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南の国の戦
アロイスの心残り
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王の許可を取ってからヘンライン王国に向かうと言って、ツェーザルは宮殿に戻った。水に包まれたアロイスとジークハルト、ヴェンデルガルトは再び龍の姿になったヘートヴィヒに乗りヘンライン王国に向かった。
「ヴェンデル、大丈夫なのかい!?」
「ヴェー!!」
カールとイザークは、捕らえたアンゲラー王国の王族を連れて到着していた。アンゲラー王国の王女が斬られた時の血を浴びたままのヴェンデルガルトは、乾いた血まみれの姿で彼らが驚いだのだ。
「大丈夫だ、これはヴェンデルガルト嬢の血ではない」
ジークハルトが、慌てて二人とレーヴェニヒ王国の二人の大臣、カサンドラに説明をした。
「失敗したか。だが、王子を一人道連れに出来るなら、よく出来た方だ! バーチュ王国も滅びればいい!」
突然高笑いをして、アンゲラー王国の王がそう言った。ヴェンデルガルトは無言でその王の傍に向かうと、音を立てて彼の頬を叩いた。ヴェンデルガルトがそのような行為をしたのは、初めてだった。
「アロイス様とツェーザル様を侮辱しないで……!」
涙を零して、ヴェンデルガルトは小さくそう言った。龍の姿のままのヘートヴィヒも、アンゲラー王国の王族を睨みつけていた。
「何故、バーチュ王国とヘンライン王国に龍の加護があるのだ! 我が国だけないなんて、おかしいだろう! 龍と繋がりがあるから、レーヴェニヒ王国が助けに来る! 龍を手懐けるなんて、卑怯だ!」
口枷を外されたアンゲラー王国の王子が、怒鳴る様に叫んだ。しかし、カサンドラは冷たく彼を見て唇を歪めた。
「龍は、人間に媚びる訳ではない。龍も人間も、対等なのよ。お前の国に、龍が敬意を払う人物はいない。お前たちの国が滅びるのが摂理」
そうして、カサンドラはヴェンデルガルトに向かい優しい顔になった。
「そのような姿では、バルシュミーデ皇国の騎士たちは心配でしょう。湯で綺麗になってください、新しい服も用意しましょう」
カサンドラは、信頼できる仕様人を呼んで、汚れた姿のままのヴェンデルガルトを城の中の風呂に案内した。
ヴェンデルガルトが風呂に入っている間、バーチュ王国から送られた食糧で腹を満たし、兵士や騎士たちは戦いの疲れを癒していた。体力に余裕がある兵士たちは、帰りの食糧になるように動物を狩りに行った。
「我々はアンゲラー王国の王族の処刑を見届ける。それからアンゲラー王国の領地だった所を、ヘンライン王国とバーチュ王国に分ける配分を取り決める場に同席しよう。コンラート殿は、兵を連れて先に戻って王に報告して頂きたい」
右の大臣がそう言うと、左の大臣も頷いた。コンラート大将軍は、「承知しました」と深々と頭を下げた。
「ヘートヴィヒは、アロイス王子を連れて真っ直ぐにレーヴェニヒ王国に戻ってくれ。王に私が文を書くので、王なら許して下さるだろう。アロイス王子が元に戻るまで、大切にお預かり致そう」
左の大臣はそう言って、ヘンライン王国から紙と筆を借りて手紙を書く。簡潔に、用件だけを分かりやすく。そうして書いた文を護衛の三人の兵に渡して、ヘートヴィヒが作った籠にアロイスを運び一緒に乗せた。
『では、私は戻ります。バーチュ王国の兵士たち、バルシュミーデ皇国の騎士たち。この度の戦ではお世話になりました。あなた達に、幸福がありますよう願っています』
そう言うと、ヘートヴィヒは羽ばたきをして飛び上がり空に舞った。広い空をゆっくりと飛び、北東に向かって次第に姿が見えなくなった。ヴェンデルガルトに別れをさせなかったのは、ヘートヴィヒの優しさだった。別れが辛くなることを、彼女は理解していたからだ。
――目覚める日が来るのだろうか?
ジークハルトは、アロイスを想い唇を噛んだ。ヴェンデルガルトを愛していたのに、突然の別れになるとは。もし目が覚めたら、ヴェンデルガルトを探しに来るのだろうか?
「俺達はどうするんだ?」
カールが、空を見たまま立ち尽くしているジークハルトに話しかけた。
「そう言えば、お前たちの方で怪我人や死亡者はいるのか?」
「怪我人はいるけど、死亡者はいない。兵がほとんどいなかったからね」
カールに代わって、イザークが答えた。ジークハルトの方も、死亡者はいなかった。あれだけの激戦を死亡者なしで耐えきれたのは、奇跡だった。残念な事に、死亡者は戦いに慣れていないヘンライン王国の兵だ。
「ヴェンデルガルト嬢が戻ったら、治癒魔法をかけて貰おう。バーチュ王国とは話し合って、ヴェンデルガルト嬢を正式に国に返して貰うと決まった。落ち着いたら、俺達も国に戻ろう」
「アロイス王子、ヴェーの事好きだったんだね」
ヴェンデルガルトの様子を見たイザークは、少し悲しそうな瞳になった。彼が、ヴェンデルガルト以外に興味を持つのは意外だった。
「僕にも、その龍殺しの実って効くのかな? もしそれを使われても、僕なら絶対に死なない。ヴェーを手放したくないから」
同族と知って、イザークはアロイスの事に興味が出たのだろう。
「アロイス王子も、そうかもしれない」
ジークハルトの言葉は、どこか祈りにも似ていた。
「ヴェンデル、大丈夫なのかい!?」
「ヴェー!!」
カールとイザークは、捕らえたアンゲラー王国の王族を連れて到着していた。アンゲラー王国の王女が斬られた時の血を浴びたままのヴェンデルガルトは、乾いた血まみれの姿で彼らが驚いだのだ。
「大丈夫だ、これはヴェンデルガルト嬢の血ではない」
ジークハルトが、慌てて二人とレーヴェニヒ王国の二人の大臣、カサンドラに説明をした。
「失敗したか。だが、王子を一人道連れに出来るなら、よく出来た方だ! バーチュ王国も滅びればいい!」
突然高笑いをして、アンゲラー王国の王がそう言った。ヴェンデルガルトは無言でその王の傍に向かうと、音を立てて彼の頬を叩いた。ヴェンデルガルトがそのような行為をしたのは、初めてだった。
「アロイス様とツェーザル様を侮辱しないで……!」
涙を零して、ヴェンデルガルトは小さくそう言った。龍の姿のままのヘートヴィヒも、アンゲラー王国の王族を睨みつけていた。
「何故、バーチュ王国とヘンライン王国に龍の加護があるのだ! 我が国だけないなんて、おかしいだろう! 龍と繋がりがあるから、レーヴェニヒ王国が助けに来る! 龍を手懐けるなんて、卑怯だ!」
口枷を外されたアンゲラー王国の王子が、怒鳴る様に叫んだ。しかし、カサンドラは冷たく彼を見て唇を歪めた。
「龍は、人間に媚びる訳ではない。龍も人間も、対等なのよ。お前の国に、龍が敬意を払う人物はいない。お前たちの国が滅びるのが摂理」
そうして、カサンドラはヴェンデルガルトに向かい優しい顔になった。
「そのような姿では、バルシュミーデ皇国の騎士たちは心配でしょう。湯で綺麗になってください、新しい服も用意しましょう」
カサンドラは、信頼できる仕様人を呼んで、汚れた姿のままのヴェンデルガルトを城の中の風呂に案内した。
ヴェンデルガルトが風呂に入っている間、バーチュ王国から送られた食糧で腹を満たし、兵士や騎士たちは戦いの疲れを癒していた。体力に余裕がある兵士たちは、帰りの食糧になるように動物を狩りに行った。
「我々はアンゲラー王国の王族の処刑を見届ける。それからアンゲラー王国の領地だった所を、ヘンライン王国とバーチュ王国に分ける配分を取り決める場に同席しよう。コンラート殿は、兵を連れて先に戻って王に報告して頂きたい」
右の大臣がそう言うと、左の大臣も頷いた。コンラート大将軍は、「承知しました」と深々と頭を下げた。
「ヘートヴィヒは、アロイス王子を連れて真っ直ぐにレーヴェニヒ王国に戻ってくれ。王に私が文を書くので、王なら許して下さるだろう。アロイス王子が元に戻るまで、大切にお預かり致そう」
左の大臣はそう言って、ヘンライン王国から紙と筆を借りて手紙を書く。簡潔に、用件だけを分かりやすく。そうして書いた文を護衛の三人の兵に渡して、ヘートヴィヒが作った籠にアロイスを運び一緒に乗せた。
『では、私は戻ります。バーチュ王国の兵士たち、バルシュミーデ皇国の騎士たち。この度の戦ではお世話になりました。あなた達に、幸福がありますよう願っています』
そう言うと、ヘートヴィヒは羽ばたきをして飛び上がり空に舞った。広い空をゆっくりと飛び、北東に向かって次第に姿が見えなくなった。ヴェンデルガルトに別れをさせなかったのは、ヘートヴィヒの優しさだった。別れが辛くなることを、彼女は理解していたからだ。
――目覚める日が来るのだろうか?
ジークハルトは、アロイスを想い唇を噛んだ。ヴェンデルガルトを愛していたのに、突然の別れになるとは。もし目が覚めたら、ヴェンデルガルトを探しに来るのだろうか?
「俺達はどうするんだ?」
カールが、空を見たまま立ち尽くしているジークハルトに話しかけた。
「そう言えば、お前たちの方で怪我人や死亡者はいるのか?」
「怪我人はいるけど、死亡者はいない。兵がほとんどいなかったからね」
カールに代わって、イザークが答えた。ジークハルトの方も、死亡者はいなかった。あれだけの激戦を死亡者なしで耐えきれたのは、奇跡だった。残念な事に、死亡者は戦いに慣れていないヘンライン王国の兵だ。
「ヴェンデルガルト嬢が戻ったら、治癒魔法をかけて貰おう。バーチュ王国とは話し合って、ヴェンデルガルト嬢を正式に国に返して貰うと決まった。落ち着いたら、俺達も国に戻ろう」
「アロイス王子、ヴェーの事好きだったんだね」
ヴェンデルガルトの様子を見たイザークは、少し悲しそうな瞳になった。彼が、ヴェンデルガルト以外に興味を持つのは意外だった。
「僕にも、その龍殺しの実って効くのかな? もしそれを使われても、僕なら絶対に死なない。ヴェーを手放したくないから」
同族と知って、イザークはアロイスの事に興味が出たのだろう。
「アロイス王子も、そうかもしれない」
ジークハルトの言葉は、どこか祈りにも似ていた。
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