88 / 125
南の国の戦
私とビルギット
しおりを挟む
ジークハルト、カール、イザーク、ヴェンデルガルトは報告の前に休憩を取る様にと皇帝から命令が出た。丸一日は、部屋から出ずに体を休める事。四人は、素直にその命令を聞いた。と言うよりも、流石に身体が疲れていた。ベッドに横になると、明け方近くまで目を覚まさなかった。
「ヴェンデルガルト様」
夜明けに目が覚めたヴェンデルガルトは、ベッドの上に座って明け方の空を眺めていた。そこに、ドアがノックされてビルギットが顔を見せた。それだけではない、彼女の手には、お茶とガヌレットの皿があった。
「そろそろ起きられると思ったので、朝食までのおやつにいかがですか?」
「さすが、ビルギットだわ! 有難う」
ビルギットの言葉に、ヴェンデルガルトは喜んだ。いい香りのするガヌレットに、ヴェンデルガルトのお腹が小さく鳴った。「今日は、お行儀悪い事しても小言は言いませんよ」と、ベッドの上にトレイを置いた。それからベッド近くに椅子を置いたビルギットは、そこに座りヴェンデルガルトを見つめた。
しばらく振りに見るヴェンデルガルトは、少し肌が焼けたようだ。しかし、目立つほどではない。しかし、ビルギットは彼女の様子が少しおかしい事に気が付いていた。ヴェンデルガルトは何げない振りをしているが、少し大人びたような感じがした。
「やっぱり、ビルギットのガヌレットは、世界で一番美味しいわ!」
美味しそうにガヌレットを食べるヴェンデルガルトを、ビルギットは少し寂しそうに眺めた。
「――あのね、ビルギットに聞いて欲しい話があるの。長い話だけど、聞いて貰えるかしら?」
ガヌレットを食べ終えて紅茶を一口飲んだヴェンデルガルトは、少し沈んだ口調でビルギットにそう話しかけた。ビルギットは、「勿論です!」とすぐに頷いた。
それからヴェンデルガルトは、ビルギットと離れてからの事を話した。バーチュ王国での暮らし。三人の王子の事、二人の女性の龍。アンゲラー王国の幼くも恐ろしい王女のこと。初めて見た戦争。アロイスに求婚された話。アロイスが刺されて眠りについた事。コンスタンティンの遺言の事。
アロイスの話をすると、ヴェンデルガルトは涙を零した。ビルギットがロルフを見て過去の想い人を思い出した時のように、コンスタンティンを重ねて見ていた事。そして、でもアロイスはアロイスで、もしかすると自分は彼と共に南の国に残っていたかもしれない事。
ジークハルト達には言えなかった、ヴェンデルガルトの小さな恋心だった。
ビルギットが腕を伸ばして、ヴェンデルガルトを抱き締めた。
「もしもヴェンデルガルト様が南に残るのなら、私も南に向かいました。私の大事なヴェンデルガルト様。お辛い経験をしましたね。傍にいる事が出来ず、ビルギットはなんて愚か者なんでしょう。もしアロイス王子が目を覚まされたら、ヴェンデルガルト様が思う道をお選びください。私は、いつでもヴェンデルガルト様の傍にいます。あなたの後ろに、必ず私はいますから」
ビルギットの優しい言葉に、ヴェンデルガルトはわんわんと声を上げて泣いた。ジークハルトの傍で涙が枯れるまで泣いたと思っていたが、まだ涙は枯れていなかった。アロイスに対しての想いを口にした事で、残っていた最後の涙があふれ出たようだ。
「今は、ゆっくりお休みください。ヴェンデルガルト様は今、お身体も心も疲れていらっしゃいます。もしも運命がアロイス様をヴェンデルガルト様の伴侶に選ばれるなら、きっとまた出逢えます」
ビルギットの言葉に、ヴェンデルガルトは素直に頷いた。それに安心したビルギットは、ほっとした顔になった。しかし彼女の顔を見て、くすっと小さく笑う。
「目が赤くなってしまいましたね。タオルを濡らしてきます。朝、騎士団の皆様に見られて恥ずかしくないように、冷やしておきましょうね」
ヴェンデルガルトを離すと、ビルギットは部屋を出て行った。今日は、朝食を五薔薇騎士団の団長ととることになっていて、その場で今回の事の話し合いをする事になっていた。その話をまとめて、ジークハルトが皇帝に報告するのだ。
起き上がると、自分が南の服のままだった事に気が付く。アロイス、ツェーザルにーーベルトにバルドゥル。東のレーヴェニヒ王国の人達、水と火の龍。それが全部、過去の事になっていく。
「そうだわ」
ヴェンデルガルトは、ビルギットが冷たいタオルを持って帰ってくると一つの願い事をした。ビルギットは不思議そうな顔をしながらも、「用意しておきます」と受け入れてくれた。
そうして夜が明けてカリーナが来ると、ヴェンデルガルトはお風呂に入る事にした。そうして髪を乾かして北のドレスに着替えると、少し大人びたヴェンデルガルトの姿になった。
「ヴェンデルガルト様」
夜明けに目が覚めたヴェンデルガルトは、ベッドの上に座って明け方の空を眺めていた。そこに、ドアがノックされてビルギットが顔を見せた。それだけではない、彼女の手には、お茶とガヌレットの皿があった。
「そろそろ起きられると思ったので、朝食までのおやつにいかがですか?」
「さすが、ビルギットだわ! 有難う」
ビルギットの言葉に、ヴェンデルガルトは喜んだ。いい香りのするガヌレットに、ヴェンデルガルトのお腹が小さく鳴った。「今日は、お行儀悪い事しても小言は言いませんよ」と、ベッドの上にトレイを置いた。それからベッド近くに椅子を置いたビルギットは、そこに座りヴェンデルガルトを見つめた。
しばらく振りに見るヴェンデルガルトは、少し肌が焼けたようだ。しかし、目立つほどではない。しかし、ビルギットは彼女の様子が少しおかしい事に気が付いていた。ヴェンデルガルトは何げない振りをしているが、少し大人びたような感じがした。
「やっぱり、ビルギットのガヌレットは、世界で一番美味しいわ!」
美味しそうにガヌレットを食べるヴェンデルガルトを、ビルギットは少し寂しそうに眺めた。
「――あのね、ビルギットに聞いて欲しい話があるの。長い話だけど、聞いて貰えるかしら?」
ガヌレットを食べ終えて紅茶を一口飲んだヴェンデルガルトは、少し沈んだ口調でビルギットにそう話しかけた。ビルギットは、「勿論です!」とすぐに頷いた。
それからヴェンデルガルトは、ビルギットと離れてからの事を話した。バーチュ王国での暮らし。三人の王子の事、二人の女性の龍。アンゲラー王国の幼くも恐ろしい王女のこと。初めて見た戦争。アロイスに求婚された話。アロイスが刺されて眠りについた事。コンスタンティンの遺言の事。
アロイスの話をすると、ヴェンデルガルトは涙を零した。ビルギットがロルフを見て過去の想い人を思い出した時のように、コンスタンティンを重ねて見ていた事。そして、でもアロイスはアロイスで、もしかすると自分は彼と共に南の国に残っていたかもしれない事。
ジークハルト達には言えなかった、ヴェンデルガルトの小さな恋心だった。
ビルギットが腕を伸ばして、ヴェンデルガルトを抱き締めた。
「もしもヴェンデルガルト様が南に残るのなら、私も南に向かいました。私の大事なヴェンデルガルト様。お辛い経験をしましたね。傍にいる事が出来ず、ビルギットはなんて愚か者なんでしょう。もしアロイス王子が目を覚まされたら、ヴェンデルガルト様が思う道をお選びください。私は、いつでもヴェンデルガルト様の傍にいます。あなたの後ろに、必ず私はいますから」
ビルギットの優しい言葉に、ヴェンデルガルトはわんわんと声を上げて泣いた。ジークハルトの傍で涙が枯れるまで泣いたと思っていたが、まだ涙は枯れていなかった。アロイスに対しての想いを口にした事で、残っていた最後の涙があふれ出たようだ。
「今は、ゆっくりお休みください。ヴェンデルガルト様は今、お身体も心も疲れていらっしゃいます。もしも運命がアロイス様をヴェンデルガルト様の伴侶に選ばれるなら、きっとまた出逢えます」
ビルギットの言葉に、ヴェンデルガルトは素直に頷いた。それに安心したビルギットは、ほっとした顔になった。しかし彼女の顔を見て、くすっと小さく笑う。
「目が赤くなってしまいましたね。タオルを濡らしてきます。朝、騎士団の皆様に見られて恥ずかしくないように、冷やしておきましょうね」
ヴェンデルガルトを離すと、ビルギットは部屋を出て行った。今日は、朝食を五薔薇騎士団の団長ととることになっていて、その場で今回の事の話し合いをする事になっていた。その話をまとめて、ジークハルトが皇帝に報告するのだ。
起き上がると、自分が南の服のままだった事に気が付く。アロイス、ツェーザルにーーベルトにバルドゥル。東のレーヴェニヒ王国の人達、水と火の龍。それが全部、過去の事になっていく。
「そうだわ」
ヴェンデルガルトは、ビルギットが冷たいタオルを持って帰ってくると一つの願い事をした。ビルギットは不思議そうな顔をしながらも、「用意しておきます」と受け入れてくれた。
そうして夜が明けてカリーナが来ると、ヴェンデルガルトはお風呂に入る事にした。そうして髪を乾かして北のドレスに着替えると、少し大人びたヴェンデルガルトの姿になった。
1
お気に入りに追加
948
あなたにおすすめの小説
忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】
雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。
誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。
ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。
彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。
※読んでくださりありがとうございます。
ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。
【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。
氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。
聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。
でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。
「婚約してほしい」
「いえ、責任を取らせるわけには」
守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。
元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。
小説家になろう様にも、投稿しています。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
【完結】甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする
楠結衣
恋愛
女子大生の花恋は、いつものように大学に向かう途中、季節外れの鯉のぼりと共に異世界に聖女として召喚される。
ところが花恋を召喚した王様や黒ローブの集団に偽聖女と言われて知らない森に放り出されてしまう。
涙がこぼれてしまうと鯉のぼりがなぜか執事の格好をした三人組みの聖獣に変わり、元の世界に戻るために、一日三回のキスが必要だと言いだして……。
女子大生の花恋と甘やかな聖獣たちが、いちゃいちゃほのぼの逆ハーレムをしながら元の世界に戻るためにちょこっと冒険するおはなし。
◇表紙イラスト/知さま
◇鯉のぼりについては諸説あります。
◇小説家になろうさまでも連載しています。
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り
楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。
たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。
婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。
しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。
なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。
せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。
「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」
「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」
かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。
執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?!
見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。
*全16話+番外編の予定です
*あまあです(ざまあはありません)
*2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる