に馴染んでいた二人は、死ぬリスクが低かった――そこまで計算していたとは、なんて恐ろしい女性なんですか」
「あの女――ラムブレヒト一族の夢は、皇国の乗っ取りだからな。あの親の子なら、自ら進んでその役目を引き受けただろう」
「でも、二人ともヴェーの回復魔法で綺麗な身体になったからね。これから暫くは、フロレンツィアは毒の扱いに気を付けないといけない」
それが、いい事か。いい事なのかよく分からないが、未知の毒の正体は分かった。
「料理人なら、ある程度は知っているだろう。吐かせよう。後は、ラムブレヒト卿が謀反を起こそうとする証拠やフロレンツィアの毒――それらをどこに隠しているのかを、早急に探さなければ」
「町の中に、噂は散らばっている。僕は信用する部下と、街での聞き込みをするよ――それより、ヴェーの容態は? ジークハルトを助ける為に、無理をさせてしまった」
イザークは、容態が悪いヴェンデルガルトに治癒魔法を頼んだ事を悲しく思っていて、あれから彼女の顔を見に行けていない。
「東の薬を今試しているらしい。まだ効果ははっきり出ていないそうだが、メイドたちが必死に看病している。イザークも、励ましに行ってくれ」
「――うん。謝って、元気になるように励ますよ」
「しかし、私が城の中の本を探しても見つからなかったのに――どうしてイザークは見つけたんですか?」
ギルベルトは、必死に調べていたが全く毒の花を見つける事が出来なかった。
「これは、アンゲラー王国で見つけた本だよ。毒は全て処分するように言われていたから、何かの役に立つかと思って持って帰ったんだ。カールなら持って帰らなかっただろうね」
イザークは、にんまりと笑った。
ギルベルトと共にラムブレヒト公爵邸に来たジークハルトに、何かの本を持つイザークが突然そう言った。
「串? 串と言うと――ズックを焼いた串の事か?」
「そう、それ。肉とか野菜は残っていたのに肝心の串がない。新しいものも食べ終わった後のものも」
「新しいものは知らないが――確か、食べ終わった後の串は木なので焚火に入れて燃やしてくれと言われた……」
ジークハルトは、その時の事を思い出した。彼以外の――神父やフロレンツィア、他の皆も食べ終わると串を焚火の中に入れていた。
「まて……」
ジークハルトが意識を失おうとしたとき、焚火が大きく燃え上がった気がした。
「もしかして、串か?」
あの時、使用していない新しい串も焚火の中に全部投げ込まれたのか? そうイザークに視線を向けると、彼は黙って頷いた。
「どんな木だったの?」
「どうと聞かれても――普通の木だった。だから、おかしいと思わなかったんだ」
イザークはわざとらしく大きなため息を零すと、手にしていた本を開いた。それは植物に関しての本のようだ。
「キョウチクトウって、花だよ。この花の毒で、パーティーの皆は倒れたしヴェーまで毒に身体を蝕まれている」
ジークハルトとギルベルトは驚いた顔をした。
「串に毒が塗られていたのか? それに、ヴェンデルガルト嬢はパーティーに参加していないぞ?」
「まあ、聞いてよ。この花は、東と南の間の部族が住む所で多く咲いているみたいだ。花に毒はある。これを口に入れても、死に至る事もある。でもね、怖いのは『枝』にも毒があるって事なんだ。更に、木を炙ると広範囲にも毒素を流せるし毒性が強くなる」
イザークのその説明だけで、二人は理解した。
「毒のある枝で肉を食べ、その木を炙った事で食べていない人にも毒が作用した。そうして燃やしてしまえば、証拠は残らない。事実、残った肉を普通に焼いて食べた私は、無事だった。そうして――ヴェンデルの場合は、誰かが『ヴェンデルの部屋のテラスに忍び込み切った枝を炙っていた』という事ですね……」
やはり、城の中にラムブレヒト公爵家に手を貸している者がいる。ジークハルトは、南の国でヴェンデルガルトの使用人の振りをしていたアンゲラー国の王女を思い出した。
「しかし、もうこの屋敷にはキョウチクトウはない。この毒は我が皇国でまだ知られていないから、絶対にどこかに隠しているはずだよ。別宅にはないと思うし――どこかに、隠れ家があるのかもしれない。それに、この花は夏に咲く。フロレンツィアが持っていたのは綺麗に咲いている花だった。どこかの温室で栽培しているはずだ」
アンゲラー王国は暑い国だったから、綺麗に咲いていたのだろう。毒の事件が続いていると、アンゲラー王国の祟りのような気分になる。
「でも、いい事がある」
「いい事?」
「あのパーティーで倒れた人たち。庭から遠くにいて食べてない人は比較的症状が軽かった。でも、ジークハルトとフロレンツィアも症状が軽かったんだ」
意味深に、イザークは笑った。それに気が付いたのは、ギルベルトだ。
「フロレンツィアは、普段から毒素を身体に取り入れていたという事ですね? 普段から毒を摂取していると、毒に身体が慣れる――フロレンツィアは、ジークハルトのお茶や食事にも少量の毒を忍ばせて慣れさせていたのでしょう。毒が身体に馴染んでいた二人は、死ぬリスクが低かった――そこまで計算していたとは、なんて恐ろしい女性なんですか」
「あの女――ラムブレヒト一族の夢は、皇国の乗っ取りだからな。あの親の子なら、自ら進んでその役目を引き受けただろう」
「でも、二人ともヴェーの回復魔法で綺麗な身体になったからね。これから暫くは、フロレンツィアは毒の扱いに気を付けないといけない」
それが、いい事か。いい事なのかよく分からないが、未知の毒の正体は分かった。
「料理人なら、ある程度は知っているだろう。吐かせよう。後は、ラムブレヒト卿が謀反を起こそうとする証拠やフロレンツィアの毒――それらをどこに隠しているのかを、早急に探さなければ」
「町の中に、噂は散らばっている。僕は信用する部下と、街での聞き込みをするよ――それより、ヴェーの容態は? ジークハルトを助ける為に、無理をさせてしまった」
イザークは、容態が悪いヴェンデルガルトに治癒魔法を頼んだ事を悲しく思っていて、あれから彼女の顔を見に行けていない。
「東の薬を今試しているらしい。まだ効果ははっきり出ていないそうだが、メイドたちが必死に看病している。イザークも、励ましに行ってくれ」
「――うん。謝って、元気になるように励ますよ」
「しかし、私が城の中の本を探しても見つからなかったのに――どうしてイザークは見つけたんですか?」
ギルベルトは、必死に調べていたが全く毒の花を見つける事が出来なかった。
「これは、アンゲラー王国で見つけた本だよ。毒は全て処分するように言われていたから、何かの役に立つかと思って持って帰ったんだ。カールなら持って帰らなかっただろうね」
イザークは、にんまりと笑った。
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