97 / 125
陰謀
東の国の男
しおりを挟む
気を失ってしまったヴェンデルガルトを抱えて、ロルフは人目が付かないように使用人が使うドアから城に入った。そこにはビルギットが待っていて、急いで新しい部屋へ向かった。
「どうしたんですか? また具合が悪くなったのですか?」
心配そうなビルギットが声をかけると、彼女をベッドに寝かせたロルフは小さく頷いた。
「ええ、何かの中毒らしい人たち二十人程に回復魔法をかけていましたから。ジークハルト様も気を失っておられたので、イザーク様もヴェンデルガルト様に頼るしかなかったのでしょう」
そう言ってから、ロルフは咳き込んだ。
「あの屋敷、おかしいですよ」
「え?」
ロルフは、大きく深呼吸をした。それを不思議そうに、ビルギットは眺めた。
「ヴェンデルガルト様の部屋で嗅いだ異臭――それとよく似た匂いがしました。気分が悪くなる強い香りです」
「それでは、今夜倒れた方たちもヴェンデルガルト様と同じような毒物のせいで倒れられたのでしょうか」
ビルギットは心配そうにヴェンデルガルトの手を握った。冷たくて、息があるのか不安になる。彼女のように治癒魔法が使える人が、この大陸にいるとは聞いた事が無い。火の魔法を使う老人が南にいたと、ヴェンデルガルトに聞いただけだ。
「龍も、治癒魔法を使えるのかな?」
ロルフの言葉に、ビルギットは首を横に傾げた。
「どうなのでしょう――私はコンスタンティン様しか知りませんが、微力な治癒魔法しか使えなかったと思います。龍と魔法も、相性があるそうです」
「そうか……東に助けを求めても、どうなるか分からないという事か……」
「ご自分に使えないなんて、ヴェンデルガルト様が可哀想ですわ。何時も沢山の人を治療しているのに」
暫く黙っていたロルフだったが、ビルギットに向き直った。
「明日、市場に買い物に行って貰えないだろうか?」
ロルフがビルギットに何かを頼むのは珍しかった。ビルギットは二百年前の想い人の面影をロルフに見ていたが、いつの間にか忘れていた。ヴェンデルガルトを護る騎士、と認識する様になっていたからだ。物静かなルーカスと、明るいロルフは性格が全然違ったからかもしれない。
「アヴァッケラーという緑色の、東の国のお茶を買って来て欲しい。このお茶は、飲むとトイレが近くなる。身体に残る毒素をなるべく出すようにしよう。東の国のものを扱っている店なら、間違いなくある筈だ」
確かに、毒素が身体に残っているのなら出すのが一番いい。部屋も変わってあの匂いもしなくなったので、今がその時だろう。
「分かりました、買ってきます」
「あとは、何時ものように牛乳に――何かフルーツを。これらは体力回復にもいいけど、同じようにトイレの回数が増える。出来る事を、俺達もしてヴェンデルガルト様を支えよう」
東の国の知識かもしれない。東は、薬草を好み育てていると聞く。ビルギットは忘れないように「アヴァッケラーの茶葉」と繰り返していた。
朝になると、すぐにビルギットは茶葉を買いに行った。市場には沢山の茶葉が並んでいたが、確かにアヴァッケラーが置いてあった。並んでいる茶葉の中でも、一番高かった。しかしヴェンデルガルトの生活に必要なお金は城から出る。ビルギットは迷わずそのお茶を買った。
「随分懐かしい顔だ」
市場から戻ろうとしたとき。向こうから歩いて来る男が確かにそう言った。漆黒の髪に――長い髪は顔を隠すように風に揺れている。しかしその瞳は、ビルギットには覚えがある。
赤い瞳だわ!
龍族の瞳。ビルギットはコンスタンティンの瞳を思い出した。その男は、東風の服に身を包んでいるが、高価そうな絹だとビルギットにも分かる。市場でそう見るような服ではなかった。
前を進むビルギットと、こちらに向かい歩いて来る男。時折風に吹かれて見える顔に見覚えは無いが、整った顔立ちで何処か威厳がある様に見えた。
二人が歩く空間と、市場に賑やかに溢れる声が別の空間のように感じた。しんとした空間には、二人の足音しか聞こえないようだった。
「病の子がいるんだね。これを、毎晩一錠飲ませておあげ。この薬が無くなる頃には、治っているはずだよ」
すれ違う時に、男は紙で包んだものをビルギットに差し出した。ビルギットは、自然にそれを受け取った。
「光に包まれた子を、助けてあげて。そのお茶も、忘れずに飲ませるんだよ」
はっとしたビルギットは、その男をちゃんと見ようと顔を上げた。しかし人々が賑わう市場にその姿を見つける事が出来なかった。静かだった空間が、元に戻っていた。
ビルギットは、手にしたお茶と紙の包みをじっと見つめた。そうして、急ぎ足で城へと向かった。
「どうしたんですか? また具合が悪くなったのですか?」
心配そうなビルギットが声をかけると、彼女をベッドに寝かせたロルフは小さく頷いた。
「ええ、何かの中毒らしい人たち二十人程に回復魔法をかけていましたから。ジークハルト様も気を失っておられたので、イザーク様もヴェンデルガルト様に頼るしかなかったのでしょう」
そう言ってから、ロルフは咳き込んだ。
「あの屋敷、おかしいですよ」
「え?」
ロルフは、大きく深呼吸をした。それを不思議そうに、ビルギットは眺めた。
「ヴェンデルガルト様の部屋で嗅いだ異臭――それとよく似た匂いがしました。気分が悪くなる強い香りです」
「それでは、今夜倒れた方たちもヴェンデルガルト様と同じような毒物のせいで倒れられたのでしょうか」
ビルギットは心配そうにヴェンデルガルトの手を握った。冷たくて、息があるのか不安になる。彼女のように治癒魔法が使える人が、この大陸にいるとは聞いた事が無い。火の魔法を使う老人が南にいたと、ヴェンデルガルトに聞いただけだ。
「龍も、治癒魔法を使えるのかな?」
ロルフの言葉に、ビルギットは首を横に傾げた。
「どうなのでしょう――私はコンスタンティン様しか知りませんが、微力な治癒魔法しか使えなかったと思います。龍と魔法も、相性があるそうです」
「そうか……東に助けを求めても、どうなるか分からないという事か……」
「ご自分に使えないなんて、ヴェンデルガルト様が可哀想ですわ。何時も沢山の人を治療しているのに」
暫く黙っていたロルフだったが、ビルギットに向き直った。
「明日、市場に買い物に行って貰えないだろうか?」
ロルフがビルギットに何かを頼むのは珍しかった。ビルギットは二百年前の想い人の面影をロルフに見ていたが、いつの間にか忘れていた。ヴェンデルガルトを護る騎士、と認識する様になっていたからだ。物静かなルーカスと、明るいロルフは性格が全然違ったからかもしれない。
「アヴァッケラーという緑色の、東の国のお茶を買って来て欲しい。このお茶は、飲むとトイレが近くなる。身体に残る毒素をなるべく出すようにしよう。東の国のものを扱っている店なら、間違いなくある筈だ」
確かに、毒素が身体に残っているのなら出すのが一番いい。部屋も変わってあの匂いもしなくなったので、今がその時だろう。
「分かりました、買ってきます」
「あとは、何時ものように牛乳に――何かフルーツを。これらは体力回復にもいいけど、同じようにトイレの回数が増える。出来る事を、俺達もしてヴェンデルガルト様を支えよう」
東の国の知識かもしれない。東は、薬草を好み育てていると聞く。ビルギットは忘れないように「アヴァッケラーの茶葉」と繰り返していた。
朝になると、すぐにビルギットは茶葉を買いに行った。市場には沢山の茶葉が並んでいたが、確かにアヴァッケラーが置いてあった。並んでいる茶葉の中でも、一番高かった。しかしヴェンデルガルトの生活に必要なお金は城から出る。ビルギットは迷わずそのお茶を買った。
「随分懐かしい顔だ」
市場から戻ろうとしたとき。向こうから歩いて来る男が確かにそう言った。漆黒の髪に――長い髪は顔を隠すように風に揺れている。しかしその瞳は、ビルギットには覚えがある。
赤い瞳だわ!
龍族の瞳。ビルギットはコンスタンティンの瞳を思い出した。その男は、東風の服に身を包んでいるが、高価そうな絹だとビルギットにも分かる。市場でそう見るような服ではなかった。
前を進むビルギットと、こちらに向かい歩いて来る男。時折風に吹かれて見える顔に見覚えは無いが、整った顔立ちで何処か威厳がある様に見えた。
二人が歩く空間と、市場に賑やかに溢れる声が別の空間のように感じた。しんとした空間には、二人の足音しか聞こえないようだった。
「病の子がいるんだね。これを、毎晩一錠飲ませておあげ。この薬が無くなる頃には、治っているはずだよ」
すれ違う時に、男は紙で包んだものをビルギットに差し出した。ビルギットは、自然にそれを受け取った。
「光に包まれた子を、助けてあげて。そのお茶も、忘れずに飲ませるんだよ」
はっとしたビルギットは、その男をちゃんと見ようと顔を上げた。しかし人々が賑わう市場にその姿を見つける事が出来なかった。静かだった空間が、元に戻っていた。
ビルギットは、手にしたお茶と紙の包みをじっと見つめた。そうして、急ぎ足で城へと向かった。
1
お気に入りに追加
947
あなたにおすすめの小説

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました
さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。
私との約束なんかなかったかのように…
それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。
そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね…
分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

【完結】召喚された2人〜大聖女様はどっち?
咲雪
恋愛
日本の大学生、神代清良(かみしろきよら)は異世界に召喚された。同時に後輩と思われる黒髪黒目の美少女の高校生津島花恋(つしまかれん)も召喚された。花恋が大聖女として扱われた。放置された清良を見放せなかった聖騎士クリスフォード・ランディックは、清良を保護することにした。
※番外編(後日談)含め、全23話完結、予約投稿済みです。
※ヒロインとヒーローは純然たる善人ではないです。
※騎士の上位が聖騎士という設定です。
※下品かも知れません。
※甘々(当社比)
※ご都合展開あり。


【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。
氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。
聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。
でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。
「婚約してほしい」
「いえ、責任を取らせるわけには」
守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。
元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。
小説家になろう様にも、投稿しています。


転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?
rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、
飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、
気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、
まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、
推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、
思ってたらなぜか主人公を押し退け、
攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・
ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!
鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……!
前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。
正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。
そして、気づけば違う世界に転生!
けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ!
私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……?
前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー!
※第15回恋愛大賞にエントリーしてます!
開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです!
よろしくお願いします!!

【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください
ゆうき
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。
義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。
外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。
彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。
「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」
――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。
⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる